表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

はじまり①

 『魔王』。


 この世界には、絶対的な力が存在する。

 そんな絶対的な力と渡り合えるのは、『勇者』なんてものじゃない。人間がどれだけ足掻いても、奴らにとって僕らはゴミクズに等しい。


 絶対的な力には、絶対的な力をぶつけるしかない ───僕は数多くの逆境を乗り越える中でそう悟った。

 そして今再び、いや、これまでの苦難が霞むほどの絶望の壁が、目の前を塞ごうとしている。


 仲間が一人、また一人と死んでいくのを目の当たりにしながら、結局僕は保身を図っていた。


 それでも『勇者』という崇高な称号を背負った身である以上、使命を全うしなければならない。そこに個人の感情など入り込めはしない。


 ああ、なんてひどい世界なんだろう。


 これでは誰も報われない。僕を逃がそうとした者も、苦しみを分かち合った仲間たちも。



 「選ぶがいい」



 その声が聞こえた瞬間、全身が一気に硬直したのを感じた。


 「このまま何も成し遂げぬまま、塵となって消えるか」


 男か女か判別できない、しかし圧倒的な重厚感を放ちながら、声の主は淡々と告げる。


 「我が軍門に降り、未来永劫酷使され続けるか」


 声の調子を保ったまま、コツ、コツと近づいてくる。その足音一つ一つが、徐々に心臓を締めつけていく。


 「それとも──敵前逃亡でもして、『勇者』の名を地に堕とすか?」


 俯いた視界に映る石床に、足先が現れる。

 そしてその目と鼻の先の存在は、すらっと手を伸ばし、床に伏せた僕の首をぐいと掴み上げた。


 僕の意思など無視するように、遥か高い天井の方へ顔を向けさせる。

 そこにいたのは、目を見張るような美しい『魔王』───などではなく、どこにでもいそうな、つまり平凡な顔立ちの少年だった。


 だが確かに、そこには言葉にできないような不思議な美しさがあった。

 碧く、光を映すことを拒む瞳。それと対をなして、神々しいまでに白く輝く髪。見惚れてしまうほどの美しさ。

 

 僕はその美しさが、ひどく不気味だった。



 「……沈黙か。時を無駄にするな」



 先ほどより一段と低く、冷え切った声。一瞬で張り詰める空気。背中から汗が噴き出してくるのを感じた。 

 とりあえず何かを言おうとして──


 「他には……、他には無いのですか」


 失言だ。情けなくも、震えた声でそんなことを言ってしまった。

 内心、自分で自分に驚きひどく焦ったが、すぐに──いや、これが僕の本心なんだな、と静かに思った。



 こんなところで死ぬのは嫌だ。既に死んでしまった仲間たちには申し訳ないとは思う。なぜ僕だけが、だなんて考えてしまう。


 いや、仲間たち以外にも、この魔境、『魔王城』では幾何万という勇者たちが殺されてきたのだろう。

 

 まるで、運命が決まっているかのように。

 無駄な戦いをして、殺されることが初めから決められているかのように。


 そんなことを今更考えても、意味がない。


 もちろん、他の選択肢も最悪だ。死ぬ方がまだましだと思えるほどに。生まれてきたことを、心の底から後悔しそうになる。

 それが勇者の運命だなんだと誰かに言われてしまったら、世界中を呪いそうになる。

 こんな欲に塗れた『勇者』なんて、救いようもないのは分かっている。



 ただ、普通の暮らしがしたかった。それだけだった。


 村の子供たちと、木の剣を振り回して遊んだあの日々。『修行だ!』なんて言いながら、本当はただの戦いごっこで、周りは純粋な笑いに溢れていた。

 あの頃は勇者に選ばれたことが単純に誇らしかった。仲間たちが羨ましそうに見てくれて、僕は特別な存在だった。のに。


 国の使者が来てから全てが変わった。遊びは訓練に変わり、笑顔は緊張に変わった。いつの間にか、あの暖かい村の記憶は遠くなっていった。


 戻りたかった。ただ木の剣を振り回して、誰も死なないごっこ遊びをしていたあの頃に。『勇者』が重荷ではなく、ただの遊びの口実だったあの日々に。


 きっと僕は殺されるのだろう。さっきの選択肢も、『魔王』の()()。結局はどれを選んでも殺される。初めから、選択肢は一つだけ。


 ましてや、他の選択肢なんてあるはずも────



 「──あるぞ?」



 その言葉が、さっきの僕の言葉に対するものだと気づくのに、少し時間がかかった。

 気づいたとしても、それがどういう意味なのかを理解するのには更に時間がかかった。


 「……へっ」


 思わず、間抜けな声が漏れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