第18話:水路の詰まり
朝、通りじゅうの家から人が出てきて、井戸端で怒鳴り合っていた。
「水が出ん」
「うちも出んのや」
「誰かが夜中に使いすぎたんやろ」
「うちやない!」
西通りは、共同の汲み上げ具で水を引いている。魔石四個で動く大きな品で、十七軒が使う。
わたしは道具を持って行った。ヨナスさんが荷を持ってついてきた。
汲み上げ具の蓋を開ける。魔石は四個とも生きている。座も接点も問題ない。羽根も回る。
「本体は、悪くありません」
「ほな、なんで水が出んのや」
ニナさんのお父さんが、いちばん前で腕を組んでおられた。
「管の方だと思います。どこかで詰まっております」
「管は魔道具やないやろ」
「魔道具ではありません。ですので、これは修理ではなく、掃除です」
十七軒ぶんの管は、通りの下を通っている。どこが詰まっているかを調べるには、順に開けていくしかない。
「一軒ずつ、家の前の点検口を開けてください」
「うちの前を開けるんか」
「開けていただかないと、どこで詰まっているか分かりません」
誰も動かなかった。
自分の家の前が原因だったら、と全員が思っている顔だった。
「では、こうしましょう」
わたしは提案した。
「わたしが順に見て回ります。詰まっていた場所は、言いません」
「言わん?」
「詰まりは、たいてい落ち葉と砂です。誰かのせいではありません。犯人を探す作業ではありませんので」
それから、ニナさんのお父さんがいちばんに点検口を開けた。三軒目で見つかった。落ち葉と、砂と、あとは子供の玩具の車輪が一つ。
わたしはそれを袋に入れて、口を閉めた。
「終わりました」
「どこや」
「言いません」
管を戻して、点検口の蓋を閉めた。
閉めながら、この蓋の留め金がどれも同じ形だと気がついた。十七軒とも同じ。ということは、同じときに、同じ人が作ったものだ。
「ヨナスさん。この留め金、見覚えがありますか」
「……工房の、二十九番目の箱にある型です」
「そうですね」
母の在庫にある型だった。十七軒ぶんの点検口を作ったのが誰か、訊かなくても分かった。わたしは蓋を閉め終わって、立ち上がった。
「みなさん。この水路の点検口は、十二年前に作られたものです」
「そうやったかね」
「留め金が全部同じですので。作った方は、一軒ずつ回って、同じ型で揃えたのだと思います」
誰も、その話に興味を示さなかった。水が出るかどうかの方が大事だからだ。それでいい、と思った。
直したものが誰の手によるかを、使う人が覚えている必要はない。覚えていなくても、留め金は同じ型で揃っている。水は、四半刻で戻った。
井戸端に歓声が上がって、それから、誰かが「うちやなかったんか?」と言い出して、また少し揉めた。
お代は一軒四ルグにした。十七軒で六十八ルグ。半日仕事にしては安いけれど、共同の品は一軒あたりの負担が重くなると誰も直さなくなる。
札は十七枚書いた。
「ノルデン嬢。十七枚は多すぎませんか」
「一軒に一枚要ります。次に詰まったとき、どの家がいつ払ったか分からないと、また揉めますので」
ヨナスさんは、感心したような、呆れたような顔をした。昼過ぎ、ニナさんが袋を持ってきた。
「これ、母さんから。井戸のお礼」
中を見ると、焼き菓子が入っていた。十七軒ぶんはないけれど、四人ぶんくらいある。
「ヨナスさんと分けます」
「あとさ」
ニナさんは、修理台の端に座った。
「三軒目、うちの二軒隣でしょ」
「言いません」
「見てたもん。お姉さん、三軒目で袋の口閉めてた」
「……見ておられましたか」
「あそこの家、去年、うちの前の落ち葉を掃かないって文句言ってきたの」
ニナさんは、にやりとした。
「言いふらしていい?」
「よくありません」
「なんで」
「言いふらしたら、次に詰まったとき、あの家は点検口を開けません」
ニナさんは口を尖らせた。
「お姉さんって、ほんとに人の悪口言わないよね」
「言うと、そのぶん後で困りますので」
「損得の話なんだ」
「はい。わたしは、あまり立派ではありません」
ニナさんは焼き菓子を一つ取って、かじった。
「……あのさ。うちの店、たぶんもたない」
急に、声が低くなった。わたしは手を止めた。
「仕入れ値が上がって、そのうえ、先月から量も減らされてる。父さんが今週、三回頭下げに行った」
「会頭のところへ」
「支配人。会頭は会ってもくれない」
ニナさんは、菓子の残りを見ていた。
「うちが潰れるのって、お姉さんのせい?」
「たぶん、関係あります」
嘘をつく場面ではなかった。
「貼り紙を出したあと、あの店の魔石の売れ行きが落ちました。ハルト鉄具店は隣ですので、繋がっていると見られたと思います」
「……そっか」
「申し訳ありません」
「謝んなくていい」
ニナさんは、菓子の残りを口に入れた。
「父さん、秤の話してから、変わったんだよね」
「どのように」
「値札を全部書き直した。正しい重さで」
わたしは何も言わなかった。
「損してるよ。前より。……でも、機嫌がいいの。意味わかんない」
ニナさんは立ち上がって、袋を畳んだ。
「明日から二日、留守にするんでしょ」
「隣町へ参ります」
「店番、やってあげよっか」
「直せませんよ」
「預かるだけならできる。品名と、症状と、名前でしょ」
わたしは、思わずニナさんを見た。
「よく覚えておられますね」
「毎日見てるもん」
「詰まりは、たいてい落ち葉と砂です。誰かのせいではありません。犯人を探す作業ではありませんので」。この一行を書くために、井戸端で十七軒に喧嘩をさせました。犯人を出さずに直したほうが、次に詰まったときも点検口を開けてもらえる。つまり損得の話です。この主人公は、あまり立派ではありません。
十七軒ぶんの点検口の留め金が、全部おなじ型でした。十二年前に、誰かが一巡しています。
次回、隣町の倉に十年置かれたままの木箱を、引き取りに行きます。




