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戻ってきた彼女は、僕の知る彼女ではなかった 記憶をなぞる“何か”が、部屋の中にいる 忘れたはずの声が、玄関の向こうで呼んでいる  作者: かーすけ


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第3章 影の重なる場所

 ――影が重なるということ


 床に落ちた影が、ゆっくりとひとつに溶けていく。

 僕の影と、彼女の影。

 本来なら交わるはずのない二つが、まるで液体のように境界を失い、黒い染みのように広がっていく。


 僕は息を呑んだ。

「……これ……なんなんだよ……」

 彼女は微笑む。

 その笑顔は、昔と同じなのに、どこか“深すぎる”。

「影ってね……心の形なんだよ」

「心……?」

「うん。人は嘘をつけるけど、影は嘘をつけない。影は、その人の“本当の形”を映すから」


 彼女は僕の影を指先でなぞる。その指先が触れた場所が、黒く濃く染まっていく。

「あなたの影……ずっと空いてたんだよ。私の形のまま、ぽっかりと」

 僕は息を呑む。

「……空いてた……?」

「うん。あなたが私を忘れたとき、影の中の“私の形”だけが残った。でも、そこに私はいなかった」

 彼女は影の上にそっと膝をつく。

  その動きは、まるで影に吸い寄せられているようだった。

「だからね……戻ってきたの」


 影が、ゆっくりと脈打つ。心臓の鼓動と同じリズムで。

 ドクン……ドクン……

 僕の影が、彼女の影を吸い込んでいるのか、彼女の影が僕を侵食しているのか、もう分からない。

「……戻るって……こういうことなのか……?」

 彼女は首を横に振る。

  その動きが、少しだけ速すぎる。

「まだ違うよ。これは“入口”にすぎない」

「入口……?」

「うん。影が重なるのは、心が触れ合う前段階。ここから先は――」

 彼女は僕の胸に手を当てた。

  その瞬間、胸の奥が冷たくなる。

「あなたの心の中に、私の影が入っていく」


 僕は息を呑む。

「影が入るとね……あなたの記憶と私の記憶が混ざる。あなたの感情と私の感情が混ざる。あなたの“形”が、少しずつ変わっていく」

 影が、僕の足元からじわじわと広がり、まるで僕の身体の輪郭を“なぞる”ように這い上がってくる。

「……やめろ……」

「やめないよ」

 彼女は優しく微笑む。

「だって……あなたが私を思い出したんだもん。思い出した瞬間、影は繋がる。繋がったら、もう離れない」


 影が僕の足首に触れた瞬間、皮膚の下を冷たいものが這い上がる感覚が走る。

「影が重なるっていうのはね――」

 彼女は僕の耳元で囁いた。

「あなたの心の中に、私の“居場所”ができたってこと」

「……居場所……?」

「うん。あなたが忘れた分だけ空いた場所。あなたが封じた記憶の隙間。その空洞に、私は入っていく」


 影が僕の膝まで達した。

 冷たさが骨の奥に染み込んでいく。

「ねえ……あなたの中に戻るっていうのはね……」

 彼女は微笑む。

 その笑顔は、優しくて、温かくて―― でも、底がない。

「あなたの心の一部が、私になるってこと」


 僕の影が、完全に彼女の影を飲み込んだ。

 床には、もう“ひとつの影”しかなかった。

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