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駆け落ちのすすめ  作者: 佐久間
番外編
11/12

家移り前夜・男子会

後半が若干下品かもしれません。

※お酒の一気飲みはやめましょう。

◆◇◆


「お前ら!聞いて驚け!得ネタを仕入れてきたぞ!」



うっせー


先輩がでかい声で突拍子も無いことを言い出すのは見慣れた光景だ。


いつもの酒場でエールを片手に俺はむさ苦しい同僚たちと顔を見合せて肩をすくめた。


そうは言っても奥から俺らと良い勝負の音量で怒鳴り合いが聞こえてくるから全く問題はない。

まあ精神が疲れるからもう少し落ち着いて話してくれって言うのが俺らの言い分だ。


疲れてるなら酒場に来るなって?

それとこれとは別。可愛い女の子にも滅多に会えないし仕事終わりは酒でも飲まなきゃ俺らはやってられないね。


…凡そ1人、うちの騎士団には例外がいるけどな。


いや、別に仕事を辞めたいとかそういう訳じゃない。好きで選んだ道だし、肩書き騎士とかイカしてるじゃん?

じゃなくて最近は剣の成長が化け物な新米がいると言うか。色々あってそいつを見てるだけでヤケ酒でも飲みたくなってくると言うか。




「…今度は何の疫ネタですか」



代表して俺の同僚の1人が先輩に発言を促した。

よくぞ聞いてくれたとばかりに先輩が胸を張る。


毎度の先輩的ビックニュースを疫ネタ扱いされてるけどそこんとこいいんすか。気づいてないんですか。

先輩はいっつも人生楽しそうで良いよなあ。

あー、俺も先輩レベルで鋼のメンタル欲しいなあ。



「実はだな………」



先輩が言葉を切って俺らを見回す。

溜めが長い。


なにぶんかなり規模の大きい団体で来ているもんだから、先輩を中心にちょっとした舞台ができている。



「あのいけ好かねえイケメンが…」



イーサンが?




「王子様かもしれない!!!」




…はあ、そうですか。



あいつが王子殿下…?


「無いな」



そうだよな、無い無い。無いよな。

下っ端たちも続いてヒソヒソと囁く。


今回は趣旨を変えてきたな。

前までは未確認生物に凝っていたようだから現実の人間を題材にしただけ大きな進歩だ。




同僚の視線が俺の方に集まっている。

どうやらあいつと最も接点のある俺が流れ的に先輩をいなす役に選ばれたようだ。


やれやれ…



「…先輩。それ、ソースどこっすか」


先輩が活き活きとした顔で俺の方を振り返る。

このくだり何度目ですかねえ。


しょうがねえ!教えてやる!と、先輩は口火を切った。


「これには深いわけがあってだな……………」



長いのかよ。まとめろよ。



・・・・・・・・・・



先輩の話を要約するとこうだ。


この前の休暇で街へ遊びに行ったときに劇団がやって来ていたので見てみることにした。その劇は、高位貴族の令嬢である女がお忍びで下町へ出かけたときに平民の男に会って恋に落ち、2人で隣国へ駆け落ち。その後、男はその国の王子だったと判明し、2人で幸せに暮らした……という内容だったのだ。しかもその劇は隣国の実話を元に作られているという。




「お前らには分からないだろうが、俺はすぐ閃いたね。いいか、女の子の名前はエロイーズだ。で、男の名前はイサーク。ほら、分かるか?」



分からないだろうな、と言って先輩は言葉を続ける。



「これは、エルちゃんとイーサンを元に作られた話ってわけだ。よく考えてみればぴったりだろ。エルちゃんがお姫様だってな!」



つまり俺の推理でいくとあの野郎は王子様ってこと、と先輩が締めくくった。



…思っていたより出典がまともだった。結論はおかしいけど。

そもそも先輩なんで女の子が好みそうな劇見てんすか。まあ理由はなんとなく分かりますけども。


ほえー…と同僚たちが間抜けな顔で口を開けている。

お前ら傍から見たら完全に騎士団の愉快な仲間たちだぞ。

俺もその中に入れられてんのかな。嫌だなあ。



しぶしぶ先輩を説得できそうな言葉を選んで口を開いた。


「先輩、それが万一本当だったとしてですよ、イーサンとエルちゃんが駆け落ちしてきた国ってここでしょ?ならうちの国の王子様ってことになりますよ。あいつ」

「なるほど…盲点だったな!殿下と呼べばいいか?」


先輩が自分の額を軽く叩いた。

違うって。そこじゃない。

先輩ってほんと脳筋だよな。…あれ、そう考えると俺ってこいつらの中では頭脳派なんじゃね?


「…うちの国の王族にあいつはいないでしょう。イーサンが王子様だった、っていう仮説そのものが違うんじゃないかってことっすよ」



初めの時期は先輩が落ち込まないように遠回しな言い方で否定していた俺たちだが、何度でも同じことを繰り返す先輩に俺らは遠慮というものを排除した。

イーサンが王子殿下とか有り得ねーと追撃の声が上がった。


先輩の顔を見るに納得してくれたようだ。

テオ、お前頭いいな!と先輩に褒められるがこればっかりは大して嬉しくない。


「だとしても、だ!」


先輩が俺の肩を掴んだ。

え、何すか。


「それ以外の部分が全て違うとは言いきれない、そうだろう?」



先輩の見解を改めて考える。


…まあ、2人を元にした話、って説はあるのかも。

というかかなりあるのでは?

エルちゃんがお姫様ってのは分かる。

やっぱりあの2人はなんか面倒くさそうなの背負ってんなあ…




「俺たちは仲間として互いのことをもっと知る必要がある。そこでだ……」



あ、凄く嫌な予感。

俺を見る先輩の瞳の中に炎を感じる。



「お前を実戦部隊に任命する!あいつを飲み会に誘って来い。決行は明日だ!」

「やっぱりか!」


いよっ!俺らの想いは託したぜ!

