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駆け落ちのすすめ  作者: 佐久間
番外編
12/12

初夜(全年齢版)

◇◇◇




昨日から友人となった3人に見送られ、イーサンとともに数ヶ月住み慣れた建物に別れを告げて私たちは適当な店で朝食を取ってから新しい家へ向かった。






大通りからは少し外れたところにはあるものの、歩けば何の問題も無い。


良い場所。閑静な住宅街の一角だ。




「ここだな」


「ええ………!」




確かに家探しをしていたときに実際に足を運んだことはある。


しかし、いざここが私たちの新居となると、感慨深いものがあることには間違いないだろう。



家の前には小さく塀で囲まれたスペースがあり、掘り返された跡のある土塊が真っ先に目が行った。



これが、お庭。


元々何かが植えてあったのだろうか。そうだとしたら、私たちが入居したばかりに除かれてしまったのは少し申し訳ない。



今のままでは美しいとは言えないが、ここを手入れしたら見映えのする花壇にすることも出来る。果実を育ててみるのも良い。


庭に木を植えるのはどうかしら。いえ…そんなに大きな空間はないかもしれないわ。



何が出来て、何が出来ないのか、それすらも今はまだ分からないけれど、可能なことには何でも物怖じしない自信はある。


次はガーデニングの知識を身につけることにしよう。


新しい目標を設定してみて、いっそう楽しくなってきた。


綺麗なお庭にしたら彼は喜んでくれるかしら。一緒に土いじりをしてくれたら。




「…花の種でも買ってくるか」



じいっと庭を見つめる私に何を思ったのか、このままじゃ寂しいだろ、と彼が言った。


…確かにいつまでも何もしないままでは寒々しい。


まずはこの庭をお花で満たしてみようか。



「それもそうね…!」



いずれ私が知識をつけたら鉢植えでも買ってきて別のものを育てれば良い。


この庭だけでは収まりきらないほどのもので私たちの家を飾り付けて。私が今まで見たことのないような華やかな庭を。


お花も、緑も、食べ物だって同じところに仲良く並んだ光景を作ってみたい。



「出来れば早くに買いに行きたいわね…」


「何言ってんだ。今日行くぞ」



今から!?と思わず声を上げた。



「当たり前だろ。まさかお前この後仕事に行くつもりだったのかよ?」



私の反応にイーサンが怪訝な顔をする。



確かに今日は休日で、私たちは休暇を取った。


でも今日買い物に行くというよりは…


引っ越してきたのだから、もっと別の儀式だとかがあると思っていたのだ。



「……この後は、その…結婚だとか…」




結婚。



口に出した言葉は自分の耳から再び伝わり、顔が熱くなるのを感じた。


いざ言葉にしてみると胸の奥から熱が生み出されていくような心地がした。



「おう。…しっかり覚えてんじゃねえか」




えらいえらい、とイーサンが私の頭を撫でる。


その仕草が小さな子供にするような感じに思えてむっとする。



…今日私たちが結婚するのなら、今夜は………初夜になるのよ。


私だって何をするかくらいは知っているわ。


イーサンは分かっているのかしら。いえ、分かっているわよね、だって彼だもの…



悶々とする頭のまま彼の腕に絡めた腕をぎゅっとした。




「今から役場行って血判を押す。で、それから残り時間で好きなものを買えば良い」



どうせ婚姻の儀なんて時間はかからないし、これで完璧だろ?と彼は笑う。




結婚ってそんなに簡単に済むものなのね…


すっかりこの街のルールにも馴染んだとたかを括っていた自分が恥ずかしい。


何せ暫く前の私は、その「結婚」という行事に酷く囚われていたもので、とても手のかかるものだという認識があったのだ。




「立派な式を挙げるなら良いぜ?参列者はいなくても教会に行けばやってくれるだろ」



数ヶ月待ちになるけどな、と彼は言った。


その場合、書類だけは今日提出したとして初めての夜はいつになるのかしら………


はしたなくも斜め上の疑問が頭を出してくることに我ながら呆れ返った。



「何れにしろ、エルは今日から俺の妻だ。どうする」




私の心を呼んだかのようにイーサンが続ける。


彼の妻、と宣言されてまたもや胸が熱くなった。



「いいえ、わざわざ司祭様を煩わせる必要なんて無いわ。でもあなたが、テオさんたちをお招きするなら…」


「なら書類だけで十分だな」



即座に切り捨てて私の言葉に被せる彼に可笑しくなった。



そもそも式を挙げることを却下していたのは私だった。結婚式は競うように豪華にするものではない。中身なんて二の次で、式の盛大さが全てと言わんばかりの印象が強い私にとって理屈が通っていなくても、絢爛な結婚式場にはどこか反発する気持ちがあった。



