↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第5章 本日で終了です

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/30

第29話:納入資格の、剥奪

 審査院の結論は、八日後に出た。クレーマー商会の王室納入資格を、剥奪する。理由は、粗悪品の納入ではなかった。


 ——納入検査の記録に、検査実施者の署名を欠く状態を二十年にわたり継続し、王室調達の記録要件を満たさなかったこと。


 商会は罰金を科されなかった。刑事の処分もない。ただ、王室に納められなくなった。


 その一点だけだ。


 新聞屋が号外を刷って、通りで売っていた。買ってみたら、記事の半分は「元婚約者に捨てられた令嬢が王宮を止めた」という書き方をしていた。


 わたしは何も止めていない。止まったのは、署名がなかったからだ。その日の午後、寮から使いが来た。


 ユリウス様が、寮主任を解かれたという知らせだった。


「主任は、公示の実績報告に虚偽があったとして」

「虚偽ですか」

「五年ぶんの保守実績を、自身の名で公示なさいました。実施者の欄を削って」


 削った、と使いは言った。わたしは、大広間で見た斜線のことを思い出した。消すのが好きな職場だったのだと思う。


「主任は、なにか仰いましたか」

「『実施者の欄は、もともと下書きにしか無い』と。……その下書きを書いたのが誰かを訊かれて、答えられませんでした」


 答えられなかったのではなく、答えたくなかったのだと思う。答えれば、わたしの名前を言うことになる。使いが帰ったあと、ハンネスさんが呟いた。


「ノルデン嬢は、何もしておられません」

「はい」

「何もしていないのに、全部倒れていきますな」

「倒れているのではないと思います」


 わたしは、修理台の札の紐を見た。


「支えていたものが、抜けただけです」


 その日の午後、クレーマー商会から使いが来た。支配人ではなく、下働きの若い男だった。手紙を一通置いて、返事はいらないと言って帰った。


 開くと、二行だけだった。——産地の窯を四つとも改める。今後の検査には、実施者の署名を入れる。——魔石の売り先は、王室以外に残っている。


 署名は、オズヴァルト・クレーマー。わたしはその手紙を、修理台の隅の三通の隣に置いた。


 仕入れを断ってきた三通には、名前がない。この一通には、ある。同じ人の指示で出た紙が、二か月で名前を持つようになった。


 それだけが、この件でわたしが得たものだった。夕方、王宮から二人目の使いが来た。今度は、封蝋の押された書状だった。


 工房の前の列に並んでいた人たちが、いっせいに静かになった。わたしは、その場で開いた。


 ——王宮魔道具寮 保証台帳 再作成につき、調律士としての復職を要請する。条件が書いてあった。


 正規の調律士。位あり。給金は、いまの工房の売上の三倍。四百七十二点の再調律と、署名の入れ直し。期間はおよそ一年。そのあとに、一行あった。


 ——なお、貴殿の署名の抹消については、記録上の誤りとして取り消す。


 誤り。


 二か月前、あれは規則だった。目の前で羽根ペンが動いて、しゃ、しゃ、と音を立てて、四百七十二行に線が引かれた。いま、誤りになった。


 列の人が、わたしの手元を見ていた。


「ノルデンさん、それ、王宮の」

「はい」

「戻れって話ですか」

「そのようです」


 誰も何も言わなかった。言わないのが、いちばんこたえた。わたしは書状を畳んで、修理台に置いた。


「明日、お返事します」

「今日中に返せとは書いてないんですか」

「書いてあります」


 書いてあった。本日中に、と。


「では、今日中にお返事します」


 ニナさんが、わたしの手元を覗き込んだ。


「三倍って書いてある」

「書いてありますね」

「三倍だよ。うち、それだけあったら潰れないんだけど」

「潰れませんね」


 わたしは書状をもう一度読んだ。給金は、いまの工房の売上の三倍。位あり。一年で四百七十二点。


 条件としては、悪くない。悪くないどころか、二か月前のわたしなら飛びついている。飛びつかない理由を、うまく言葉にできなかった。


「お姉さん」

「はい」

「三倍もらったら、うちの店に金物入るようにしてくれる?」

「できません」

「だよね」


 ニナさんは、あっさり言った。


「じゃあ意味ないじゃん」


 その一言で、言葉になった。


 王宮に戻れば、給金は三倍になる。三倍になっても、ハルト鉄具店の棚は空いたままだ。西通りの水路も、老夫婦の暖房具も、荷馬車の照明も、誰が見るのか分からなくなる。


 三倍の給金は、わたし一人にしか効かない。わたしはペンを取って、白い紙を出した。書き始めて、三行でやめた。


 三行では足りない。かといって、長く書けば言い訳になる。しばらく考えて、書き直した。


 ——お請けいたしかねます。理由は、明朝、王宮の門前にてご説明いたします。それだけ書いて、使いに渡した。


「明朝、というのは」

「持って参ります」

「何をです」

「台帳を」


 その晩、工房は遅くまで灯りが点いていた。


 ハンネスさんが四百七十二点の一覧を書き出して、ヨナスさんが工房の在庫と突き合わせて、ニナさんがなぜか横で数を読み上げていた。


 わたしは、母の十冊を横に置いて、新しい帳面を一冊おろした。白い表紙に、いつもの言葉を書いた。——ノルデン工房 保証台帳(二)。


 一行目は、まだ空けてある。


「お姉さん」

「はい」

「明日、何する気なの」

「請けます」

「請けないって書いたんでしょ」

「王宮の調律士としては、請けません」


 わたしはペンを置いて、明日の分の道具を並べた。細と粗の調律棒。当て板。押さえ金。留め具。


「工房の客として、請けます」

 剥奪の理由は、粗悪品を売ったことではありませんでした。——納入検査の記録に、検査実施者の署名を欠く状態を二十年にわたり継続し、王室調達の記録要件を満たさなかったこと。罰金なし、刑事の処分もなし。それだけです。

 名前のなかった三通の隣に、名前のある一通が並びました。同じ人の指示で出た紙が、二か月で名前を持つようになった。この作品のざまぁは、たぶんこれで全部です。

 給金三倍の復職要請には、ニナさんが一言で答えを出してくれました。「じゃあ意味ないじゃん」。

 次回、第三十話「王宮の魔道具保証は、本日で終了です」。門前に、修理台を据えます。

 ブックマークと☆をいただけますと、四百七十二点ぶんの当て板が、そのぶん早く揃います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。