周りの奴らが俺を囃し立てる。

お前ら面白がってんだろ…!こういうときだけ団結しやがってよお…

いや、本気で知りたがってる気持ちもあるのか。

何人かエルちゃんガチ勢いるし?


「無理っすよ!!あいつ何回誘っても絶対来ませんし!!」

「泣き言を言うな!お前が1番仲良いだろ!」


そう言われれば満更でもない。

でもあいつの俺への好意なんてエルちゃんへの気遣いに比べたら無いも同然だよな。百万分の一?一億分の一?マイナスとかだったらどうしよう。いや、流石に嫌われてはいない、と思いたい。


先輩命令だ!と念を押して先輩はやっと手に持っていたエールに口をつけた。まだ一口も飲んでいなかったとは随分興奮していたようだ。

それにしても素面であのテンションかよ…いつもながら信じられねえ…


あーあ、明日俺があいつを誘わなきゃいけないのか。冷たい目で断られるんだろうな。はー、ホント可哀想な俺。

先輩命令で仕方なかったことにしよう。うん。同情してもらえるかもしれない。

先輩を止めなかった野郎どもも同罪だ。

ほんと俺可哀想。あいつらみたいな厚い面の皮が欲しいぜ。




◆◇◆



ドゴッと剣が力強く薙ぎ払われる。相手をしていた2人を一遍に。


1人競技場の中心に居るあいつは立ち姿さえも抜き身の剣のように鋭く隙がない。


いやいや効果音おかしいって。どうしてそうなるんだ。


剣技というよりかは体術がメインのようにも見えるが手に武器を持っているだけ尚更タチが悪い。

宙を舞う肉体は鍛え上げられていて軽やかだ。素手での戦法が色濃く影響しており、たまに蹴りを入れてしまい失格になることもある。実践では有効だろうけど模擬戦でそれが当たったらたまったもんじゃないな…。


エルちゃんが見たら素敵…と呟いて頬を染めるのだろう。

たまに第3騎士団に顔を出すエルちゃんには大体慣れた。取り敢えずあいつのことが大好きだってのは分かった。感性は分からないけど。

いや、俺から見たら肉体1つで戦えるってのはヒーローみたいでかっこいいと思うよ?

でも良いとこのお嬢様って言ったら違うじゃんか。あいつの戦い方は野蛮で、型の再現度の高い剣技こそ美しいとか言うもんでしょ。俺みたいな。

そこ!綺麗さだけで強くないとか言わないで!



競技場から降り、タオルを肩にかけて汗を拭うイーサンに声をかける。


「お前の木刀だけ超合金とかで出来てんの」

「生憎ただの木だ」


すげえだろ?とニヤリと笑うイーサンは男の俺から見ても格好良くてムカつく。

はいはい、どうせエルちゃんが定期的に見に来るから張り切ってるんですね。チクショー!!!


「で、唐突なんだけど今日お前もあいつらと一緒に帰りに飲まね?」

「唐突だな」


あいつの態度に特に変わりはない。いや、冷たい目で睨んでこないだけお前も人の心を手に入れたんだな…。


「そうなんだよ。先輩に誘って来いって頼まれてさ。まあ、行かねーよな。断っとくけど俺が責められたらフォローしろよ」


ぽんぽん、と肩を叩いて後ろを向く。

で、俺がこの後先輩に報告して文句を言われると。

あー俺ってばマジ苦労人。


「おい、まだ返事してねえだろ」

「分かってるって。行かねーんだろ」

「行く」

「はいはい、分かってる、って………え?」




え?





俺の耳がついに幻聴を聞くようになったぞ。

は?お前今行くって言った?


空が青いなー、と目を逸らしてみる。


イーサンは俺を見て呆れた顔をした。



「行くっつってんだろ」

「え、マジ?」



お前家に帰んなくていいの?

あんなに好き好きオーラ出してたエルちゃんのことはどうしたよ。



まさか、お前…………



「フラれたのか!?」


「あ?」



「別の男にエルちゃんを寝盗られたのか!?」




ガスッという音が俺の頭から聞こえた。

痛っっって!!!


今度こそ冷たい目をしたあいつが俺の目の前で拳を握っていた。

こんの馬鹿力!ちょっと冗談言っただけで殴ってくるとか信じられねー!



「エルが俺を裏切るわけねえだろうが。それから、エルローズ、だ」



…お前さあ、ちょこちょこ余計な惚気入れてくんなよ。俺の精神まで傷つけたいの?

で、エルって呼ぶのは俺だけで十分ってか?そりゃお熱いことで。爆発しろー!


「ごめんって!エルローズちゃんが今日家にいないとか?」

「まあな」

「でもお前嫌じゃねえの?」


試合中のイーサンを見たが、あいつの今日の機嫌はそこまで低いとは思わなかった。

剣で全部吹っ飛ばしたのは通常です。

お前、エルちゃんと俺らが話してただけで嫉妬するくせに。心狭い男はモテないぞ!!!

寧ろエルちゃんが一晩中いないのにいつも通りとかそっちの方が違和感しかなくて怖い。


視線を逸らして数秒黙ったあと、あいつはゆっくり口を開いた。



「まあ、エルが楽しそうにしていたし……」



……さいですか。


お前のその不意打ちの笑顔やめろよ。心臓に悪いだろ。


じゃあ終わったら行き付けの酒場に案内してやるから勝手に帰るなよ!と言い放ち俺はそそくさと退散した。



◆◇◆



「はいよっ、騎士団の御一行様いらっしゃーい!!」


ドアが開くベルの音とともにいつもの元気な声が出迎えた。相変わらず酒場は人で溢れかえっている。

熱気を放ついかつい男どもの話し声。少し辺りを見渡すとぼろぼろの服を着た貧民層の姿も見える。


この酒場のランクは高くはない。俺たちだってこんなんでも騎士だから行こうと思えば上等の居酒屋にでも拠点を移すことは出来るだろう。

でも俺らにはこっちの気風の方が合ってる。酒場の女の子はちょっと可愛いし距離近いし。



適当な席を示した先輩に先導され、あいつも席についた。どかっと座ってくつろぐ姿は粗雑ながらも一種の下町の作法のようなものに嵌っていて貫禄さえも感じさせる。

お前ほど酒場が似合う男はいないだろうよ。



「いつものやつでよろしく。おい、お前は?」


隣の席へ料理を運んでいたウェイターを呼び寄せて注文する。

隣に座るイーサンの方を振り返った。


「同じやつで良い」


だってさ、と注文をしてウェイターの女の子に笑いかける。

彼女はイーサンの方をじぃーっと見ていた。


「ねね、お兄さん見慣れない顔だね。うちはお初?」


え?何?逆ナン?

