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はじまり②

 「……へっ」


 思わず、間抜けな声が漏れた。

 魔王は僕の情けない反応を気にする様子もなく、静かに続けた。


 そして、僕にこう言ってきたのだ。



「実は、手伝ってほしいことがある。」 



 …急に……何だ?


 その声には、先ほどまであった威圧感が微塵も感じられなかった。

 

 信じられるか?目の前で仲間を残酷に殺したやつが、まるで何事もなかったかのように、親しげに話しかけてくるんだ。

 

 手伝う?僕が?魔王を?何を言っているんだ?

 

 頭が追いつかない。だが魔王が僕を見下ろす瞳は至って真剣であり、冗談を言っている様子では無かった。それが僕をさらに混乱に陥れた。


 少しして魔王は僕から視線を外し、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 これも、この魔王のいわゆる"遊び"なのだろうか?あえて思考をかき乱すようなことをして、こちらの混乱してる様を面白がっているのだろうか?


 よく分からない。


 ただ、その場の不安定さとちぐはぐさが、とても奇妙で気持ちが悪かった。


「そう警戒するな」


 突然、うつむいていた僕の目の前に魔王の顔が現れ、僕は思わず小さく声をあげ、後ずさった。魔王は何を考えているのか、表情を変えずに続ける。


 「この城に、手紙が届いた。」


 「……手紙……?」


 それがどうしたのか、どう自分の今の状況につながるのか、訳が分からずに僕は魔王の言葉を聞き続ける。


 「内容の詳細は教えられんが──」


 どこから取り出したのか、いつの間にか魔王の手には一枚の紙があった。


 「この手紙には、勇者と魔王についてのことが記されていた。貴様と私に、深く関わることがな」


 魔王の碧い瞳が、僕を見据える。僕の顔ではなく、心の奥底を覗き込むかのように。


「問おう。魔王と勇者の争いに、何の意味がある?」


「………」


「今まで、魔王と勇者の戦いは長く続いてきた。だが貴様も気づいているはずだ──これがいかに歪んでいるかを」


 確かに、魔王が言っていることは()()()。この戦いには意味がないし、僕たちが争う必要性を感じない。


 理由は単純。


 この世界は、人の世としてすでに平和だからだ。


 もともと、勇者は人々を魔王という力の脅威から守るために神から選ばれる、特別な存在である。


 しかし、人々の敵とされている魔王を含めた"魔物"は、人と違い、この世界で生きるために何かを必要とせず、何もしなければ人々に害はないし襲う理由もない。むしろ魔王は"魔物"の統率者であり、倒してしまえば"魔物"からの被害が増える可能性すらある。


 無駄。全てが無駄なのだ。


 『神託』が下ることで『勇者』が選ばれる。そして死ねば次の『神託』が下される。『勇者』は永遠に生み出される。



 そして必ず――魔王に殺されるのだ。



 なぜか?それはこの世界において『神託』は絶対だからだ。



 僕の父も、そうだった。

 仲間と長い旅の途中、添い遂げた母と僕を授かったが、魔王討伐の旅のため、父は母と共に赤ん坊である僕を置いて行った。

 もちろん、僕の父はもう居ない。

 だってその1年後、まだ小さい僕に、次の『勇者』の神託が下りたのだから。



 「私は別に、この『仕組み』を放置してもいい」


 魔王の声が、再び僕の意識を引き戻した。


 「だが――これは貴様のためになるかもしれん」


 思わず耳を疑う。

 何を言っているんだ?僕のため……?散々仲間も殺しておいて……。


 意味が、分からない。 


 僕は怒りとも憎しみとも言えないどろどろした感情で魔王を睨みつける。


 「そう殺気立つな。貴様にやってもらいたいことがある」


 魔王は僕の手を掴んだ。先ほど、敵同士として対峙していたとは到底思えないほどの距離感だ。


 「貴様になら、できるはずだ。この私達の――魔王と勇者の因果を、断ち切ることが」


 「……何を、言っている?」


 僕は思わず魔王の手を払いのける。魔王は気にせず続ける。



 「貴様に、過去へ戻ってもらう」



 「……は?」



 僕はそこではっきりと魔王の顔を見た。


 「待て、待ってくれ。本当に意味が分からない。過去に戻るって、そんなこと——」


 「可能だ」


 魔王は、まるで天気の話でもするかのように淡々と答えた。


 「この手紙に、その方法が記されている」


 「誰が、そんな手紙を?」 



「………さあ?」



 魔王は興味なさそうに首を傾げた。



 ——え?



