表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/38

第28話 君は僕の知らない世界で戦っている

 メイクが終わり、スタイリストの玲さんが用意した衣装に透花が着替えて、撮影セットの中央に立った瞬間、僕は息を呑んだ。


 秋色の深い森をイメージしたセットの中に立つ透花は、まるで森の妖精のようだった。

 ふわりとしたオフホワイトのニットに、温かみのあるブラウンのチェック柄ロングスカート。

 彼女が動くたびに、柔らかな生地が優雅に揺れる。


 蘭さんが施したメイクは、透花の持つ透明感を最大限に引き出した。

 玲さんが選んだ衣装は、彼女のスタイルの良さを完璧に際立たせている。


 家で見る、少しだらしなくて甘えん坊な透花じゃない。

 学校で見る、誰にでも優しい完璧な優等生の透花とも違う。


 そこにいたのは、僕の全く知らない、『プロのモデル・白崎透花』だった。

 透花はその名を表すように、その場所でそれぞれに適した色の花を咲かせる。


「……いいね。じゃあ、始めるか」


 スタジオの隅で沈黙を守っていたフォトグラファーの鬼灯さんが、重々しく口を開いた。

 その声で、スタジオの空気が一瞬にして張り詰める。


 カシャッ、カシャッ、とリズミカルなシャッター音が響き始めた。


「トーカ、いいね、その表情。もっとこっちに体を預けて。そう、風を感じるように」


 鬼灯さんの指示に、透花は瞬時に応える。

 目を伏せ、物憂げな表情を浮かべたかと思えば、次の瞬間には、悪戯っぽく微笑んでカメラを見つめる。


 指先の角度、スカートの揺れ方、髪の毛一筋の流れまで、すべてが計算され尽くしているかのようだった。

 僕は、ただ圧倒されていた。


 僕の知らない世界で、透花はこんなにも輝いている。

 僕が料理の腕を磨いている厨房とは、また違う戦場。そこで彼女は、たった一人で、その身一つで戦っているんだ。


 撮影が順調に進む中、鬼灯さんの声のトーンが、ふと変わった。


「違う」


 たった一言。

 その言葉で、スタジオの空気が緊迫した。


「トーカ、お前、何を考えてる? 心が少しも篭もってない。そんな上っ面の表情で、この服の良さが伝わると思ってんのか?」


 厳しい、プロの言葉。

 ソファに座って観察していたデザイナーの綺羅さんの眉が、ぴくりと動くのが見えた。


「……すみません。もう一度、お願いします」


 透花の声は、震えていなかった。

 ただ、その顔からは、すっと血の気が引いている。


 深呼吸をした透花は、表情を戻し、慎重にポーズを取る。

 だが、鬼灯さんはカメラの構えを解いてしまった。


「違うな。もっと感情を出せ。ただ可愛いだけじゃダメだ。秋の終わりの、寂しさと、でもどこか温かい、そんな複雑な感情を表現してみろ。表情、目線、仕草、立ち方、全身のあらゆる先まで神経を張り巡らせろ。お前にはできるはずだ」

「はい! もう一度お願いします!」


 鬼灯さんの要求は、抽象的で、そしてあまりにも高度だ。

 見ているだけの僕ですら、胸が苦しくなる。


 透花は、ぎゅっと唇を噛み締めた。

 その瞳が、一瞬だけ不安に揺らぐ。


 追い詰められた透花は、助けを求めるように、スタジオの隅にいる僕へと視線を向けた。

 その瞳は、不安と、ほんの少しの甘えを帯びて、潤んでいる。


 僕と目が合った瞬間、彼女の張り詰めていた表情が、ふっと和らいだ。


 プロのモデルとしての仮面が剥がれ落ち、僕だけが知っている、素の白崎透花の顔になる。

 それは、僕にだけ見せる、絶対的な信頼と安心感を宿した顔だ。


 厳しいプロの世界で戦う中で、ふと見せた一瞬の隙。

 寂しげな瞳の中に、僕の存在を見つけたことで灯った、確かな温もり。


 ――秋の終わりの、冷たい風の中に差し込む、一筋の陽だまり。


 それは、まさに鬼灯さんが求めていた、そのものだったらしい。


「……それだ!」


 鬼灯さんが、息を呑む。

 そして、まるで何かに取り憑かれたかのように、夢中でシャッターを切り始めた。


 カシャカシャカシャカシャッ!


 スタジオに、シャッター音だけが激しく響き渡る。

 透花は、どのポーズ、どの仕草でも、僕を視線で捉えていた。


 カメラのレンズではなく、僕だけをまっすぐに見つめ、その瞳は逸らされない。

 少しだけ緩んだ柔らかな表情。

 そのあまりにも無防備な表情に、僕の心臓は大きく跳ねた。


「いいぞっ! その状態をキープしろ!」

「……!」


 僕は、その光景から目が離せなかった。


 すごい。

 透花は、すごい。


 僕が支えてあげなきゃいけない、か弱い女の子なんかじゃない。

 彼女は、自分の力で、厳しいプロの世界で戦っている。


 求められた表情を理解して、どうすればそれを一番今すぐに出せるのか、瞬時に判断して行動に移した。

 プレッシャーを力に変えて、期待以上の結果を出す、とてつもなく強い人間なんだ。


 支えてあげたい、なんて、おこがましかった。

 自宅での彼女と、外での彼女はまったくの別人だ。


 もし僕にできる道があるとすれば、家に帰って無防備になった透花を、優しく包みこんであげることだけだろう。


 料理の道も、そのためのものだ。

 彼女が戦う世界とは違う場所で、僕も自分の武器を磨く。


 そして、彼女が疲れて帰ってきた時に、一番の安らぎを与えられる存在になる。

 それが、僕の戦い方だ。


「……OK!」


 鬼灯さんの、満足げな声が響く。

 その声で、スタジオの緊張がふっと解けた。


 透花は、プロの顔から、いつもの柔らかい笑顔に戻り、「ありがとうございました!」と深く頭を下げた。

 その額に浮かぶ汗が、太陽の光を浴びた朝露のように、キラキラと輝いて見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