キョロキョロと2人に目を向ける俺を後目にイーサンは反応を返す。


「はい、そうですが?」


お前礼儀はちゃんとしてんのな。素の口調は荒いくせに。

俺もウェイターさんに丁寧に接したらモテんのかなあ。

でもこいつエルちゃんには素の口調で受け入れられてるんだよな。完璧じゃんか。ケチつける隙が皆無。


「実はー、うち、初見のお客さんには皆の前でこのビールを飲み干して貰ってるんだよね。一息で。まあ、儀式みたいなもんね。酒場のルールってやつ。イッキできたら晴れてうちの仲間入り、出来なかったら罰金!」


その女の子は大きな音を立てて大ジョッキいっぱいのエールをテーブルの上に置いた。


さーどうするー、お兄さん男前だから特別に罰金減額してあげてもいいよお、と彼女はにやにやしながらあいつを見つめている。


まあそんなルール聞いたこともないけど。

ぼったくりというかちょっとしたイベントって感じのノリか。

俺らがいる前でよくやるよな、って言っても水差す気はないんだけどさ。



周りの客も俺らの様子に気づいたのかにやにやしながら野次を飛ばしている。引くに引けない空気だ。


これも酒場の洗礼だよな、あいつはどう出る?と野次馬根性的なやつでイーサンに視線を向けた。

同僚や先輩的たちも面白そうな顔をしている。

誰か止めてやれよ。流石お前らだな。




店中が見守る中、あいつは懐から何かを取り出してウェイターのお姉さんに放った。



綺麗な放物線を描き、スポッと彼女の上着のポケットの中に落ちた。



「わわっ、これは………」



彼女がポケットに手を突っ込んで…


銀貨が出てきた。




お前まさか銀貨をそんな安々と投げたのか。

給料は俺と同じはずなのに何でそんなに金払いが良いんだよ。


さっきまでは酒場がえらく似合う男だと思っていたが本当に場馴れしているようだ。

俺でもその対応は出来ませんわ。ドヤ顔で投げたコインが入らなかったら辛いし。




あいつが片方の眉を吊り上げ、言った。


「ソレでいいだろ?」




どっと店中が湧く。



新入りのお出ましだなんだとはやし立てていた客たちは一斉に手を叩いた。

彼らはイーサンを酒場の一員として歓迎することにしたらしい。

舐められもせず、誰も文句もつけられず、場を盛り上げる方法。完璧じゃないだろうか。



「参ったよお兄さん!そのエール1杯はサービスしちゃう!これからもこの『狼の塒』をご贔屓に!」



ウェイターの子は手を振りながら去っていった。

金払いの良い客が着いたと思ったのだろう。多分こいつもう俺たちの誘いに乗ること無いと思いますけどね。



「多分銀貨1枚より罰金の方が安かったと思うぜ」

「だろうな。まあ、下手な立ち回りして目付けられるより余程良いだろ」



飲もうぜ、と言ってイーサンはジョッキを掲げる。


先輩たちを見回すと感心と驚きが入り交じり固まっていた彼らはやっと動き出した。狭いテーブルを大人数で囲んで先輩の号令で互いのグラスを打ち付ける。


初めて酒場に顔を出した新米騎士の祝いも込めて……



ガチン!



勢いよく打ち合わされたそれは派手な音を立てた。





飲み会はいつも通り、いや、いつも以上の盛り上がりを見せている。

夜も更けてきた。酒場はいやがうえにも活気を増していく。

イーサンは騎士団の仲間たちに絡まれていた。

いつもの険しい顔でまとわりついて来る男どもを振り払っている。

その顔が楽しそうに見えるのは気のせいか。

あいつも随分丸くなったよなあ…………






で、だ。

先輩はイーサンとエルちゃんの過去話を聞きたかったんじゃないのかよ。

あの人向こうで馬鹿騒ぎしてやがる。

ふざけんな。正直言うと俺だって聞けるのをちょっと楽しみにしてたのに!


俺は素面で聞き届けようと思って飲む量抑えてたんだよ!