 それはまるで、無邪気な子供のようだった。


 「届いたから読んだ。面白そうだから試してみたくなった。…それだけ!」


 まるで小さい子供が新しい遊びを見つけたかのような、天真爛漫な声。さっきまでの威厳が幻だったかのように、目の前の声は無邪気だった。


 声色も、言葉遣いも、何もかもが違う。さっきまでの人物と同じとは思えないほどに。


 待ってくれ。もしかして、これが本当の姿なのか?

さっきの威厳ある態度は、ただの——演技?


 どちらが本物なのか分からない。いや、もしかしたら、どちらも本物で、この魔王は気分次第で簡単に切り替えられるのかもしれない。


 なおさら、この魔王に対する認識があやふやになっていく。



 (なんなんだ、お前は……) 



 本当に、頭がどうにかなりそうだった。

 だが、負けじと僕は無駄な反応をせずに、聞きたいところだけ聞くことにする。


 「……なぜ、僕なんだ」


 一連の流れに戸惑いながらも、一番不思議に思っていたことを問いただす。


 「ん?たまたま来たのがお前だったからだよ」


 あっさりと、魔王は答えた。


 「もしお前の前に別の勇者が来ていたら、そいつに頼んでいたよ。運が良かったね」


 運が、良かった、だと——?

 仲間が全員死んで、絶対的絶望なこの状況で?



 「あ、でもまあ」



 魔王は少し考えるように視線を宙に向けた。

 「お前の父のことは、少し覚えているかな。あの男、最期まで『家族の元へ帰る』って叫んでてね。うるさかったから、舌を切り落としてから殺したんだけど」



 ………。



 「それでも私を見る目だけは鋭いまま!…面白かったよ」

 

 魔王は、本当に楽しそうに笑っていた。


 「だからお前を見た時、『ああ、あいつの息子か』って思ったんだ。同じ目をしてる。必死に生きようとする、虫みたいな目」


 「……!」


 拳を握りしめる。自然と体が震え出す。


 「怒った?まあ、怒るよね。でもお前に選択肢はないよ」


 魔王は僕の顎を掴んだ。逃げることも、抵抗することもできない。


 「私の提案に乗るか、ここで死ぬか。簡単でしょ?」

 「お前、は……」


 僕は震える声で言った。


 「お前は、魔王なのに、なぜこのシステムを破壊しようとするんだ」

 「ああ、それ?」


 魔王は手を僕の顎から離し、また軽い調子で答えた。


 「飽きたから」


 「……なんだと?」


 「ぜーんぶ飽きたからだよ?キャラ作りだってそう。同じことの繰り返しって、退屈じゃない?勇者が来る、殺す、また来る、また殺す。もう何千年とやってるんだよ?さすがに新しいことがしたくなるでしょ」


 魔王は手紙をひらひらと揺らした。


 「それに、私は元々『魔王』じゃなかったしね」


 「……どういう、意味だ」


 「前の魔王を殺して、この座を奪ったんだよ。500年くらい前かな?あいつ、油断してたからあっさり殺せた。ラッキーだったよね」


 魔王は、まるで昨日の夕食の話でもするかのように続ける。


 「でもさ、『魔王』になってみたら、やることが決まっててつまらないの。城で待って、勇者を殺す。それだけ。前の魔王もきっと退屈だったんだろうね。だから隙だらけだった」


 狂ってる。

 この魔王は、完全に狂っている。


 「でも、この手紙が来た時、思ったんだ。『これは面白そうだ』って。お前を過去に送って、この退屈な『遊び』のルールそのものを壊してみたら、どうなるんだろうってね」


 魔王の碧い瞳が、僕を見た。そこには、子供が新しいおもちゃを見つけた時のような、純粋な好奇心があった。


 「ねえ、やってみようよ。面白いと思わない?」


 「僕は……」


 言葉に詰まる。


 この魔王は、善意でこれを提案しているわけじゃない。ただ、退屈しのぎに、気まぐれに。


 でも……。


 「他に、道はないんだな…?」

 「ないね」


 魔王はにっこりと笑った。


 「お前の仲間みたいに、今ここで殺されるか。私の『遊び』に付き合って、もしかしたら生き延びられるか。どっちがいい?」


 僕は拳を握りしめた。


 選択肢なんて、初めからなかったんだ。


 もちろんそれも、分かってはいたのだ。


 「……分かった」

 「よし!」


 魔王は子供のように手を叩いた。


 「じゃあ、準備しようか。ああ、そうだ」


 魔王は急にこちらを振り向き、真っ直ぐに僕の目を捉えた。


 「もし途中で私を裏切ろうとしたり、逃げようとしたりしたら——お前の故郷の村、何て言ったっけ?まあいいや。そこの人間、全員燃やすから。覚えといてね」


  魔王は再び明るい表情に戻り、宣言した。



 「さあ、長い長い旅の始まりだよ!楽しみだね!」


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