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【妻・御厨千紗子の証言】あの人のこと

 娘がいなくなってから、夫は急に父親らしい顔をするようになった。今までを帳消しにしようとでもしているのか、必死になっている。

 正直に言えば、腹が立つ。娘のことは、ずっと私ひとりに任せきりだったくせに。

 保育園の送り迎えも、学校の行事も、熱を出した日も、あの人は「仕事が忙しい」のひと言で避けて済ませてきた。


 娘は、そんな父親を責めるような子ではなかった。それでいて私の顔色も窺う。私が疲れているときは、そっと自分の部屋に引っ込んだ。

「ママ、今日は大丈夫?」なんて、小さな声で気を遣ってくる日もあった。


 私だって娘に優しくできない日があった。仕方ないでしょう?

 仕事と家事でいっぱいいっぱいで、娘が話しかけてきても、つい「あとにして」と突き放してしまうことがあった。そのたびに娘は黙って引き下がった。


 あの子は、私の苛立ちも、夫の無関心も、きっと全部分かっていたのだと思う。学校でサーカスのチケットをもらってきて、「行こうよ」なんて言ったのも、私たちの空気を和ませようとしたのだろう。

 でも、私も夫も、断った。あの子は笑って「じゃあ、お出かけまた今度ね」と言ったけれど、その「今度」は、いつ来るのだろう。


 夫は今、サーカスを追っているらしい。娘を捜すためだと言う。

 でも私は知っている。あの人は、娘を捜しているというより、自分の罪悪感から逃げようとしているだけだ。

 それでも、あの人が娘を見つけてくれるなら、私はなにも言わない。言えない。


 ただ、胸の奥にひっかかる。

  娘は、あのサーカスにひとりで行ったのだろうか。それとも──

 私たちから逃げたかっただけなのだろうか。

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