煽っておきながら忘れて踊るとは開いた口が塞がらない。

俺が積極的に動いたと思われるのは嫌なんだけどなあ…。


俺は1つ覚悟を決めた。

しょうがねえ。ダメ元でやってみるか。



俺は酒をなみなみと注いでジョッキを掲げた。


「おいイーサン!折角だから勝負しようぜ」



あいつが面倒くさそうに俺に視線を合わせた。

エールを呷っているその顔は見事なほどいつも通りだ。



「店のルールってやつで勝負事は免除されてんだよ」

「違うルールでは免除されてないね」

「何の?」

「第3騎士団の」



ね、先輩?と赤ら顔の先輩を呼ぶ。


「そうっすよね、先輩!」

「おうおう、そうだそうだー!!」


何を聞かれているのかも分かっていなさそうな先輩と一緒に騒ぐ。

あんた酔いやすいならそんな飲むなよ…



「先輩命令だ!じゃんじゃん飲め!」


俺の酒が飲めないってのか〜?とどこかで聞いたような口調で先輩はイーサンが持つ空のグラスにエールを溢れるほど注いだ。


様子うかがうと、あいつは…


グラスの取っ手を握ると勢いよく飲み干した。


ドン、とグラスがテーブルに置かれる。



「ああ、付き合ってやるよ」



口の端を歪めて悪い顔であいつが笑う。



「よく言った!!姉ちゃん!酒樽持ってこい!!」


潰れるまで勝負だ!と息巻いた先輩の前に大きな酒樽が運ばれる。先輩たちを中心に騎士団の輪が出来た。

なんとか良い感じになった。

さあ、あいつが潰れなくても、口を軽くさせられるかが勝負。


いっそう騒ぎが広がった輪の中で、俺も1杯やってやるかとジョッキを手に取った。



・・・・・・・・・・・



店の床にいくつものグラスと、ダウンした同僚たちが転がっている。

先輩は早々に眠気に負け、テーブルに突っ伏していびきをかいている。

人数は3分の2ほどに減ってしまった。


依然として会話をしながらも一定のペースでエールを飲み下すイーサンの表情は全く変わっていない。

赤ら顔になっているわけでもなく、呂律が回っていないわけでもない。



…………ここまで酒に強いとは。


交代でイーサンの相手をしている騎士たちにも対等に呑み合っている。


そろそろ酒樽が空になりそうだ。



「すごい飲みっぷりだな………」


俺の声に正確に反応したイーサンがこちらを向いた。


「飲み慣れてるしな」


いや、俺らだって飲み慣れてるっつうの。

改めて床に転がった同僚たちを見遣る。このレベルとか、マジで化物かよ。


あーあ、


「お前を潰してエルローズちゃんとの馴れ初めを聞き出すつもりだったんだけどなあ………」


つい思っていたことが口から出てしまった。

はっとして口を塞ぐ。俺は酒に強いつもりだが何時もより多く飲んだのがいけなかったらしい。

怒るか?……今夜くらいは見逃してくれると思うけど……



「あ?エル?」


俺に視線を合わせたその青い瞳の奥は……瞳孔が開いていた。

イーサンは恐ろしいほどの無表情だ。

心臓が縮む。


やばいやばいやばい俺地雷踏んだか?

やっぱふらっと来たやつの出自を根掘り葉掘り聞くのはルール違反か、やばい俺死ぬかも。




イーサンの口が開く。そこから俺への判決が下され……………………






「あいつは可愛くてエロくて料理が上手くて俺のことが大好きで偶に失敗もする完璧な俺の恋人だが?」






………………………………え。







え。


いや、え?




酒場中の音が全て消えたような心地がする。


周囲の同僚たちは根こそぎ皆奴の言葉を聞いていたようで、俺と同じように硬直している。

そいつらの態度でやっと俺の耳の正確さを信じられた。



お前…まさかその素面ですって顔で実は相当酔ってるな!!!???


むしろ普段は愛しの恋人の話を避けたがるじゃんか!




「……なあテオ、これいけるんじゃね?」



うん、俺もいけると思う。

そっと俺の横に並び立った同僚と心の中で握手をする。俺たちは皆の期待を一心に背負ってあいつに尋ねた。



「お前らって、その……隣の国から駆け落ちしてきましたって感じ?エルちゃんが良いとこのお嬢さんで………」



固唾を飲んで見守る。

数秒動きを止めたイーサンは視線だけで周りを見渡した。



「……で?否定したってお前らは信じるのかよ」

「…信じねーな」

「だろ?ならそれで良い」



エルが嫌がるかもしれないから否定も肯定もしない、と静かに言ってイーサンは口を閉じた。




…それはYesってことで良いですかね?





思っていたよりも衝撃は少なかった。彼らに会った時から心のどこかで自分たちとは全く違う人生を送ってきたんだな、と思っていたのかもしれない。


駆け落ちっていったらあれか。結婚式の式場で男が現れて花嫁を連れ去ってくやつ。

柄じゃねーと思いつつ、エルちゃんとイーサンが並んだら最高に似合いだろう、と思った。



ようやく放心状態から戻ったらしい同僚がまた1人、また1人と俺たちの周りに集まってくる。



「彼女さんなんの仕事してるの」「定食屋で働いてるな」「だから飯も豪華なのか」「いいなあ」「やらねえ」「じゃあその定食屋さんに遊びに行っていい?」「駄目だ」


わいわい、どやどやと騒がしさが帰ってくる。


床に倒れていた同僚たちも徐々に復活してきたようだ。

なんだかんだ言って俺たちは十分にタフだと思う。



でも、そっかぁーお嬢様かぁー


「はいはい、しつもーん!エルローズちゃんとの暮らしぶりに不満とかねーの?」

「無い」


食い気味で返された。


「ならエルローズちゃん側からの不満とかは?」


お嬢様がいきなり庶民の暮らしに馴染むんだ。それこそトラブルや不満があって然るべきだろう。

俺のノリ以上にその質問を重く受け止めたらしいイーサンは言葉を途切れさせた。



「エルの不満か……………―――――――――――――――」




◆◆◆



この国にやって来てから十数日。互いの仕事にもなんとか慣れ、俺たちはようやく揃って休暇をとった。


休んだは良いが……何をしようか。

計画は立てていなかった。休暇の過ごし方なんかそつ無く予定を組めるやつは女に好かれるのだろうか。


だがこれで良い。思いもよらないところで俺がエルに出会えたように、俺たちは行き当たりばったりで行動するくらいがちょうど良い。

このまま宿屋の部屋でエルと一日中いたって構わない。娯楽は何も無いが、お前がいればどんなに取るに足らないことでも輝いて見えるのだから。



エルは少し離れた椅子に俯きがちで座っている。

同じ部屋にいるにも関わらず言葉を交わさず無言で座っていることほど馬鹿らしいことはない。


エルの顔に視線をやる。

…少し元気が無いのでは?


「今日はどうするエル?」


…反応はない。

俺の声が聞こえていないのか。考えごとか?


