表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戻ってきた彼女は、僕の知る彼女ではなかった 記憶をなぞる“何か”が、部屋の中にいる 忘れたはずの声が、玄関の向こうで呼んでいる  作者: かーすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/22

第4章 影の脳室(侵食の第3段階・続き)

 ――人格が溶け、彼女と混ざり始める


 視界が二重に揺れていた。

 僕の見ている部屋と、彼女が見ていた過去の景色が、重なったまま剥がれない。

 白い病室の壁が、僕の部屋の壁に滲むように重なり、彼女の泣き声が、僕の呼吸音に混ざって響く。

 どちらが現実なのか分からない。

 胸の奥で、二つの鼓動が完全に同期している。

 ドクン……ドクン……ドクン……

 そのリズムが、僕の脳の奥にまで響いてくる。


「ねえ……聞こえる?」

 彼女の声が、耳ではなく、脳の内側から響いた。

『あなたの考え……今、全部見えてるよ』

 僕は頭を押さえた。

「……やめろ……俺の頭から……出ていけ……!」

「無理だよ」


 彼女は僕の肩にそっと触れた。

 その手は、もう完全に“生きている人間の温度”だった。

「だって、あなたが“入れた”んだもん。思い出した瞬間、あなたの脳は私を受け入れた」

 冷たさが、脳の中心―― 海馬(記憶の核)に触れた。

 その瞬間、僕の思考が“二重”になった。


 侵食の深まり:思考の混線


 僕の思考の中に、彼女の声が混ざる。

 僕の声 『逃げろ……逃げないと……』

 彼女の声 『逃げないで。だって、ここはあなたの心の中だよ?』

 僕の声 『これは俺の記憶だ……俺の頭だ……』

 彼女の声 『違うよ。もう“私たちの”だよ』

 思考が、どこまでが自分で、どこからが彼女なのか分からなくなる。

 僕は震えた。

「……俺の……考えが……」

「混ざってるんだよ」

 彼女は僕のこめかみに指を当てた。その指先が、皮膚をすり抜けて、脳に触れるような感覚が走る。

「あなたの思考の隙間に、私の影が入り込んでる。あなたの“判断”と“感情”が、少しずつ私のものになっていく」

 僕は叫んだ。

「……やめろ……やめてくれ……!」

「やめないよ」

 彼女は優しく、しかし確実に言った。

「だって、あなたが私を思い出したんだもん。思い出した瞬間、あなたの脳は私を受け入れた。脳が受け入れたら……次は人格だよ」

 冷たさが、脳全体に広がった。

 僕の感情が、僕の思考が、僕の“自分”が――

 彼女の影に染まり始める。


 人格の溶解:境界の消失


 僕はふと気づいた。

 胸の奥で響く鼓動が、僕のものなのか、彼女のものなのか分からない。

 視界に映る部屋が、僕の部屋なのか、彼女の記憶なのか分からない。

 そして―― 頭の中で響く声が、僕の声なのか、彼女の声なのか分からない。

「……俺は……誰だ……」

 彼女は僕の頬に触れた。

 その指先は、もう完全に“僕の一部”のように自然だった。

「あなたはあなた。でも、私でもある」

「……やめろ……」

「やめないよ」


 彼女は微笑む。

 その笑顔は、優しくて、温かくて―― でも、底がない。

「だって、あなたが私を思い出したんだもん。思い出した瞬間、あなたの人格は私と混ざり始めた」

 胸の奥から、 彼女の声が直接響いた。

『ねえ……もうすぐ“ひとつ”になれるよ』

 僕は震えた。

「……ひとつ……?」

「うん。 あなたと私の境界が消えるの。あなたの心臓はもう私のもの。あなたの記憶も、私のもの。あなたの思考も、私のもの。あとは――」

 彼女は僕の額にそっと触れた。

「あなたの“自分”を手放すだけ」

 その瞬間、僕の視界が完全に“彼女の記憶”に塗りつぶされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