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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第5章 本日で終了です

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第30話:王宮の魔道具保証は、本日で終了です

 朝の門前には、人が集まっていた。寮の職人が十数人。書記官。新しい寮長代理。それから、なぜか野次馬が三十人ほど。号外のせいだと思う。


 わたしは荷馬車から修理台を下ろした。ヨナスさんとハンネスさんが工具箱を運び、ニナさんが台帳を抱えている。


「ノルデン嬢。お返事を伺いたい」


 寮長代理が、そう仰った。


「復職は、お請けいたしかねます」

「理由を」

「王宮の台帳に署名を戻していただくと、また消せるからです」


 わたしは、はっきり言った。


「二十年前に一度、消えました。二か月前にもう一度、消えました。三度目が無いとは、どなたにも約束できません」


 寮長代理は、何か言いかけて、やめた。


「ですので、こういたします」


 わたしは修理台を門の脇に据えて、台帳を開いた。新しい一冊。白い表紙に、ノルデン工房 保証台帳(二)と書いてある。


「王宮の四百七十二点を、当工房の依頼としてお預かりします」


 寮長代理が、目を見開いた。


「依頼、とは」

「町の鍋と同じ扱いです。一点ずつ持ち込んでいただき、見て、直して、お代をいただき、この帳面に書きます。保証は当工房が負います」

「四百七十二点をですか」

「はい。一日十点で、四十七日かかります。それより早くはできません」


 書記官が、慌てて何か書き始めた。


「お代は、一点あたり見積りのうえで。安いものは三ルグ、結界は足場代を含めて千二百ルグほどになるかと」

「……王宮が、町の工房に修理を頼むのですか」

「はい」


 わたしは頷いた。


「王宮の魔道具保証は、本日で終了です」


 二か月前と、同じ言葉だった。あの日、わたしはそれを大広間で言った。言ったあと、行き先が無かった。今日は、修理台が目の前にある。


「本日から、この四百七十二点は、ノルデン工房の保証になります」


 誰も、すぐには動かなかった。最初に動いたのは、寮の若い職人だった。抱えていた灯りを一つ、修理台に置いた。


「あの、これ、東廊下の三本目です。二か月、誰も触れなくて」


 わたしは受け取った。枠を開ける。座を見る。魔石は生きている。接点に緑青。当て板が薄い。


「直ります。二時ふたときほど。三十四ルグです」

「三十四ルグ」

「高いでしょうか」

「……安いです」


 わたしは掻いて、拭いて、当て板を替えた。


 点けた。


 光が点いた。


 門前の三十人から、声が上がった。わたしは札を書いた。品名。症状。お代。日付。最後の欄に、名前を書いた。半分に切って、若い職人に渡した。


 その人は札を両手で受け取って、しばらく見ていた。それから、外套の内側にしまった。折り曲げずに、平らなまま。


 二点目が持ち込まれた。三点目が来た。四点目のとき、寮長代理がわたしの横に立った。


「ノルデン嬢。ひとつ、伺いたい」

「はい」

「この方式ですと、王宮は毎回、代金を払うことになります」

「はい」

「復職していただければ、給金だけで済みます」

「済みます」

「では、王宮にとっては損では」

「損です」


 わたしは手を止めずに答えた。


「ただ、損なぶんだけ、消せなくなります」


 寮長代理が、黙った。


「給金でお雇いになると、雇うのをやめれば署名が消えます。二か月前と同じです。依頼としてお受けすれば、消すには代金を返していただくことになります」

「……返させると」

「返していただかなくて結構です。返せない仕組みだから、消せない、という話です」


 その方は、しばらく修理台を見ておられた。


「あなたの母上も、こういう理屈をこねられたのですか」

「母をご存知ですか」

「名前だけは。台帳の再点検で、二十年前の写しを見ました」


 わたしは、手を止めた。


