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完璧超人の美少女モデルは、僕の前でだけ甘々でポンコツになる  作者: 肥前文俊


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第27話 プロの現場と知らない君

 地獄のような雰囲気の学校を終えて、月曜日の放課後、透花はモデルの仕事が入っている。

 僕は透花に付き添っていた。


「……着いた」

「……うん」


 たとえ会話がなくても、ただ隣にいるだけで、少しでも安心してもらえるはずだからだ。


 僕が勝手に迷走した結果、透花にはたくさん迷惑をかけた。

 今は気まずいけど、それで離れたりするのはもっと違う。


 話によると、今日向かう現場は、透花をして非常にプレッシャーのかかるところなんだとか。

 雰囲気が悪いわけではなく、求められる水準が純粋にとても高い。

 プロの仕事を求められる、ということだそうだ。


 ちょっとでも僕がいることで、透花の負担が減らせるなら良いな、と思う。


 電車を乗り、僕たちは都心のおしゃれなエリアにある撮影スタジオの前に立っていた。

 コンクリート打ちっぱなしのモダンな建物の三階。

 ガラス張りのエントランスの向こうには、入るものを躊躇させる一種の風格を感じさせた。


 重い防音扉を開けると、独特の熱気と緊張感が肌を刺した。

 広大な空間には、巨大な照明機材やレフ板、無数のケーブルが張り巡らされ、スタッフたちが忙しなく動き回っている。


 怒号にも似た厳しい指示の声、シャッター音、電子音。

 その全てが混ざり合い、一つの大きな生命体のように脈打っている。


 いろいろな仕事をする人たちが、一つの有機体のように力を合わせる。

 そんな姿は少しだけ厨房に似ているかもしれない。


 その、僕にとっては非日常な空間に、透花は慣れた様子で足を踏み入れる。

 その瞬間、彼女の纏う空気が変わった。


 僕の隣で俯きがちに歩いていた、ただの気まずい女子高生じゃない。

 背筋がすっと伸び、顔つきが引き締まる。

 プロのモデル、『白崎透花』の顔だ。


 その鮮烈な変化、透花の雰囲気に、僕は圧倒された。


「おはようございます!」

「トーカちゃん、おっはー! 待ってたわよぉん!」


 甲高い声とともに、ひときわ華やかなオーラを放つ人物が、しなやかな足取りでこちらに近づいてきた。

 今日のヘアメイクを担当する、彩羽蘭(あやはねらん)さんだ。


 長身痩躯の体に、サイケデリックな柄シャツとタイトな黒のレザーパンツを合わせ、指にはいくつものゴツいシルバーリングが光っている。

 完璧に作り込まれた中性的な顔立ちは、彼自身がモデルのようだ。


「蘭さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「もちろんよ! ……あらん? そちらのイケメンは、噂の彼氏クンじゃないのぉ? はじめまして、マモちゃん! 私が蘭よ、よろしくねっ」

