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戻ってきた彼女は、僕の知る彼女ではなかった 記憶をなぞる“何か”が、部屋の中にいる 忘れたはずの声が、玄関の向こうで呼んでいる  作者: かーすけ


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第4章 影の脈動(侵食の第3段階)

 ――脳への侵食が始まる


 胸の奥で、二つの鼓動が完全に重なった。

 その瞬間、僕の視界がわずかに揺れた。

 世界が、少しだけ“遅れて”ついてくる。

 まるで、僕の意識が身体より先に動いてしまったような感覚。


「……何だ……これ……」

 僕が呟くと、彼女は僕の胸に耳を当てたまま、ゆっくりと目を開けた。

 その瞳の奥は、相変わらず底のない黒。

「ねえ……聞こえる?」

 胸の奥から、彼女の声が響く。

『ここから上に行くね』


 次の瞬間―― 冷たさが胸から首へ、首から頭へと、ゆっくりと這い上がってきた。

 皮膚の表面ではなく、身体の内側を通っている。

 血管の中を、黒い影が逆流していくような感覚。

 僕は思わず頭を押さえた。

「……やめろ……やめてくれ……!」

「無理だよ」


 彼女は優しく微笑む。その笑顔は、昔と同じなのに、どこか“深すぎる”。

「だって、あなたが私を思い出したんだもん。思い出した瞬間、心臓は私を受け入れた。心臓が受け入れたら……次は脳だよ」

 冷たさが、頭蓋の内側に触れた。

 その瞬間、視界の端に“別の映像”が流れ込んできた。


 侵食の兆候:脳に触れる影


 僕の視界に、知らない景色が映る。

 白い部屋。

 消毒液の匂い。

 泣いている誰か。

 ――彼女だ。

 僕の視界なのに、僕の視界じゃない。

 僕の記憶なのに、僕の記憶じゃない。

「……やめろ……これは……」

「私の記憶だよ」


 彼女は僕の頭にそっと触れた。

 その指先が、皮膚をすり抜けて、脳に触れるような感覚。

「あなたの脳に、私の記憶が入っていく。あなたの思考の中に、私の声が混ざる。あなたの感情の中に、私の感情が流れ込む」

 僕は頭を押さえた。

 痛みはない。

 でも、痛みがないことが逆に恐ろしい。

 冷たさが、脳の奥に広がっていく。


 ザリ……ザリ……

 脳の中で、何かが擦れる音がする。

 神経の奥で、影が動いている。

「ねえ……分かる?」

 彼女は僕の耳元で囁いた。

「あなたの“考え”が、少しずつ私のものになっていく」

 僕は震える声で言った。

「……俺の……考え……?」

「うん。あなたが何を思うか、何を感じるか……私にも分かるようになる」

 胸の奥から、彼女の声が響く。

『ねえ……あなた、今“怖い”って思ったでしょ?』

 僕は息を呑む。

「……なんで……分かる……」

「だって、あなたの脳に触れてるから」


 冷たさが、脳の中心―― 記憶の核に触れた。

 その瞬間、僕の視界が“二重”になった。


  • 僕が見ている部屋

  • 彼女が見ていた過去の景色


 二つの映像が重なり、 どちらが現実なのか分からなくなる。

「……やめろ……やめてくれ……!」

「やめないよ」

 彼女は優しく、しかし確実に言った。

「だって、あなたの脳の中に“居場所”を作るのが、私の目的なんだから」

 冷たさが、脳全体に広がった。

 僕の思考が、僕の感情が、僕の記憶が――

 彼女の影に染まり始める。

「ねえ……あなたの“中”に戻るっていうのはね……」

 彼女は僕の頭に手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。


「あなたの脳の一部が、私になるってこと」

 その瞬間、僕の視界が完全に“彼女の記憶”に塗りつぶされた。

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