第5章 心の底へ沈む影(続き)
――あの日の“本当の結末”
白い部屋の中央に立つ彼女は、輪郭が揺れ、影が濃すぎて、まるで“記憶の残像”だけが形を取っているようだった。
僕は息を呑む。
「……続きって……何のことだ……」
彼女は微笑む。
その笑顔は、優しくて、温かくて―― でも、底がない。
「あなたはね……あの日の“最後”を覚えていないの」
「……最後……?」
「うん。あなたは途中で記憶を閉じた。怖くて、見たくなくて、“自分を守るために”」
彼女が一歩近づくと、白い床に落ちた影が波紋のように揺れた。
「あなたは私を振り払った。私は倒れた。そこまでは思い出したよね?」
僕は喉を鳴らす。
「……ああ……」
「でもね――」
彼女の声が、急に近くなる。
気づくと、目の前にいた。
瞳の奥が真っ黒で、底がない。
「そのあと、あなたは“何をしたのか”を覚えていない」
胸の奥が冷たくなる。
「……俺は……何を……」
「思い出して」
彼女は僕の手を取り、白い部屋の奥へと導いた。
そこには――“扉”があった。
白い部屋の中に、異様に黒い、影だけでできたような扉。
「ここがね……あなたが閉じた記憶の“最後の部屋”」
僕は息を呑む。
「……開けたくない……」
「開けなきゃダメだよ」
彼女は僕の手を強く握った。
その手は、もう完全に“生きている人間の温度”だった。
「だって、ここに“続き”があるんだもん」
扉の向こうから、何かが“叩く音”がした。
コン……コン……コン……
規則的な音。
心臓の鼓動のような、誰かが扉の向こうで待っているような。
僕は震えた。
「……誰だ……」
「あなたが閉じ込めた“真実”だよ」
彼女は扉に手を当てた。
その瞬間、扉がわずかに開き、黒い影が漏れ出した。
ザァ……
冷たい風が吹き抜ける。
影が僕の足元に絡みつく。
「ねえ……覚えてる?」
彼女は囁いた。
「あなたは私を振り払ったあと――私の名前を呼んだの」
僕は息を呑む。
「……呼んだ……?」
「うん。泣きながら、震えながら、何度も何度も」
扉の向こうから、声が聞こえた。
『……たす……けて……』
僕の声だった。
僕は膝から崩れ落ちた。
「……なんだよ……これ……」
「あなたはね…… 私を助けようとしたんだよ」
彼女は優しく微笑んだ。
「でも―― 助けられなかった」
扉の隙間から、白い手が伸びてきた。
細くて、冷たくて、震えている手。
僕は叫んだ。
「……やめろ……やめてくれ……!」
彼女は僕の肩に手を置いた。
「ねえ…… あなたが本当に怖いのは、“私を殺したこと”じゃない」
僕は息を呑む。
「……じゃあ……何が……」
彼女は囁いた。
「あなたが“助けようとしたのに、助けられなかった”ことだよ」
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
黒い影が溢れ出し、僕の身体を飲み込んだ。
視界が真っ黒になる。
そして―― 耳元で、彼女の声が囁いた。
『さあ……本当の結末を見よう』




