第4章 鼓動の重なる音(侵食の第2段階)
――心臓が同期するという異常
胸の奥で、二つの鼓動が重なり始めていた。
僕の鼓動と、彼女の鼓動。
最初は微妙にズレていた。
けれど、そのズレがゆっくりと縮まっていく。
ドクン……ドクン…… ドクン……ドクン…… ドクン……ドクン……
まるで、見えない糸で引き寄せられるように。
僕は胸を押さえた。
痛みはない。
ただ、胸の奥が“誰かに触られている”ような感覚だけがある。
「……やめろ……やめてくれ……」
彼女は僕の目の前で静かに微笑んだ。
その笑顔は、昔と同じなのに、どこか“深すぎる”。
「大丈夫。怖がらなくていいよ。これは……自然なことだから」
「自然……?」
「うん。だって、あなたは私を思い出した。思い出した瞬間、心臓は反応するの。あなたの心が、私を受け入れ始めた証拠だよ」
胸の奥で、鼓動が完全に重なった。
ドクン。
その瞬間、世界の音が一瞬だけ消えた。
部屋の空気が止まり、 時間がわずかに遅れたように感じる。
僕は息を呑む。
「……今……何が……」
「同期したんだよ。あなたの心臓と、私の心臓が」
彼女は僕の胸にそっと手を置いた。
その手は、もう完全に“生きている人間の温度”だった。
「ねえ……聞こえる?」
僕は耳を澄ませた。
胸の奥で、僕の鼓動とは違う“別の鼓動”が響いている。
僕の鼓動よりも、少しだけ速い。
少しだけ深い。
少しだけ重い。
ドクン……ドクン……ドクン……
「これ……お前の……?」
「うん。あなたの中で、私の心臓が動き始めたの」
僕は震えた。
「……そんな……ありえない……」
「ありえるよ。だって、影が入ったんだもん。影は心の形。心の形が重なれば、鼓動も重なる」
彼女の声が、胸の奥から聞こえる。耳ではなく、心臓の内側から。
『ねえ……ここにいるよ』
僕は叫びそうになった。
「……出ていけ……出ていけよ……!」
「無理だよ」
彼女は優しく、しかし確実に言った。
「だって、あなたが“入れた”んだもん。私を思い出した瞬間、あなたの心臓は私を受け入れた」
胸の奥で、鼓動がさらに強くなる。
ドクン……! ドクン……!ドクン……!
僕の鼓動が、彼女の鼓動に“吸い寄せられていく”。
「ねえ……分かる? あなたの鼓動、もうあなたのものじゃないよ」
僕は震える声で言った。
「……じゃあ……誰の……」
彼女は僕の胸に耳を当て、 ゆっくりと目を閉じた。
「私たちのもの」
その瞬間、胸の奥で“境界が溶ける”感覚がした。
僕の鼓動と彼女の鼓動が、完全にひとつになった。
世界が、少しだけ暗くなる。
僕の視界の端で、影が揺れた。
僕の影が、彼女の影の形にわずかに“寄っていく”。
彼女は微笑んだ。
「これが侵食の第2段階。心臓が重なるとね……次は、記憶が混ざるの」
胸の奥から、彼女の声が直接響いた。
『ねえ……次は、私の記憶をあげるね』