それから…そうね。婚姻の証だけで十分だわ。神様の御前で誓っていただかなくても私たちの関係は絶対なのだから。




大雑把な今日の予定に同意した私に、イーサンは取り敢えず家の中に入ってみようかと私を促した。



・・・・・・・・・・・




1つづつの部屋を開けていきながら見て回る。まだまだ簡素ではあるが、最低限のものは揃っている。


この家に決めたときに、幾つかの家具は選んでおいたのだ。



家に入ってすぐ目の前に広がるキッチンと、一緒になったリビング。夕飯の用意をしながら、彼が帰ってきたら出迎えることができる。さり気なく私が気に入っている点だ。



食卓には向かい合わせに椅子が2つ置かれている。マガホニーのような温かみのある色調はこの家にぴったりだ。


あそこで彼と顔を見合わせてご飯を食べる。今日あったことだとか、他愛ないことを話す。私だけではなくて、彼も偶に騎士団で起こったことを話してくれるのだ。


どうしてだろう。その光景はこれまで私たちが散々繰り返して居たはずなのにとても輝いて見える。


結局のところ、私が1番初めに求めていたものだったからかもしれない。


あの国を出る前から、彼と2人だけの家に住んで平穏な日々を送ることを夢想していたから。


…今、ようやく実現した。



こんな夢でも叶うものなのよ、と過去の自分に告げてみた。





その他のスペースは多くはない。



私が我儘を言って設置してもらった浴室。白くきらきらと輝く浴槽もついている。



残るは部屋が2つ。



1つは………物置で。今のところ使う予定はない。


覗いてみると部屋は文字通り空っぽだった。今日何かしら家具を買うのであれば、据え付けるまではこの部屋に仕舞っておこうか。




最後の一部屋。


イーサンに先導されるままにふらふらと着いていく。



「……ここで終いだ」




そこにはランプと、ベッドが1つあるだけの部屋だった。



―――そう。ここが彼と私の部屋。




なぜ部屋が1つ余るにもかかわらず寝室を同じにしたのかと問われれば返答に詰まる。



今までも私と彼は同じベッドで寝ていた。


しかしそれは取った一室に寝台がひとつしか無かったまで。


名目上は彼と私は広いスペースを有効に使い、体を離して寝ていた。…朝起きると大抵彼の腕の中だったけれど。



それでもいざダブルベッドを購入してみると話は違ってくるのだ。


私たちは同衾を自ら選んだことになる。身体を寄せあって眠ることは明白で。



…それに今晩は夫婦となって初めての夜。



シーツの乱れひとつない綺麗なベッドを目に入れるだけで顔が熱くなりそうなのを必死で堪える。


私だけが欲しがっているだなんて彼に思われたら恥ずかしさで死んでしまう。




「よし、そろそろ出掛けるか」



何の感慨も無いように彼は寝台に背を向け、再び扉の取っ手を掴んだ。



本当に、欲しがっているのは私だけ…なんてことは。


彼の態度が恨めしく思われる。


そんなこと…ないわよね。ええ、ないはず。きっと。


落胆しながらも、彼の言葉に肯定を返した。




・・・・・・・・・・・・




私たちが真っ先に向かったのは役場だった。



彼に腕を取られて門をくぐる。




ここに来たのは案外少ない。この重い扉が開く音を聞くのは今回で4度目だ。


いいえ、通常の人生を考えると1年以内に4度役場に訪れるというのは多い方なのかもしれない。



1度目は、彼に連れられて初めてこの国に来たとき。2度目は職を探していたとき。3度目は家を探していたときだ。