おい大丈夫か、と声をかけて椅子に近づき、背もたれに流れていた金の髪を一房手に取った瞬間。



エルの体がびくりと震えた。


ごくごく僅かながらも俺の体を避けるように反対側に体を倒したのを俺の目はとらえていた。



エルが…俺を拒んだ?


…正直、かなり心に刺さる。

彼女は俺が好き勝手触れるのを本気で嫌がったことは無かったから。

いつも頬を染めて俺の手に身を任せていたのだ。


もしや今までも嫌がっていたのか?


…そんな訳ないだろう。心の中に浮かんだ考えを却下した。

あのエルの照れた顔は本物だ。俺が彼女を疑ってどうする。



それなら…具合でも悪いのだろうか。


「どうした。熱でもあるのか」

「え!?違うわ、そんなことは全く……」


彼女の額に当てた手のひらからは熱さは感じられなかった。

それならば余計に不安だ。いったいなんだと言うのだろう。



「具合悪いんじゃねえか?今日は休めよ。俺も予定とか無えし」



いや、俺は具合が悪かったということにしてしまいたいのだと思う。

彼女が病気にかかっていて、俺に移すことを懸念したので無ければ彼女は俺自身を嫌ったと言うことになる。

……耐えられない。


じっと覗き込む俺に何を思ったのか、彼女は慌てて口を開いた。



「ごめんなさい、具合は全く悪くないわ。至って元気よ。私折角だからあなたとどこかに行きたいわ」


いつもの調子を取り戻したように見えるエルは俺を見つめ返して微笑んだ。

この笑顔は本当だ。嘘ではない。

エルの具合が悪いわけでは無いというのは……本当だ。


軽く頭を振る。


余計な心配事をするのはやめよう。エルも言ってくれたじゃないか。久しぶりに2人でゆっくり過ごせる時間が出来たのだ。



「分かった。街でも歩くか」

「ええ!」


俺たちは上着を羽織り、すぐに宿屋の一室を出た。


…エルが俺に触れてこない。

彼女の手を取る。


びくり、と再び彼女の体が震えたのは気の所為だと思うことにする。エルがどんな反応をしようとも俺は彼女の手を離す気は無いのだから。



片っ端から適当な店に入っていく。



気に入ったものは全て籠に入れていった。

服も買った。

若い男女に人気らしい、大通りに店を構える服屋に入ると一斉に店員や客の視線が俺たちに集まった。

顔を赤らめている男もいた。俺の恋人をそんな目で見るな。


薄桜に段違いで所々にフリルのついたチュニックに身を包み、7分丈で細身のパンツ、少し踵の高いサンダルを履いて「どう?」と首を傾げたエルは暴力的なまでに可愛かった。

やはりエルはスカート以外もとても良く似合う。全て俺が選んだ。

鍔付きの帽子を被せてみても良いかもしれない。色は黒なんかどうだろう。

エルも喜んでいたのは何よりだ。


彼女は俺の服も選んでくれた。シンプルな黒のTシャツは裾辺りに切れ込みが入っていて、青系のスラックスには模様が入っていたが……まあ俺のことはどうでも良い。

ただ彼女が気に入ってくれたようだし、動きやすいので機会があれば着ることにしよう。


帰り際にデートを楽しんで、と会計の女性に言われた。


それにしてもデート。デートか。甘酸っぱいその響きは気恥しいが幸福の象徴だ。

周囲に気を張ることもなく恋人と平穏な日々を送る。行き着いた人生の先にこんなにも穏やかな日々が待っていようとはどうして予想出来ただろうか。



「イーサン!あのお店に寄っていきましょう!」


エルが軽く俺の手を引く。

彼女が示した先にあったのは小さな雑貨店だった。店先には種類は少ないものの、可愛らしい調理器具が並んでいた。

エルはこれに惹かれたのだろう。


「私、数日前から仕事先で料理の仕方を教わっているのよ」


まな板のへりの部分を指でなぞりながら彼女が囁くように言う。

俺が彼女に料理を作って欲しいと言った言葉は思っていた以上に彼女に重く受け止められていた。

お嬢様だったエルが料理を習いたがっていた。全ては俺のために。



「料理をしてくれるなら引っ越さねえとな。お前の好きな家を…」



エル、と言いながら彼女の方を見た俺の声は最後まで明るさを保ってはいなかった。

横を向いた彼女の顔は再び沈んでいた。

奥に閉じ込めて居たはずの不安が大きく膨れ上がって顔をのぞかせた。

今日はお前と街歩きをしたかっただけだ。何事もなくてもそれで良かった。断じてそんな顔をさせたかったわけじゃない。


「ええ…そうね、私たちの家…。ねえ、新しい家でも今のような暮らしなのよね?それなら、私………」


エルが俺をちらりと見て言い淀む。

俺に何か要望があって、言うのを躊躇っている合図だ。



何かを言おうとして震えた唇。噛み締めて、再び彼女の瞳が彷徨う。




ああ、分かった。そういうことか。




心が冷えた。



貴族のお嬢様が駆け落ちしていきなり平民になって幸せに生きられるだなんてそんなことは有り得ない。分かっていたことだった。

それでも、エルがあまりにも楽しそうに平民の生活を語るから、彼女ならば問題は無いとなんの根拠もなく信じ込んでいた。


彼女は、今の生活に不満を感じている。


召使いがいないからか。宝飾品の数が足りなかったのか。部屋が狭いからか。庶民の食事が口に合わなかったか。それとも………俺に飽きたのか。



「……来い」


強く、彼女の手を引いた。


「ま、待ってイーサン!私まだ、何も…!」


どこへ行くの?と不安そうに尋ねる彼女に顔を向けず坂道を登って行った。

徐々に通りが清潔になり、周囲の家宅も大きく立派になってくる。

