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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第3章 消された署名

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第16話:騎士団が、工房の前に立つ

 朝、戸を開けたら、通りが塞がっていた。第二騎士団の隊列だった。


 工房の前から、通りの角まで。二十人ほどが、二列で立っている。全員が黙って立っているので、余計に多く見えた。わたしは戸口で立ち止まった。


「……おはようございます」


 誰も答えなかった。代わりに、列の先頭が一歩下がって道を空けた。その奥から、アイゼン殿が出てこられた。


「昨日、寮長が来たな」

「来られました」

「何を言われた」

「戻れと」

「他には」


 わたしは少し迷った。


「母のように消えたくはないだろう、と」


 アイゼン殿の顔は、ほとんど動かなかった。ただ、右手が一度、握られて開いた。


「今日から、二人置く」

「え」

「日中に二人、夜に二人。交代で工房の前に立たせる」


 わたしは慌てた。


「困ります。客が入れません」

「……そうか」


 アイゼン殿は少し考えて、隊の方を振り向かれた。


「離れろ。角と、裏の路地だ」


 隊列が、二十人ぶんの音を立てずに動いた。三十を数えるうちに、通りは元どおりになった。角に二人だけ残っている。


「これでどうだ」

「……ありがとうございます」

「礼はいい」


 角に残った二人は、若い隊士だった。わたしはお茶を持っていった。断られると思ったら、両手で受け取って、二人とも一気に飲んだ。


「お邪魔でしたら、離れます」

「邪魔ではありません。ただ、立ちっぱなしはお辛いでしょう」

「慣れております」


 年上の方が、そう答えた。


「団長から、無理をするなと言われております。座ってよい、飯も食ってよいと」

「では、椅子をお出しします」

「いえ、それは」


 結局、木箱を二つ出して置いた。二人は座らなかったけれど、茶碗を置く台にはしていた。


「あの、失礼ですが」


 若い方が、遠慮がちに言った。


「ここの工房の方が、団長の携行灯を直しておられるのですか」

「はい」

「……そうですか」


 二人は顔を見合わせた。


「何か」

「いえ。隊で、話が出ておりまして」

「どのような」

「団長が、毎晩どこかへ行かれる、と」


 わたしはお盆を持ったまま、しばらく動けなかった。


「三年、あの方は隊舎から出られませんでした」


 年上の方が、静かに言った。


「非番でも隊舎におられました。ずっとです。それが、二月ほど前から、毎晩お出かけになる」


 わたしは何も言えなかった。


「いい傾向だと、みんなで話しております」


 アイゼン殿は工房に入って、いつもの位置に立たれた。今日も携行灯を持っておられる。十六挺目だ。わたしは受け取って、開けた。


 どこも悪くない。


「異常が、ありません」

「そうか」

「アイゼン殿」

「なんだ」


 訊こうと思った。なぜ毎日来るのか。なぜ壊れていない灯りを持ってくるのか。訊こうとして、訊けなかった。


 訊いてしまうと、来なくなるかもしれない、と思ったからだ。そう思った自分に、わたしは少し驚いた。


「……二十ルグです」

「ああ」


 硬貨が置かれた。二十枚硬貨がひとつ。


 札を書いて、半分に切って、お渡しする。アイゼン殿はそれを外套の内側にしまわれた。折り曲げずに、平らなまま。


 しまう手つきを、今日はよく見ていた。内側の隠しに、紙の束が入っていた。厚みがある。指の腹くらいの厚みだ。


「アイゼン殿。それは」

「……なんだ」

「その隠しに入っているのは」

「札だ」


 それだけ仰った。


 わたしは訊くのをやめた。午前中の客は、いつもより少なかった。


 角に騎士が二人立っている店に、気安く入ってくる人は多くない。三人来て、二人が入口で引き返した。昼前に、ニナさんが様子を見に来た。


「なんで騎士がいるの」

「昨日、寮長が来ましたので」

「それで騎士団呼んだの?」

「呼んでおりません。勝手に来られました」


 ニナさんは、角の二人をしげしげと眺めた。


「あの人たち、お茶飲んでるけど」

「お出ししました」

「敵じゃないんだ」

「敵ではありません」


 ニナさんは、腕を組んだ。


「お姉さんさ、自覚ある?」

「何のでしょう」

「王都の第二騎士団が、私設の見張りみたいになってる」


 言われてみれば、そうだった。


「困りますね」

「困ってる顔じゃないよ」


 昼過ぎ、隣町からヨナスさんが戻ってきた。荷を背負っている。思っていたより多い。


「買えました。当て板が二百、押さえ金が百五十、留め具が三百」

「よく売っていただけましたね」

「隣町の問屋は、クレーマー商会の卸ではありませんでした」

「そうでしたか」

「ただ」


 ヨナスさんは荷を下ろして、額の汗を拭いた。


「隣町の問屋が、妙なことを言っておりました」

「なんでしょう」

「十年前まで、この工房と取引があったそうです」

「母の代ですね」

「はい。毎月、決まった量を。……それで、こう言われました。『セレスティアさんは、うちに預けたものを取りに来ないままだ』と」


 わたしは、荷を数える手を止めた。


「預けたもの」

「木箱がひとつ、倉に残っているそうです。十年、そのままだと」

「中身は」

「開けていないので分からない、と。ただ、重くはないそうです」


 紙の重さだ、と思った。


「ヨナスさん。明日、もう一度行っていただけますか」

「行きます。ただ」


 ヨナスさんは、少し言いにくそうにした。


「引き取りには、遺族であることの証明が要るそうです。ノルデン嬢ご本人が行かれないと」

「では、二人で参ります。工房を二日閉めます」


 言ってから、閉めるという言葉が喉に引っかかった。この工房は、十年閉まっていた。


 二日閉めるくらい、何でもない。何でもないはずなのに、母が閉めたまま死んだ扉のことを考えると、鍵をかけるのがこわかった。


 その晩、わたしは修理台の前で、母の白紙の帳面をもう一度開いた。いま、四十三行まで埋まっている。


 母の十年ぶんの帳面は、隣町の倉にあるのかもしれない。あるとして、なぜ母はそれをここに置かなかったのだろう。


 書いたものを、家に置いておけない理由が、母にはあったということだ。

 「三年、あの方は隊舎から出られませんでした」。若い隊士のこの一行が、この回でいちばん書きたかったところです。本人が語らないことは、たいてい部下が喋ります。

 外套の内側の隠しに、指の腹ほどの厚みの紙束。あれが何かは、あと一話で分かります。

 次回、焦げた匂いのする携行灯が一挺。三年前のものだそうです。

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