私とイーサンがここに来るたびに私たちの暮らしは色を増していく。


毎度の積み重ねでここを訪れるときには当時の思い出が蘇ってくる。



色々あったけれど、いよいよ記録上でも彼と結ばれるんだわ…。





「こんにちは。またいらっしゃいましたね。今回は何の御用でしょう?と言いたいところですが……何となく分かりますよ!」



すっかり顔馴染みとなった受付の女性のところへ行き、婚姻届を欲しい旨を伝えると、彼女は待ってましたと書類を取り出した。




「お二人のデータの証文を取って参りますからこの欄に直筆でサインをお願いしますね。それから…」



彼女は引き出しを探って小さなナイフと魔道具を取り出した。



「此方に血判をお願いします。血が流れれば、指の先をちょっと切るだけで構いませんから。魔道具を置いておきます。損傷部に触れさせるだけで治癒するので安心してくださいね」



初めての夫婦での共同作業ですよ!と茶目っ気たっぷりに言って彼女は奥へ消えていった。



ナイフを見たときはどきりとしたが…婚姻の儀の重要な手順か。


指を切る。血が流れるのだから痛くないわけはないだろう。


考えてみると、私には生理的なもの以外で血を流した記憶はない。私に流血でもあろうものなら新たに騒動が起こっていたことだろう。


自分から傷をつけるなんて以ての外。


しかし、不思議と怯む心はない。




イーサンがナイフを掴んだ。



自らの親指の腹に刃を沿わせて、躊躇いなく引く。赤い血が流れ出し、彼はそれを書類に押し付けた。



なんて潔い………


眉ひとつ動かさずに彼は作業を終えた。


血を流すことは何でもないと思えるほどに彼は刃を受けるのに慣れているのだとは思う。


そのことをちょっぴり悲しく思うとともに、思い切りの良さはとても眩しく感じられる。



彼が私に顔を向けた。



「手、貸せ」




伸ばされた彼の左手に釣られるようにはい、と手を出して、彼の右手の親指が依然として血で濡れているのに気づく。



「待って。その前にあなたの血を止めないと。」




係の女性のが置いていった治癒の魔道具を取ろうと伸ばした手は彼に阻まれた。



「エルが痛い思いするってのに俺だけ治すのは不公平だろ」



滅茶苦茶な理屈をつけて彼は再び私の手を取った。


呆れながらも彼に委ねる。


「自分で切る勇気くらいあるわ」と冗談半分に言ってみると「エルの体を傷つけるやつはお前でも許さない」と真剣な顔で返されて思いがけず心臓が跳ねる。


……そういうことをさらっと言うのは良くないと思うわ。


貴方なら私を傷つけても良いって言うのかしら。



暫く刃を私の指の上で調節して、彼は漸くナイフを滑らせた。



すうっと赤い糸を引いて私の指が薄皮1枚だけ切れる。


そのまま紙に擦り付けられた。



…全く痛くない。




「…もっと、強く引いてくれても良いのに」




私だけ、痛みに耐える覚悟がないかのようで気に入らない。


あなたの指みたいにもっと無造作に切ってくれて構わなかったのに。


あなたは私に対して過保護すぎるわ。夫婦は皆痛みを乗り越えて結ばれるって受付の方も仰っていたじゃない。


イーサンが私にくれる痛みなら、どんなものでも愛おしい。



思わず零れた私の声に彼は数秒固まって



「自傷癖とは感心しねえな」



と茶化して手早く私の手に魔道具を当てた。


もう…そんなものではないこと、あなたも分かっているでしょう?