俺は数年前の記憶を頼りに1つの大きな建物の前までエルを連れてきた。


「ここは…………」


彼女が豪華な街並みを見回す。

そうだ。彼女にはこの場所こそきっと相応しいのだ。

俺はずっと…舞い上がって、勘違いをしていたに違いない。彼女と俺が対等になったなど。


「お前が今日から泊まる新しい宿だ」


目の前にそびえ立つ宿泊施設は屋敷と言っても差支えのないほど大きく立派だ。この国で最高クラスの、宿。

ここなら専属の使用人が付き、貴人と遜色ない待遇が受けられる。

俺1人では眉をひそめられただろう。

しかし、エルがいれば誰にも文句は言われまい。

平民の服を着ていても彼女は変わらず高貴で美しいままだから。

――――――俺が排除されるほど。


フッとこぼれた笑みは痛々しいほどの自嘲に満ちていた。


「何を言っているの!?私たちは既に滞在している旅館があるでしょう?」

「今は予約だけだ。この後俺が引き返して荷物を回収してくる。お前は此処で待っていれば良い」

「そんな、」


エルに向き合った。彼女の顔は青ざめ、悲痛な面差しで俺を見ている。

最早彼女の気持ちがどこにあるのか分からない。

俺の心も酷く乱れたまま。思考は意味を成していない。

俺は体の奥から突き抜けるような何かだけに従って両腕で彼女の肩を掴んだ。


「今の暮らしなら足りないんだろ」

「違っ……!」


被せるようにエルが叫ぶ。

その姿は焦っているように見えた。


「俺の目を見てもう一度言ってみろよ」


彼女の肩を掴む指に力がかかる。

彼女は痛がっているのかもしれない。顔からはどんどん血の気が引いている。

しかしどうしようも出来ない。

今自分がどんな顔をしているのかすらも分からない。

俺の体は別の生き物のようにまるで言うことを聞かなかった。


「不・満・な・ん・だ・ろ?」


「…………っ!」



違う、と彼女の唇は動いたが、音は出なかった。

……ほらな。




「ここでならお前の望み通りの生活ができる」


ぽつりとつぶやいた俺の声は隠しきれないほど震えていた。


当然1泊だけでも代金は目玉が飛び出るほど高い。俺の貯蓄では間に合わない。それならば死ぬ気で働けばいい。それでも足りないかもしれない。良い。そのときはそのときだ。

俺が彼女に会えることは殆ど無くなるだろう。別に、断っておかなくても良いか。

彼女の高水準の生活を引きずり落としたのは他でもない、俺なのだから。

それに彼女は俺のことを……もう、どうとも思っていないのかもしれない。その事実を考えることが恐ろしくて俺は目を背ける。


ああ、お前がいくら俺との生活に不満を感じていたって、例え俺を罵ったって俺はお前を嫌うことが出来ない。

俺の世界を色付けてくれたのはお前しかいなかったんだから。

馬鹿な俺はそれが俺にとっても、お前にとっても唯一だと盲信したんだ。

1度お前に嵌った心はどう足掻いても切り離すことが出来そうにない。

お前を愛してこの身を破滅させたって構わない。むしろ、自分のせいで俺が死んだとずっと彼女の心にしこりを残せるのなら喜んでお前のために死んでやろう。


いや、どうせこの先に希望なんてないなら、1度くらい彼女を抱いてもバチは当たらないのではないか。

誰にも許していないその体を組み敷いて、中心に俺の象徴を突き立てる。

泣き叫んだって絶対に止めない。

全ては俺をその気にさせて突き放したお前のせいだ。


俺の顔はきっとおぞましく歪んでいるのだろう。



「お前のことは二度と邪魔しない。金は俺に任せて……」


考えは後から後から物騒な方向へと転がっていく。胸の内に澱んだものが振り積もっていき………



「どうしてそんな冷たいことを言うの!」



伸びてきたエルの両の手のひらに頬を包まれた。

彼女の方に引き寄せられ、頬に口付けられた。離れるつもりはない、とでも言うように。


溜まっていた暗い気持ちが霧散する。



弁明の言葉を探すように瞼を伏せたエルは息を吸った後顔を上げて俺を見つめた。


彼女の唇が開かれる。



「私は…その、シャワーを浴びたかったの!」




…………シャワー?




勘違いをさせてしまってごめんなさい、とエルが泣きそうな声で言った。


「こんな我儘、あなたに嫌われてしまうかもしれないと思ってすぐには言えなかったわ。それでも、いくら私の態度が悪かったとしてもそんなに簡単に見放さなくても……!」


エルの瞳から堪えきれなくなった涙が零れた。



我に返る。


素早く周囲に視線を向けると、俺たちは群衆に遠巻きに眺められていた。



「……その話は歩きながらだ」



力が抜けて垂れ下がっていたエルの手を掴む。

一瞬の迷いもなく、俺の手を強く握り返してくれた。



・・・・・・・・・・・・・


街並みはすっかり上品さを欠き、周囲からは威勢の良い声が飛んでくる。

心は落ち着きを取り戻し始めていた。


俺たちの間には無言の時間が流れている。

俺も何と言うべきか分からず、声をかけることを躊躇していた。



「私ね」


エルが口を開いた。


「この一週間毎日頑張って働いたわ。たくさん動き回ったの。でもね…」


一見質素な生活に不満を吐き出したかのように聞こえる。

だが、ここで話を遮ってはいけない。駄目だったとしてもその結論を出すのはエルに気持ちを吐き出させてからで良い。

頭をもたげてきた凶暴性を押さえつけ、視線で話の先を促した。


「その間、1度も体を清めなかったわ!」



…つまり?



