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戻ってきた彼女は、僕の知る彼女ではなかった 記憶をなぞる“何か”が、部屋の中にいる 忘れたはずの声が、玄関の向こうで呼んでいる  作者: かーすけ


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第3章 影の重なる場所(続き2)

 ――影が身体の内側に入り込む


 影が僕の膝まで這い上がった瞬間、皮膚の下を“冷たい何か”がゆっくりと動く感覚がした。

 まるで、黒い液体が血管の中を逆流していくような―― そんな異様な感覚。


「……やめろ……やめてくれ……」

 僕が震える声で言うと、彼女は優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ。痛くないでしょ?」

 確かに痛みはない。

 でも、痛みがないことが逆に恐ろしい。


 冷たさが、膝から太ももへ、太ももから腰へと、ゆっくりと広がっていく。

 ドクン……ドクン……

 心臓の鼓動に合わせて、影が身体の内部で脈打っている。

「影ってね……光が届かない場所にできるんだよ」


 彼女は僕の胸に手を当てたまま、静かに続ける。

「だから、身体の中にも影はあるの。心の奥にも、記憶の隙間にも。あなたが見ないようにしてきた場所に、私は入り込める」

 冷たさが、胸のすぐ下まで迫ってきた。

「……やめろ……そこは……」

「そこが“入口”なんだよ」

 彼女の声が、耳の奥に直接響く。

「あなたが私を忘れたとき、心の中にぽっかり空いた“空洞”。その空洞は、あなた自身が作った影。私はそこに入るの」

 影が胸の中心に触れた瞬間、視界が一瞬だけ“白く”弾けた。


 身体の内部で起きていること


 胸の奥で、何かが“擦れる”音がした。

 骨と骨が触れ合うような、 乾いた音。

 ザリ……ザリ……

 僕は息を呑む。

「……何だ……これ……」

「あなたの心の形が変わってるの」

「心の……形……?」

「うん。私が入れるように、少しずつ広がってる。あなたの記憶が、私の形に合わせて歪んでいく」


 冷たさが心臓のすぐ横を通り抜けた。

 その瞬間、胸の奥に“別の鼓動”が生まれた。

 僕の鼓動とは違うリズム。

 彼女の鼓動。

 ドクン……ドクン……ドクン……

 二つの鼓動が、胸の中で重なり始める。


「ねえ……聞こえる?」

 彼女は僕の胸に耳を寄せる。

「あなたの心臓の音と……私の心臓の音が……同じリズムになっていく」

 僕は震える声で言った。

「……お前……俺の中に……入って……」

「うん。でも、まだ半分だけ」


 影が胸の中心に到達した瞬間、身体の内部で“何か”が開く感覚がした。

 扉のような、蓋のような、ずっと閉ざしていた何かが、ゆっくりと開く。

 ギ……ギ……ギ……

「それがね……あなたの心の“空洞”だよ」

 彼女は微笑む。

「そこに、私は戻るの」


 影が心に触れる瞬間


 影が胸の奥に入り込んだ瞬間、僕の視界に“別の記憶”が流れ込んできた。

 僕の記憶じゃない。

 彼女の記憶。

  • 彼女が泣いていた夜

  • 僕に触れたときの温度

  • 僕の声

  • 僕の怒り

  • 僕の背中

  • 僕の手の震え

  • 僕の“最後の言葉”

 それらが、僕の頭の中に直接流れ込んでくる。

「……やめろ……やめてくれ……!」

「やめないよ」

 彼女は優しく、しかし確実に言う。

「だって……あなたの心の中に戻るっていうのは――」

 彼女は僕の胸に手を押し当てたまま、ゆっくりと顔を近づけた。

「あなたと私の“境界”がなくなるってことだから」


 その瞬間、僕の心臓が、彼女の鼓動と完全に重なった。

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