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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第3章 消された署名

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第17話:三年前、隊が喪ったもの

 その晩の携行灯は、いままでと違った。枠を開けたとたん、焦げた匂いがした。


 内側の金属が、魔石の座のまわりだけ黒く変色している。溶けてはいない。熱で色が変わっただけだ。ただ、その色の変わり方をわたしは知っていた。


「アイゼン殿。これは」

「三年前のものだ」


 わたしは顔を上げた。アイゼン殿は、初めて椅子に座られた。座ると、修理台の高さが合わなくて、少し窮屈そうだった。それでも座られた。


「暴発ですね」

「ああ」

「この座の焼け方は、魔石が内側から割れたときのものです。罅が芯から表面へ伸びて、最後に一気に」

「そうか」


 その方は、修理台の木目を見ておられた。


「三年前、夏の終わりだ。北の街道で夜通しの警備に出た。二十四人だった」


 外の角に立っている二人の足音が、時々聞こえるだけだった。


「夜半に、携行灯が暴発した。一挺目が割れて、驚いた者が二挺目を落とした。落ちた拍子に二挺目も割れた。そこから先は、順番が分からん」


 わたしは手を止めていた。


「七人だ」


 アイゼン殿は、そう仰った。


「七人喪った。焼けたのが四人、崩れた土に埋まったのが三人。俺は二挺目を落とした男の隣にいた」


 目のあたりの傷跡が、灯りの陰に入っていた。


「隊の魔石は、その年から納入元が変わっていた。安くなったと聞いていた。俺は、安くなったことを喜んだ」


 わたしは何か言おうとして、言葉が出なかった。


「調べさせた。納入元は、クレーマー商会だ」


 やはり、と思った。思ってから、やはり、で済ませてはいけない気がした。


「報告は、なさいましたか」

「した。三度」

「結果は」

「魔石は消耗品であり、暴発は使用者の管理不備による——それが三度目の回答だ」


 その方は、そこで初めてこちらを見た。


「消耗品には、保証がつかない」


 わたしは、その言葉を何度か口の中で繰り返した。消耗品には、保証がつかない。


 規則としては、正しい。魔石は使えば減る。減るものに保証をつけたら、商いが成り立たない。


 ただ、その規則は「正しく減った場合」を前提にしている。罅があって早く駄目になったものと、正しく使い切ったものを、規則は区別しない。


 区別するには、誰かが一つずつ見なければならない。見る人がいないから、規則がそのまま通る。


「アイゼン殿。三度目の回答を出したのは、どなたですか」

「王室調達審査院だ」

「その回答書に、署名は」

「……ある」


 その方は、少し考えてから続けられた。


「審査官の名がある。書式どおりだ」

「では、その方は名前を書いて『使用者の管理不備』と判断されたのですね」

「そうだ」

「では、その判断は残ります」


 わたしは、貼り紙のことを思い出した。


 壊れていないものは、返せない。三月で澱むのは罅のせいで、故障ではない。魔石は消耗品で、消耗品には保証がつかない。誰も嘘をついていないのに、買った人だけが損をする。


 三年前は、損をしたのが七人の命だった。


「アイゼン殿」

「なんだ」

「この十八挺目は、修理いたします。焼けた座を削って、当て板を新しくします。三十二ルグです」

「頼む」


 わたしは削り始めた。金属を削る音が、しばらく工房に響いた。細かい粉が飛んで、作業灯の光の中で舞った。削りながら、訊いた。


「アイゼン殿。三年前の暴発のとき、その七人のお名前は、記録に残っておりますか」

「残っている」

「隊の記録に、ですね」

「ああ。誰が、どこで、何時に。整備の記録も残っている」


 わたしは手を止めずに続けた。


「魔石の側の記録は」

「無い」


 短い答えだった。


「納入検査の記録を出させた。『査収済』とだけ書いてある。誰が査収したのかは書いていない」


 わたしは、二十年前の写しのことを思い出した。同じ言葉だ。査収済。署名なし。二十年前と、三年前で、同じ形の空欄が空いている。


「アイゼン殿。その記録の写しを、お持ちですか」

「持っている」

「……なぜ、持っておられるのですか」

「三度突き返された。三度目に、写しだけ取った」


 その方は、外套の内側を軽く叩かれた。


 あの隠しだ。


 紙の束が入っている、と思っていたあの隠しに、三年ぶんの突き返された報告書が入っている。わたしは削る手を止めて、顔を上げた。


「重くはありませんか」

「札の方が重い」


 冗談を言われたのかと思った。表情がまったく動いていないので、確信は持てなかった。削りながら、思った。


 この方は、三年間、壊れる前に見てもらうことにしている、と言った。壊れてからでは遅い、とも。あの言葉は、教訓ではない。


 悔いだ。


 当て板を替えて、座を磨いて、魔石を戻す。点けてみる。ちゃんと点いた。


「直りました」

「……ああ」


 アイゼン殿は、灯りをしばらく見ておられた。


「ノルデン嬢」

「はい」

「あの貼り紙を、いつまで貼っておく」

「貼れる限り、貼っておきます」

「仕入れを止められただろう」

「隣町から買えました」

「隣町も止められたら」

「その次の町から買います」


 アイゼン殿は、少し黙った。


「……それでも駄目なら」

「そのときは、母の在庫が尽きるまで直します。尽きたら、直し方を教える方に回ります」


 わたしはペンを取って、札を書いた。品名。症状——焼けた跡。お代。日付。最後の欄に、自分の名前を書いた。


「アイゼン殿。この十八挺目は、三年前に暴発した組の一つですね」

「予備の箱に入っていた」

「なぜ捨てなかったのですか」

「捨てられなかった」


 その方は、札を受け取られた。いつものように、外套の内側にしまわれる。折り曲げずに、平らなまま。


「保証を、つけてくれるのか」

「つけます」

「三年前のものだぞ」

「いま直したのは、わたしですので」


 アイゼン殿は、灯りを持って立ち上がられた。戸口で、一度止まった。


「その言い方は」

「はい」

「……いや。なんでもない」


 出ていかれた。


 わたしは控えの紐に、四十七枚目を通した。

 七人。焼けたのが四人、崩れた土に埋まったのが三人。

 「消耗品には、保証がつかない」。規則としては、正しいのです。魔石は使えば減る。減るものに保証をつけたら商いが成り立たない。ただしその規則は、正しく減った場合を前提にしています。罅があって早く駄目になったものと、使い切ったものを、規則は区別しません。区別するには誰かが一つずつ見なければならず、見る人がいないから、規則がそのまま通ります。

 「壊れてからでは、遅い」。あれは教訓ではなく、悔いでした。

 次回、西通りの水路が詰まります。

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