第12話:壊れていない品
夜会から三日で、工房の客が倍になった。倍といっても、一日二人が四人になっただけだ。それでも四人来れば、その日の食べる分は出る。
増えた理由は、たぶん貼り紙と、王宮の噂の両方だった。「王宮が真っ暗になった」の次に「あそこの娘が王宮の灯りを見てた人らしい」が来て、そのあとに「じゃあうちのも見てもらおう」が来る。噂というのはそういう順番で歩く。
ヨナスさんは、約束の三日目に来た。紺の上着の代わりに、色の褪せた作業着を着ていた。道具は自前のものを持ってきていた。調律棒が三本ある。
「三本もお持ちなのですね」
「中の太さのものを、自分で削りました。細だと届かない座があるので」
わたしはその一本を借りて、指で回してみた。削り方が丁寧だった。持ち手のところに滑り止めの筋まで入れてある。
「よい棒です」
「……寮では、余計なことをするなと言われました」
最初の仕事は、貼り紙の魔石を見分ける当番にした。教えるのに半日かかると思っていたら、二刻で覚えた。
「筋が閉じているか、伸びているか。それだけですね」
「それだけです」
「なぜ寮では、これを教えないんでしょうか」
「寮に入る魔石には、罅がありませんので」
言ってから、自分の言葉が引っかかった。寮に入る魔石には罅がない。市場に出回る魔石には罅がある。同じ刻印で。
選り分けている人がいる、ということだ。昼過ぎ、ニナさんが工房に来て、修理台の端に座った。最近は用事がなくても座っている。
「暇なの?」
「いま四件目が終わったところです」
「じゃあ暇じゃないじゃん」
ニナさんは足をぶらぶらさせながら、壁の紐を見上げた。控えの札が、そこにぶら下がっている。
「増えたね」
「二十二枚です」
「そのうち何枚が例の団長さん?」
「……十一枚です」
ニナさんの足が止まった。
「半分じゃん」
「四十挺お持ちですので」
「二週間で十二挺壊れる隊、まずくない? 国防的に」
わたしは言葉に詰まった。
言われてみれば、そうかもしれない。第二騎士団は王都の警備を担っている。その隊の携行灯が二日に一挺以上の割合で壊れるのは、たしかに問題だ。
「整備の方がおられるそうです」
「その整備の人、仕事してんの?」
「……分かりません」
「ねえ、札見せて」
ニナさんが紐に手を伸ばした。わたしは止めなかった。客の名前は書いてあるけれど、ニナさんはもう全部知っている。
ニナさんは十一枚を順番にめくって、症状の欄を読み上げ始めた。
「接点に煤。留め具の緩み。異常なし。留め具の遊び。異常なし。座の埃。異常なし。異常なし——」
途中で顔を上げた。
「お姉さん」
「はい」
「異常なしが六枚あるんだけど」
「点検料をいただいております」
「そうじゃなくて」
ニナさんは札を紐に戻して、こちらに向き直った。
「あの人、壊れてない灯り持ってきてない?」
わたしはペンを置いた。
少し考えた。
「持ってきておられますね」
「気づいてなかったの?」
「いえ、症状の欄に書いておりますので」
「書いてて気づかないってどういうこと?」
ニナさんの声が裏返った。わたしは修理台の上を片付けながら答えた。
「軍用の携行灯は、四十挺あって年に二度の点検が必要です。二度で八十回。一日一挺持ってこられれば、八十日で一巡します。理にかなっております」
「理にかなってる、じゃなくて」
「点検は修理と同じくらい大事です。壊れる前に見つければ、部品一つで済みます」
「そういう話をしてるんじゃないの!」
ニナさんは修理台を叩いた。皿の上の留め具が跳ねた。わたしは留め具を拾って、元に戻した。
「では、どういうお話でしょう」
「……いい。もういい」
ニナさんは椅子から下りて、戸口へ歩いて、途中で振り返った。
「お姉さん、頭いいのに馬鹿だね」
「よく言われます」
「誰に」
「母に」
ニナさんは何とも言えない顔をして、帰っていった。入れ替わりに、ヨナスさんが奥から出てきた。魔石の箱を抱えている。
「……いまの、聞いておりました」
「そうですか」
「ノルデン嬢」
「はい」
「あの騎士の方は、たぶん、灯りの話をしに来ているのではありません」
わたしは工具を片付ける手を止めた。
「では、何の話でしょう」
「それは、私からは」
ヨナスさんは箱を棚に載せて、それきり黙々と選り分けを始めた。わたしはしばらく、その背中を見ていた。
考えてみたけれど、分からなかった。灯りを持ってきて、灯りを直させて、灯りの代金を払っていく人が、灯りの話をしていないというのは、どういうことだろう。
分からないまま、夕方の客を三人受けた。その晩、アイゼン殿は十二挺目を持ってこられた。
わたしは受け取って、開けて、魔石を見て、接点を見て、枠を振った。
どこも悪くない。
顔を上げると、アイゼン殿がこちらを見ておられた。わたしは何か言おうとして、何を言えばいいのか分からなかった。
「異常が、ありません」
「そうか」
「……アイゼン殿」
「なんだ」
「点検は、大事だと思います」
言ってから、自分でも何を言いたいのか分からなかった。アイゼン殿は少し黙って、それから頷かれた。
「そう思う」
わたしは五ルグの札を書いた。
保証の欄に自分の名前を書いて、半分に切って、お渡しする。アイゼン殿はそれを外套の内側にしまわれた。折り曲げずに、平らなまま。
戸が閉まったあと、わたしは控えの紐を見た。二十三枚。うち十二枚が携行灯。異常なしが、七枚になった。
「お姉さん、頭いいのに馬鹿だね」。ニナさん、よく言いました。
異常なしが七枚。症状の欄に自分で書いておいて、気づかない人がいます。読者のみなさまのほうが三話ぶん先に気づいている、という状態を、しばらく楽しんでいただければ。
次回、その方が初めて手ぶらで来ます。頼みがあるそうです。