「その、私、不潔ではないかしら…………」



いや、全く。

どうしてそうなった。


せめて働いた後くらいは清潔にしたい、とエルは主張する。


確かに俺は日々の鍛錬で汗をかくから毎日騎士団に併設されたシャワー室で体を流してはいるが…普通の人はなかなかそんなことはしないだろう。

そもそも体を洗うのが好きな人、など聞いたことがない。

飲み水ではないしその程度の水ならば用意することは差程難しくはないが。


「新しい家はシャワーのある所が良いの。浴槽もあると嬉しいわ。図々しいのは分かっているけれど、あなたに見捨てられるくらいなら…」


そんなもので良いなら容易いことだ。言い募るエルの言葉を遮り、力強く肯定する。

彼女はほっとしたように微笑んだ。



「前はそんな頻繁に体を洗っていたのか?」

「いえ、汗をかくことは殆どなかったから香料を塗り込まれて終わることも多かったわ」



そのときはあまり気にしなかったと彼女は語る。

でも、とエルが少し言葉を途切れさせて上目遣いで俺を見上げた。

その頬は微かに赤くなっている。


「でも今は…貴方に汚いだなんて思われたら、……っ!」



耐えきれずに彼女の体を抱き寄せた。

毛穴ひとつも見えない肌はさらさらと滑らかで手に吸い付く。

瑞々しい果実のような香りが仄かに感じられた。


エルは一向に動かない俺の背中を叩く。

ちょっと、人が、など慌てて言う声を無視して強く抱き締める。

お前に汚いところなんてないと訴える。


エルが俺に触れようとしないことのほうが余程苦しい。

だから遠慮なんてするなと囁くと彼女は抵抗を止め、呆れたように笑って俺の背に腕を回した。



・・・・・・・・・・・・



「ねえイーサン」

「何だ?」

「私は不潔ではないのでしょう?」

「ああ」


当然だな、と頷くとエルは「それなら…」と言って俺と繋いでいた手を離した。

俺の片腕がエルの両腕に引き寄せられる。

体勢を変え、彼女は縋るように俺の腕に自分の腕を絡めた。


ずっとこうしたかった、と傍らから弾んだ声が聞こえる。

…こうでなくちゃな。


宿はもうすぐそこだ。

少しだけ歩く速度を遅くした。



◆◇◆


「…………文句だとか言われたことなんて無えな」


数秒の沈黙の後、イーサンは息を吐き出した。


散々ためてそれかよ!と周囲からブーイングが起こる。

でも俺の目は誤魔化せない。あいつの口元は緩んでいた。


何か関連することを思い出したのかもしれない。

どうせ喧嘩してもいちゃいちゃして終わるんだろ。幸せな奴め。



喧嘩っていやあ、エルちゃんが怒ったらどんな感じなんだろ。バットでぶん殴ってくる?いやそれは俺の姉貴だ。

ものを投げつけてくる?ぬいぐるみとか。

何それ可愛い。

涙目で頬を膨らませながらぬいぐるみを投げてくるエルちゃんを想像したら滾った。

全く羨ましい野郎だぜ。


だらだらと緩んだ空気の中、赤ら顔の同僚が何気ない声で呟いた。


「そーいやお前エルローズさんと出会う前何してたん?」


一帯にやや緊張が走った。

え、お前それ聞いちゃう?撮れ高十分だからもう良いんだけど。


俺らに一斉に振り向かれたのに驚いたのかそいつは両手を体の前で振って弁明を始めた。


「ほらほら俺ら仲間だし仲間のことは知るべきじゃん?先輩も言ってたし」

「後付けかよ」


お前…適当な口実に先輩を利用するなよ。あの人なりに考えてるんだぞ多分。

まあ先輩だし良いけど。


俺たちの微妙な空気に気づき、あいつは否定するように片手を振った。


「大したもんじゃねえ。ただの傭兵だ」


あ、アウトな話題じゃなかったのか。

まあ…傭兵か。予想は合っていたみたいだ。エルちゃんがいたなら騎士に転換したのも辻褄が合う。

それにしたってあの戦い方はまともじゃないけど。


「傭兵かよ」「似合う」「騎士よりもそれっぽいな」

確かに確かにと言い合う同僚たちに「いらん世話だ」と言ってあいつは笑った。


そうだな。

エルちゃんのために騎士になったお前はきっと誰よりも騎士らしい。


リラックスした、柔らかな笑み。

その心に浮かぶのは何時だって彼女だけなのだろう。

しかし酔っていたとしても俺らの前でこんなに気を緩めるなんて少しは気を許してくれているのだと思う。

俺達だって最下位の騎士団だとか呼ばれて一部では馬鹿にされてるんだ。

ここにも色々な境遇のやつがいる。懐の広さは随一だ。

強く、荒々しく、唯一の女に剣を捧げたお前の住処には相応しいのだ。




「…で、お前王子様なのおぉぉっぐへっ!」


空気の読めないタイミングで復活してきた先輩にグラスを投げつける。俺たちは再び先輩を沈めることに成功した。

同僚たちも連携して先輩の体を向こうへおしやる。良いチームワークだな!

え?先輩の扱いが酷くないかって?

まあ先輩は先輩だし。先輩だから良いんだよ。

先輩がゲシュタルト崩壊起こしてる。



「エルローズちゃんって昔はどんな感じだったの?」「2人っきりでいるときは?」「エルちゃんのスリーサイズ!」


同僚たちが堰を切ったように話し出した。

お前らも相当興味津々だったんだな。聞いても良いけど胸焼けするからな絶対…あと自分が惨めになるだけですね。

ちなみに最後の質問をした奴はイーサンにぶっ飛ばされていた。


それでも懲りずに俺たちは質問を続ける。

1度弾けた勢いは止まらない。


「なあ、夜のエルちゃんってどんな……?」


鼻の下を伸ばした同僚の言葉にあいつは一瞬動きを止めた。

おいおまえ死にたいのか!


予想外に鉄槌を下さなかったイーサンは口を開く。


「どうでも良いだろ、そんなこと」


いや確実にどうでも良くはねえから!

絶対あいつ今後のおかずにするつもりだって!

