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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第3章 消された署名

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第18話:水路の詰まり

 朝、通りじゅうの家から人が出てきて、井戸端で怒鳴り合っていた。


「水が出ん」

「うちも出んのや」

「誰かが夜中に使いすぎたんやろ」

「うちやない!」


 西通りは、共同の汲み上げ具で水を引いている。魔石四個で動く大きな品で、十七軒が使う。


 わたしは道具を持って行った。ヨナスさんが荷を持ってついてきた。


 汲み上げ具の蓋を開ける。魔石は四個とも生きている。座も接点も問題ない。羽根も回る。


「本体は、悪くありません」

「ほな、なんで水が出んのや」


 ニナさんのお父さんが、いちばん前で腕を組んでおられた。


「管の方だと思います。どこかで詰まっております」

「管は魔道具やないやろ」

「魔道具ではありません。ですので、これは修理ではなく、掃除です」


 十七軒ぶんの管は、通りの下を通っている。どこが詰まっているかを調べるには、順に開けていくしかない。


「一軒ずつ、家の前の点検口を開けてください」

「うちの前を開けるんか」

「開けていただかないと、どこで詰まっているか分かりません」


 誰も動かなかった。


 自分の家の前が原因だったら、と全員が思っている顔だった。


「では、こうしましょう」


 わたしは提案した。


「わたしが順に見て回ります。詰まっていた場所は、言いません」

「言わん?」

「詰まりは、たいてい落ち葉と砂です。誰かのせいではありません。犯人を探す作業ではありませんので」


 それから、ニナさんのお父さんがいちばんに点検口を開けた。三軒目で見つかった。落ち葉と、砂と、あとは子供の玩具の車輪が一つ。


 わたしはそれを袋に入れて、口を閉めた。


「終わりました」

「どこや」

「言いません」


 管を戻して、点検口の蓋を閉めた。


 閉めながら、この蓋の留め金がどれも同じ形だと気がついた。十七軒とも同じ。ということは、同じときに、同じ人が作ったものだ。


「ヨナスさん。この留め金、見覚えがありますか」

「……工房の、二十九番目の箱にある型です」

「そうですね」


 母の在庫にある型だった。十七軒ぶんの点検口を作ったのが誰か、訊かなくても分かった。わたしは蓋を閉め終わって、立ち上がった。


「みなさん。この水路の点検口は、十二年前に作られたものです」

「そうやったかね」

「留め金が全部同じですので。作った方は、一軒ずつ回って、同じ型で揃えたのだと思います」


 誰も、その話に興味を示さなかった。水が出るかどうかの方が大事だからだ。それでいい、と思った。


 直したものが誰の手によるかを、使う人が覚えている必要はない。覚えていなくても、留め金は同じ型で揃っている。水は、四半刻で戻った。


 井戸端に歓声が上がって、それから、誰かが「うちやなかったんか?」と言い出して、また少し揉めた。


 お代は一軒四ルグにした。十七軒で六十八ルグ。半日仕事にしては安いけれど、共同の品は一軒あたりの負担が重くなると誰も直さなくなる。


 札は十七枚書いた。


「ノルデン嬢。十七枚は多すぎませんか」

「一軒に一枚要ります。次に詰まったとき、どの家がいつ払ったか分からないと、また揉めますので」


 ヨナスさんは、感心したような、呆れたような顔をした。昼過ぎ、ニナさんが袋を持ってきた。


「これ、母さんから。井戸のお礼」


 中を見ると、焼き菓子が入っていた。十七軒ぶんはないけれど、四人ぶんくらいある。


「ヨナスさんと分けます」

「あとさ」


 ニナさんは、修理台の端に座った。


「三軒目、うちの二軒隣でしょ」

「言いません」

「見てたもん。お姉さん、三軒目で袋の口閉めてた」

「……見ておられましたか」

「あそこの家、去年、うちの前の落ち葉を掃かないって文句言ってきたの」


 ニナさんは、にやりとした。


「言いふらしていい?」

「よくありません」

「なんで」

「言いふらしたら、次に詰まったとき、あの家は点検口を開けません」


 ニナさんは口を尖らせた。


「お姉さんって、ほんとに人の悪口言わないよね」

「言うと、そのぶん後で困りますので」

「損得の話なんだ」

「はい。わたしは、あまり立派ではありません」


 ニナさんは焼き菓子を一つ取って、かじった。


「……あのさ。うちの店、たぶんもたない」


 急に、声が低くなった。わたしは手を止めた。


「仕入れ値が上がって、そのうえ、先月から量も減らされてる。父さんが今週、三回頭下げに行った」

「会頭のところへ」

「支配人。会頭は会ってもくれない」


 ニナさんは、菓子の残りを見ていた。


「うちが潰れるのって、お姉さんのせい?」

「たぶん、関係あります」


 嘘をつく場面ではなかった。


「貼り紙を出したあと、あの店の魔石の売れ行きが落ちました。ハルト鉄具店は隣ですので、繋がっていると見られたと思います」

「……そっか」

「申し訳ありません」

「謝んなくていい」


 ニナさんは、菓子の残りを口に入れた。


「父さん、秤の話してから、変わったんだよね」

「どのように」

「値札を全部書き直した。正しい重さで」


 わたしは何も言わなかった。


「損してるよ。前より。……でも、機嫌がいいの。意味わかんない」


 ニナさんは立ち上がって、袋を畳んだ。


「明日から二日、留守にするんでしょ」

「隣町へ参ります」

「店番、やってあげよっか」

「直せませんよ」

「預かるだけならできる。品名と、症状と、名前でしょ」


 わたしは、思わずニナさんを見た。


「よく覚えておられますね」

「毎日見てるもん」

 「詰まりは、たいてい落ち葉と砂です。誰かのせいではありません。犯人を探す作業ではありませんので」。この一行を書くために、井戸端で十七軒に喧嘩をさせました。犯人を出さずに直したほうが、次に詰まったときも点検口を開けてもらえる。つまり損得の話です。この主人公は、あまり立派ではありません。

 十七軒ぶんの点検口の留め金が、全部おなじ型でした。十二年前に、誰かが一巡しています。

 次回、隣町の倉に十年置かれたままの木箱を、引き取りに行きます。

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