表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第5章 本日で終了です

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

第27話:台帳を、開きます

 審査院の部屋は、思っていたより狭かった。


 長机の向こうに三人。中央が審査官で、両脇が書記だった。傍聴席に十人ほど。その端に、オズヴァルト・クレーマー会頭が座っていた。


 わたしは机の手前に立った。椅子は出されなかった。


「ノルデン嬢。あなたは王宮魔道具寮の元調律士ですね」

「無位の調律士でした」

「現在は」

「町で修理工房を営んでおります」

「本件について、何を証言されますか」


 わたしは鞄を開けた。


「三点、提出いたします」


 まず一枚目を置いた。


「二十年前、王宮魔道具寮 首席調律士セレスティア・ノルデンが作成した、魔石納入検査に対する異議申立書です。提出されておりません。取り下げられております」


 審査官が紙を取った。読んだ。書記が写しを取り始めた。


「二枚目です。九年前、同じ人物が作成したもの。書きかけです。作成者はその年の冬に倒れ、二年後に死亡しております」


 これも回された。


「三枚目です」


 わたしは自分の書いた紙を置いた。


「本日付で、わたしが作成いたしました。二枚目の文章をそのまま引き継ぎ、最後の一行を書き足したものです」


 審査官が読み始めて、途中で目を上げた。


「……ノルデン嬢。あなたの署名は、王宮の保証台帳から抹消されていますね」

「はい」

「では、この書類にはどのような効力が」

「ありません」


 部屋が、少しざわついた。


「王宮の記録上、わたしには何の責任もございません。責任がない者の申立てには、効力がございません」

「では、なぜ提出を」

「効力がないことを、示すためです」


 わたしは、机の上の三枚を指した。


「本件の争点は、罅の入った魔石が納入されたかどうかではないと存じます。魔石に当たり外れがあるのは自然のことで、商会の責任ではありません」


 傍聴席で、会頭が少し身じろぎした。


「争点は、検査記録の署名欄が二十年間空欄だった、という一点です」


 審査官が、書記の方を見た。書記が首を振った。手元に記録がないのだと思う。


「ノルデン嬢。確認しますが」


 審査官が、身を乗り出した。


「無署名の記録が二十年ぶんあるということは、その期間の納入は、すべて無効になり得るということですか」

「規則どおりに読めば、そうなります」

「二十年ぶんの納入代金の返還を求める、ということですか」

「いいえ」


 わたしは首を振った。


「返還を求めますと、商会が潰れます。潰れると、王都の魔石が明日から入らなくなります」


 傍聴席がざわついた。


「クレーマー商会は、王都の魔石の六割を扱っております。潰していただいては、困るのはわたしどもです」

「では、何を」

「今後の分に、署名を入れていただければ結構です」


 審査官が、書記と顔を見合わせた。


「……ずいぶん、控えめな要求ですな」

「控えめではありません」


 わたしは、そこだけ言い直した。


「署名を入れるということは、次に罅のある石を通した人の名前が残るということです。残れば、その人は通しません」


「署名のない記録は、効力を持ちません。これは王宮魔道具寮の規則です。同じ規則により、無署名の魔道具には誰も手を触れられません。触れれば責任がその者に移るからです」


 わたしは、鞄からもう一冊出した。


「わたしは五年間、王宮の四百七十二点を保守いたしました。使っていた魔石は、すべて『査収済』の記録がついたものです。その記録に、検査した人の名前はありませんでした」

「あなたは、それを問題にしなかった」

「はい」

「なぜです」

「疑わなかったからです」


 わたしは、そこで一度息を吸った。


「王宮に入ってくる魔石には、罅がありませんでした。市場に出回るものには、あります。同じ刻印で、です」


 審査官が、書記に何か囁いた。


「三年前、北の街道で第二騎士団の携行灯が暴発し、七人が亡くなっております。その隊の魔石は市場から入っておりました」


 傍聴席の空気が変わった。


「隊は三度、報告を出しております。三度とも、消耗品の管理不備として処理されております。——消耗品には、保証がつきません」


 わたしは、最後の一冊を机に置いた。白い表紙の、薄い帳面。


「これは、わたしの工房の保証台帳です」


 審査官が、怪訝な顔をした。


「本件と、どのような関係が」

「関係ございません」


 わたしは正直に答えた。


「ただ、開いていただけますか」


 審査官が開いた。


 一行目。携行灯。接点に煤。二十六ルグ。セリア・ノルデン。二行目。携行灯。留め具の緩み。十四ルグ。セリア・ノルデン。


 三行目。秤。受け金の歪み。六十ルグ。セリア・ノルデン。


「百十四行ございます。二か月足らずのぶんです。全部に、誰が直したかが書いてあります」


 審査官は、頁をめくり続けた。


「これは、鍋ですね」

「はい。三ルグです」

「魔道具ではない」

「魔道具ではありません。ですが、直しましたので、書きました」


 わたしは、その隣に母の十冊を積んだ。


「こちらは、母が十年で書いたものです。四千件ございます。同じ形式です」


「王宮の台帳は、四百七十二点で、そのうち二十年ぶんの検査記録に署名がありません」


 わたしは顔を上げた。


「町の鍋には、三ルグでも署名がついております」


 傍聴席から、椅子の軋む音がした。審査官は、しばらく帳面を見ていた。やがて、こう言った。


「ノルデン嬢。あなたは、クレーマー商会を告発されますか」

「いたしません」

「では、何を求めますか」

「検査記録に、検査した方の署名を入れていただきたいと存じます。今後の分について」

「過去の分は」

「過去の分は、もう署名できません。書ける人がいない記録は、無効なままにしておくのがよろしいかと」


 審査官が、書記に頷いた。書記が記録を取った。最後に、傍聴席の会頭が立ち上がった。


「ひとつ、伺ってよろしいか」


 審査官が許可した。


 会頭は、こちらを見た。


「ノルデン嬢。三年前、北の街道で暴発した魔石は——誰が調律した」


 わたしは、答えを持っていなかった。携行灯の調律をしたのは隊の整備係で、その名前をわたしは知らない。


 知らないと答えれば、こちらの主張は半分崩れる。誰が触ったかを問う立場で、誰が触ったかを知らないのだから。


 わたしが口を開こうとしたとき、傍聴席の後ろで、椅子が鳴った。

 告発しません。返還も求めません。求めたのは「今後の分に、検査した方の署名を入れてください」の一点だけです。潰したら王都の魔石が明日から入らない。だから潰さない。——争点を「粗悪品かどうか」から「署名欄が空白だったこと」へずらすのが、この回の勝ち筋でした。制度で殴るときは、感情を一滴も混ぜないほうが通ります。

 町の鍋には、三ルグでも署名がついている。

 そして最後に、会頭が一つだけ問います。「三年前、北の街道で暴発した魔石は——誰が調律した」。答えを、彼女は持っていません。

 次回、傍聴席のいちばん後ろで、椅子が鳴ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