「よ、よろしくお願いします」


 蘭さんは僕に気づくと、パチンとウインクを飛ばしてきた。

 その人懐っこい笑顔と距離感の近さに、僕はたじろぐ。


「ち、違います! 彼は幼馴染で……!」

「はいはい、そういうことにしといてあげるわ。マモちゃん、今日はトーカちゃんの騎士ナイト役? 素敵じゃないの」

「あー、お世話係みたいなものです」

「まっ! いいわねーん!」


 蘭さんが僕と透花の顔を交互に見てニヤニヤと笑う。

 僕たちの間の微妙な空気を、この人は一瞬で見抜いたらしい。


 僕がどう返事をするか迷っていると、スタジオの奥から、他のスタッフたちの姿も目に入ってきた。

 仕事場の紹介は、透花から何度もされている。


 特に現場の特徴的な人物は、よく聞いていたから、観察すれば誰が誰かはすぐに分かった。


 隅の暗がりで、巨大なカメラのレンズを睨みつけながら黙々と機材を調整している、無精髭の男。

 業界でも有名な天才フォトグラファー、鬼灯 寫(ほおずき うつし)さん。

 黒のヨレたTシャツに色褪せたジーンズというラフな格好だが、その眼光は剃刀のように鋭く、近寄りがたい雰囲気を放っている。


 ハンガーラックにかけられた大量の衣装を、無表情で一枚一枚チェックしている、小柄で中性的な人物。

 新進気鋭のスタイリスト、衣澄 玲(きぬすみ れい)さん。

 オーバーサイズの黒いシャツにスキニーパンツ、銀髪のショートカットが印象的で、まるで感情というものが抜け落ちた人形のようだ。


 そして、クライアント用の革張りのソファに深く腰掛け、足を組んでタブレットを眺めている、一人の女性。

 今日の撮影で透花が着るブランド『ÉtoileBlanche』のデザイナーにして創設者、星影 綺羅(ほしかげ きら)さん。


 体にフィットした真っ白なセットアップスーツは、彼女の強い意志と自信を象徴しているかのよう。

 完璧に巻かれた髪とシャープなメイクは、一切の隙を感じさせない。


 誰もが、それぞれの分野のプロフェッショナル。

 自分たちの分野で名が売れていて、十分な実績と信頼を積み重ねている人たちだ。


 僕なんかが足を踏み入れていい場所じゃない。


 ……透花は、そんなプロたちに囲まれて、これから仕事をするんだ。


「じゃ、トーカちゃん、まずはメイクから始めましょ。マモちゃんはそこでお姫様が綺麗になる様を、ゆっくり見てなさいな」

「お願いします!」


 蘭さんに促され、透花は「うん」と頷くと、僕を一度だけ振り返った。

 僕は、何も言えずに、ただ小さく頷き返すことしかできなかった。

 僕の知らない世界で、僕の知らない顔をする透花。


 その距離が、今は少しだけ、寂しかった。

 もしかしたら、トラットリア・ソーレで働く僕を見た時、透花も似たような想いを抱いていたんだろうか?





 蘭さんに案内されたのは、スタジオの隅に設けられたメイクスペースだった。

 大きな鏡の前には、無数の化粧品やブラシが整然と並べられている。


 透花は慣れた様子で椅子に座ると、すっと目を閉じた。

 僕は、少し離れた場所に置かれたパイプ椅子に腰掛け、その様子を静かに見守る。


「じゃあ、始めるわよぉ。まずはベースからね」


 蘭さんは、スポンジを手に取ると、驚くほど繊細な手つきで透花の顔にファンデーションを乗せていく。

 その指先が触れるたび、透花の肩がぴくりと小さく震えるのが分かった。


 緊張しているんだ。

 僕が見ているから。


 鏡越しに、透花の顔が見える。

 閉じられた瞼が微かに震え、頬がほんのりと上気している。

 その表情が、昨日の朝の出来事を思い出させて、僕の心臓もドクンと大きく跳ねた。


 そんな僕たちの間の、甘くて気まずい空気を、この鋭い観察眼を持つヘアメイクアップアーティストが見逃すはずもなかった。


「んもー、今日のトーカちゃん、なんだかお肌の調子が最高じゃない? 内側から発光してるみたい。やっぱり恋する乙女は違うわねぇ」

「こ、恋なんてしてません! 蘭さん、からかわないでください!」


 透花が慌てて目を開けて抗議するが、その顔はすでに真っ赤に染まっている。

 蘭さんは「はいはい、動かないの」と優しく肩を押さえて座らせると、楽しそうにメイクを続けた。


「あら、そうかしらぁ? だって、ずーっと後ろから熱い視線が突き刺さってるじゃないの。ねえ、マモちゃん?」


 不意に話を振られ、僕はびくりと体を震わせる。

 蘭さんは、鏡越しに僕を見て、悪戯っぽくウインクを飛ばしてきた。


「マモちゃんに見られてるから、緊張しちゃってるのかしら? うふふ、可愛いわねぇ、トーカちゃんは」

「ら、蘭さんっ!」

「それにしても、マモちゃんって本当にトーカちゃんのこと、よーく見てるのね。さっきから視線が釘付けよ。愛されてるじゃないの〜」


 僕は慌てて視線を逸らすが、もう手遅れだ。

 この人には、僕たちの心の動きがすべてお見通しなのだろう。


 蘭さんは、アイシャドウのパレットを手に取ると、さらに核心に迫る質問を投げかけてきた。


「で? 週末は何があったのよ。マモちゃん、その目の下の隈、ひっどいじゃない。トーカちゃんは逆にツヤッツヤだし。まさかとは思うけど、徹夜で愛を語り合っちゃったとか?」

「「違います!!」」


 僕と透花の声が、完璧にハモった。

 そのシンクロ率に、僕たちは互いの顔を見合わせ、そして再び、気まずそうに視線を逸らす。


 そんな僕たちの反応を見て、蘭さんはとうとう堪えきれなくなったように、声を上げて笑った。


「アッハハハ! なによ、その反応! 息ぴったりじゃないの。やっぱりお似合いねぇ、アンタたちは」

「透花のせいだぞ……」

「守くんのせいでしょ……」


 一頻り笑った後、蘭さんは「さ、おしゃべりはこれくらいにして」と表情を引き締め、プロの顔に戻る。


「最高の『恋する乙女顔』に仕上げてあげるわね。マモちゃんを、もっとドキドキさせちゃいましょ♡」


 その言葉に、透花は「もう……」と呟きながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。

 蘭さんに完全にペースを握られ、僕たちはなすがままだったが、そのおかげで、さっきまでの張り詰めた空気が、少しだけ和らいだ気がした。

もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。

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