まあ直接的な表現を避けたあたり多少の危機管理能力は備わってるっぽいけど。

それを受けててっきり怒り狂うもんだと思ってたが奴は案外冷静なのか。


あっ。



「そういやお前壁薄いシェアハウスに住んでるとか言ってたよな?」



頭の中で浮かんだ言葉がつい口から零れた。

ほら、致したら自然に音がするじゃん?壁か薄かったら聞かれるじゃん?あいつが他の住人にそういうのを聞かせるわけないじゃん?

つまり何を言いたいのかと言うと……そりゃ、ナニのことなんですけども。



「え!ひょっとしてお前まだ手出してないの!?」

「……」


俺の言葉を受けて過去一の速さで脳を動かした同僚が前のめりになる。

イーサンの冷たい視線をモロに食らい、「彼女さんはまだ純潔ですか」と震えながら言い直していた。

いや余計ダメだろ!

純潔って…と吹き出しそうになるのを必死で堪えた。


誰も彼も自ら言葉を発そうとはしないが、目だけはギラギラと輝かせている。


イーサンは押し黙った後、暫くして顔を上げ、「良いかお前ら…」と集まっていた好奇の視線を睨みつけた。



「エルだとか気安く呼ぶんじゃねえ。エルローズだ。呼びたいならエルに許可を取ってからにしろ!」



あ、そこは訂正するんですね。てか許可取ったら愛称で呼んで良いのかよ。心狭いとか思ってごめん。


やんややんやと場が湧く。


エルちゃんにはとても聞かせられない下品な口調で同僚たちは騒ぎ回る。

既に月は最も高いところを通り越し、日付は変わっていた。

周囲にいた他の客は思い思いの格好で膨れた腹を撫でながら酒をちびちび飲んだり寝こけたりしている。

間違いなくこの席が1番騒がしいだろう。



イーサンは無の境地に至ったようで、表情を無くしたまま酒を引き寄せた。

お前まだ飲むのかよ。すげえな。


「ドンマイ。気にすんなって」


イーサンの肩を叩いて酒を注いでやる。


初めに言い出したのはお前だけどな、と睨まれた。

あちゃー、覚えてたか。

ほんとスミマセン。まあ元はと言えば先輩なんだって。

今日は無礼講でいこうぜ。


「まあまあ。お前らが引っ越したら祝ってやるよ。いつ?」

「……この後」


え、明日ぁ!?あ、いや1晩越したから今日か。

せめて一言報告しろよ!薄情だな!


お前こんなとこで飲んでて良いのかよ、と聞くと体力はあるから問題ない、と返された。

あ、そういう意味で聞いたわけじゃ無かったんですけど。俺は大事な日を徹夜明けで迎えて良いのかって意味で聞いたんですけど。

体力てお前…ヤる気満々じゃねーか!

いやそっち方面で心配はしてないけど。睡眠奪っただけでこいつを弱らせられるなら苦労はしない。

数ヶ月積もった欲を全部ぶつける気だろ。こいつ明らかに絶倫だしエルちゃん可哀想…

ただ、我慢したこいつも中々の精神力じゃないか。あんな獣みたいな目をしておいて。



「お前よく2人で暮らしてて今日まで手を出さなかったな…」


俺がちょっと優しい心を発揮して褒めてやると、イーサンが「だろ?」と言って俺に顔を向けた。

目が据わっている。

あ、これは俺、やらかしたかも。


「………俺は自制して距離とって寝てんのに朝になったらエルが俺んとこにいるんだよ。寝ぼけながらこっちに絡みついてくるんだが。あいつ胸あるし柔らけえし…あーマジできつい」


ヨカッタデスネ。

俺に言ってるのか独り言なのかあいつは遠くを見るような目をしている。


「毎朝起きてそれに気づいて真っ赤になってんのもクるし俺を煽ってるとしか思えねえ…照れててもあいつ俺に引っ付いたままなんだ………」


悟りを開き、無心になってへー、ふーんと相槌を打ってみる。

早くブチ込みてえ…と呟かれた言葉は聞かなかったことにした。



翌朝。

日差しに起こされ、酒場で朝を迎えた俺たちが目を覚ますとイーサンの姿は既に無かった。




・・・・・・・・・・・・



翌々朝。


奴は珍しく遅刻ギリギリに来た。

えらく上機嫌で、訓練ではいつにも増して力が漲っているという厄介な状況だ。


休憩時間に聞いてみた。


「お前、エルローズちゃんとは………」

「あいつは暫く来れない」


……そうですか。

どうせ抱き潰したんだろ。その様子だとヨかったんだろうな。オメデトーゴザイマス

てかお前酒場でのこと覚えてるのか?

気まずそうな顔の1つでもして見せれば可愛げがあるっつうのに全く…


腹いせにあいつとエルちゃんのあれこれを盛りに持って同僚たちに語ってやった。

けだものめ!とイーサンに憤るやつが大量発生した。ざまあみろ!



・・・・・・・・・・・



数週間後。


嫌そうなイーサンに伴われ、久しぶりにエルちゃんが騎士団にやって来た。


…色気が倍増してる。あと、2人の距離が近い。



気を取り直して、愛称で呼んで良いか聞いてみると「構いませんわ」と了承してもらった。

よっしゃ!じゃあエル、


「ローズとお呼びください」

「あ、そっちじゃなくてエ、」

「ローズと」


美しい笑顔に有無を言わせない迫力を感じた。

エルちゃんが…エルちゃんがあいつに染められてる!

お前こうなること分かってて許可を貰ってこいとか言ったな!?



何だかんだ、俺の騒がしい日々は愉快な仲間たちと彩りを増していくのだ。

おまけ

~夜も更けた酒場にて~



テ「イーサンお前俺の事なんて海底のチリ位にしか思ってないんだろ〜!!!」

イ「何だよいきなり」

テ「エルちゃんが天なら俺への好感度はどんぐらいだよ!!」

イ「地」

テ「おい聞いたかアルフ!地平線超えてた!!」

ア「それは…うん。良かったな………」

イ「あと、エルを愛称で呼ぶな」

ア(テオ可哀想…)


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