「写しには、母の名前はありません」

「ありませんでした。ですので、原本を出させました」


 寮長代理は、少し疲れた顔で言った。


「原本には、斜線の下に読める字が残っております」


 昼までに、十七点になった。列ができた。列の後ろに、寮の職人が並んでいた。途中で、荷馬車が一台入ってきた。箱が二十。あの新品の吊り灯だった。


 降ろしてきたのは、ユリウス様だった。主任ではなくなったので、上着に飾りがついていない。荷を降ろす手つきが、慣れていなかった。


「……これも、頼めるか」

「お預かりします。二十台で、八日いただきます」

「代金は」

「侯爵家に請求書をお送りします」


 ユリウス様は、少し笑った。笑ったのを、初めて見た気がした。


「請求書か」

「はい。お支払いいただかないと、札が切れませんので」


 夕方になって、人がだいたい引けた。わたしは修理台の前に座って、その日の帳面を数えていた。三十一点。初日にしては多い。


 顔を上げたら、門の脇に立っている人がいた。


 アイゼン殿だった。


 両手に、携行灯を持っておられる。


「……三十二点目でよろしいですか」

「頼む」


 わたしは受け取って、開けた。どこも悪くなかった。


「異常が、ありません」

「そうか」


 その方は、いつもの位置に立たれた。門前でも、立ち方は同じだった。


「二十ルグです」


 硬貨が置かれた。


 札を書いて、半分に切って、お渡しする。アイゼン殿は外套の内側にしまわれた。折り曲げずに、平らなまま。


 しまってから、その手を戻さずに、こちらへ差し出された。手のひらの上に、小さなものが載っていた。


 留め具だった。


 工房で使う、いちばん細い型。三ルグもしない部品だ。


「……これは」

「工房の在庫が切れていた。昨日、隣町で買った」

「わざわざ、ですか」

「ついでだ」


 ついでで隣町へ行く人はいない。わたしは留め具を受け取った。受け取ってから、こう言った。


「アイゼン殿。この留め具の分の札は、お切りできません」

「なぜだ」

「頂き物には、保証をつけられませんので」


 その方は、しばらく黙っておられた。


「では、どうする」

「どうしましょう」

「……考えておく」


 日が落ちて、門の灯りに火が入った。


 二か月前に落ちた大広間の吊り灯は、まだ直っていない。あれは四百七十二点のうちの一点で、順番でいえば、だいぶ後ろの方だ。


 わたしは荷を片付けて、荷馬車に修理台を積んだ。最後に、その日の帳面を閉じようとして、手を止めた。


 母の九冊目に挟まっていた紙のことを、ふと思い出したからだ。工房に戻って、母の帳面を全部出した。十冊。一冊ずつ、最後の頁まで開いた。


 十冊目の、いちばん最後。亡くなる三日前の「傘の柄の留め具。二ルグ」の、その次の頁。白紙だと思っていた頁の下の隅に、小さく一行あった。


 母の字ではなかった。


 署名だ。誰かの。


 読めない文字だった。この国の文字ではない。


 日付だけは読めた。


 母が死んだ、その年。

 第一部「魔道具修理工房編」、これにて完結です。ここまでお付き合いくださって、本当にありがとうございました。

 「壊れたら買い直せばいい」と言われた日に台帳を閉じた人が、二か月後、王宮の四百七十二点を自分の工房の依頼として引き受けました。戻ったのではありません。立場が入れ替わっただけです。給金で雇えば、雇うのをやめた日に署名は消せる。依頼として受ければ、消すには代金を返さなければならない。——損なぶんだけ、消せなくなります。

 留め具ひとつに、札は切れません。頂き物には保証をつけられませんので。あの「考えておく」の続きは、いずれ。

 そして母の十冊目、最後の頁の隅に、読めない署名がひとつありました。この国の文字ではありません。日付だけが読めて、それは母が死んだ年でした。

 もし、セリアたちの続きも見たいと思ってくださいましたら、ブックマークと☆で背中を押していただけますと——次の帳面の、一行目が書けます。

 それでは、また、工房の作業灯の下で。

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