彼は一向に自分の指には処置をしないので、私がもうひとつの魔道具を手繰り寄せて巻き付けた。


わざわざ互いの傷を処置しているような形になっている。




「まあ!もう終わったんですか!?」




タイミング良く受け付けの女性が紙を片手に戻って来た。


仲のよろしいことで、と私たちを見てにこにこと笑うので、今更恥ずかしくなってきた。



少々お待ちくださいね、と彼女が手早く取ってきた紙を見比べながら私たちの血がついた婚姻届に必要な情報を記入していく。




「…大抵のカップルさんって中々血判押してくれないんですよねー。やっぱり痛いですし」




彼女が書類に目をやりながらこぼす。


その点、彼女さんは凄いですね!と褒められたが何とも言えない気分だった。





私たちは無事に手続きを済ませ、夫婦となった。


実質上関係は何一つ変化していないが泣いてしまいそうな幸せを感じた。



そして、買い物をするために街へ繰り出した。




・・・・・・・・・・・




必要なものを買い揃え、夕食も外で取って家に帰ってきたとき既に日はすっかり落ちていた。


今日のところは買ってきたもの全て物置に押し込んだ。


時間のあるときに1つづつ設置していこう。


今後生活していく上でも足りないものは出てくるだろう。そのときはまた買い足せば良い。


纏まり無く物で溢れかえった一室を見て、達成感を味わった。



そして、念願のシャワーだ。


事前に浴槽にお湯を張る時間は無かったから、今日は体を流すだけにした。


散々動き回った身体を清められることはとても気持ちが良い。快く私の願いを叶えてくれたイーサンには本当に感謝しかない。



寝巻きで身を包み、タオルで水滴を払い、軽く髪を乾かして寝室へ向かうと彼が既に寝台の上に腰掛けていた。




「イーサン!素敵な浴室をありがとう!」



私の方を向いていた彼に正面から抱きつく。


薄い布越しに触れる感触が心地良い。


抱き返されて、文字通り彼の匂いに包まれた。無性に安心する。


彼に入ってきたらどうかと進めたが「そうだな…」と返された反応は上の空だった。




「どうしたの?」


「別に」




言葉は素っ気なくても、私を抱き締める彼の腕は優しい。


……何か大切なことを忘れている気がする。


何だったかしらと展開する思考は自身の欠伸で中断された。




「で、……お前はもう寝るのか?」


「そうね……」



唐突に発せられた彼の言葉に何となく頷く。


確かに眠くなって来たように思う。彼に抱き締められていると心まで安らぐからかもしれない。


部屋の明かりも絞られて、オレンジ色の光が寝室を幻想的に照らしていた。


今日はたくさん歩き回ったし、少し早いけれど眠ろうかしら。


明日からはお仕事だもの。しっかり疲れを取らなければ………






「馬鹿、冗談に決まってんだろ」



「っ!?」




刹那、目前の景色が反転した。


背中当たるものはシーツの感触。そして、私の視界を覆い尽くして寝台の上に乗り上げる彼。


顔には影が落ちているが、その青い目には抑えきれないほどの欲が燻っているのが分かった。


1ヶ月ほど前の光景と重なる。


「大切なこと」とやらをようやく思い出して顔が真っ赤になるのが分かった。


忘れてやがったな、と私の顔を見て彼が呆れたように言う。


…本当に、どうして忘れていたの。心の準備もなく彼に迫られると非常に心臓に悪い。



なんとか平静を意識して彼に返す。



「……か、覚悟は出来ているわ」



「へえ?」




彼が肉食獣めいた顔でにやりと笑う。


…対応に失敗した気がする。




「…その覚悟とやらを見せてもらおうか」




一言囁いて、すぐさまイーサンは噛み付くように私の唇にキスをした。





そして私は彼の手でめくるめく官能の世界に引きずり込まれていった。

本日よりムーンライトノベル様でR18版の投稿を始めました。1話目から投稿しているので「初夜」の年齢制限版を投稿できるのは少し先にはなりますが、本編は全体的に改稿してみたので是非1話目から覗きに来て欲しいです。

全年齢版の方は一旦完結といたします。投稿が出来そうなネタが書き上がりましたら、ひょっとすると投稿するかもしれません。

今までお読みいただきありがとうございました。

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