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駆け落ちのすすめ  作者: 佐久間
番外編
10/12

家移り前夜・女子会

◇◇◇


「行ってらっしゃい」


いつものようにイーサンを送り出す、少し特別な朝。


今日はこの仮住まいを終える最後の日。と、言ってもここにもう私たちの暮らせるスペースは無いのだけど。



朝早いので疎らとはいえ数ヶ月ほど空間を同じくした人たちの視線がある中、いつものキスは止めておいた。


彼は少し不満そうな顔で、早く早くと彼を急かす少女を後目にいつもの倍の時間をかけて私にハグを送った。



「彼女さんと離れるの1晩だけだから!大袈裟!」



見せつけるように抱きしめられて顔から火が出そうだ。



「………行ってくる」



ようやく腕を緩めた彼は名残惜しいとでも言うように私を一瞥して仕事へ出かけて行った。




・・・・・・・・・・・・・



始まりはほんの数日前のこと。

私たちはついに―――――――家を買った。



キッチンがあって、浴室があって、お庭がある家。私たちが仕事場へ歩く距離は長くなるけれど、2人で選んだのだ。


当然目標の金額には到達せず、費用の負担は当初の予定よりもさらにイーサンの方が多くなってしまった。しかし、初めて自分でお金を稼ぎ少しでも役に立てたなら彼と対等になれるような気がして嬉しかった。



問題が起きたのはその後だ。

業者の方に不備があったようで、本当は今日から入居予定だったのだが1日先延ばしになってしまった。

だからといって共有施設での滞在を延長するわけには行かない。今月いっぱいで既に解約していたから。



支配人は可哀想なほど恐縮し、何度も謝罪をしていた。お詫びと言って宿屋の宿泊券をくれたので、イーサンと相談してそこで1晩越すことにした。

確かに彼とふたりで住む日を心待ちにしていたから残念ではあるけれど、たった1日だしそんなに畏まらなくてもいいのに。




それから、退居の挨拶回りをすることにした。全員にお別れをするのはさすがに多いので関わりのあった人だけだ。と言っても、共有スペースで顔を合わせてあいさつをしたくらいの仲だけれど。


菓子折を買ってきて、早速イーサンと一緒に隣の部屋のドアを叩き、顔を出した同い年ほどの少女にその旨を告げると。



「え、もういなくなっちゃうの!?」


ずいぶん驚かれた。

彼女は私たちを引き止めたかったのかしら。


「1日あるなら最後の日はぱーっとはしゃいじゃったりしない?あ、彼氏さんもそう思いません…?ま、まあ、無理ならいいんですけ、ど…」


まくし立てられて固まる私を見ながら彼女が言葉を続ける。


「いきなりどうしたって感じですけど、正直、新しい人入って来て、わー女の子だ話したい!ってずっと思ってた感じで…ね?最後にちょっとお喋りしない?パーティだよ、お別れパーティ!あ、友達もいるよ。だいたいあたしと一緒にいる2人!あなたが来てくれるなら、彼氏さん、ちょっと彼女さんを1日借りてもいいですか………?」



少し考え込んで、イーサンが目を白黒させる私に「だ…そうだが、どうしたい?」と聞いてきた。



パーティ…。不思議な響きだ。別れるときに彼女達はお祝いをするのか。それとも、私に思い出を残してくれるのか。

…たまにはこういうのも良いのかもしれないわ。



「…お受けします。それでは、お邪魔しても良いですか」

「え、ほんと!?やったね!」



彼に頷いて了承すると、彼女はぱちぱちと手を叩きながら喜んでくれた。



「オッケー、あたしの部屋でお泊まり会ってことで。あ、パジャマ!パジャマ忘れないでね!ちょっと、ジーナ!メヌエット!」


大きな音をたてて彼女が止めていた扉が閉まる。ばたばたと他の人の部屋へ走っていく少女を半ば呆然と見送った。

…嵐のような人だ。



隣を見上げると、少し呆れた顔をした彼が肩をすくめて立っていた。




・・・・・・・・・・・・・



私だけここで部屋を借り、イーサンは当初泊まるはずだった旅館で夜を越す。

実を言うとこの4ヶ月を通し、夜に彼と離れたことは無かったので不安や寂しさもあるが、いつまでも依存してはいられない。

閉まった扉から目を背け、彼女の方に向き直った。



「今更って感じだけど、あたしはパーシー。すぐそこの学園に通ってるんだよね。あと2人…あの子たちも同じ。あいつら朝弱いから起きてきたらあいさつすると思う。あっ、勿論あなたが来るって言ったら喜んでた!」

「そうですか…歓迎していただけるなんて嬉しいです」


パーティの取り決めをしてからやっと互いの名前を知るなんて変なの、と思うと可笑しくなった。


「私はエルローズと申します。どうか…ローズ、と」



一礼して顔を上げると、彼女は口を開けて目も大きく開いて私を見ていた。ぽかーん、と効果音でも聞こえる気がする。


ええと?いきなり笑いだして不気味に思われたのかしら…。



「むむむ、よろしくお願いします…」



よく分からないが、難しい顔で唸っている彼女を見てわけもなく笑みが零れた。

私の周りで、このようにくるくると表情を変える人はいなかったし、掛け値なし私に声をかけてくれる同年代の少女なんて以ての外だった。

…これが友人というものなのでは?



人付き合いのない偏屈な人のような思考に至って、こっち、と私を先導するパーシーの背を追いかけた。




◇◆◇



とんとん、と軽やかにナイフを動かして野菜を切っていく彼女、ローズさんの横顔を盗み見る。


本当に綺麗な人だなあ……。



ようやく起きてきたメヌエットとジーナも同じことを思っていたようで、私に目配せしたジーナが「見て見て、顔ちっさ!」と声を出さないで口を動かしていた。







先程までばくんばくんと音を立てていた心臓に手を当てる。


いくら男勝りで空気が読めないと言われていたあたしでも、ローズさんに話しかけるのは少し、いや、かなーり緊張した。



・・・・・・・・・・・・・・



ローズさんとその彼氏さん(イーサンというのだとローズさんが教えてくれた)がここに引っ越してきたのは私が来た1ヶ月後だった。


私は農村部のド田舎から凡そ半年前に都市部へ上ってきたばかりだ。学園に通うのにこの場所は中々良いところで、似た境遇の人たちもこの共有施設に多い。

メヌエットとジーナも同じようなルートでここに住んでいて、あたしたちは同年代ということもあり、引っ越してすぐに意気投合した。


楽観主義のあたしに、女の子らしいメヌエット、そして何かとちゃっかりしているジーナ。

女3人集まると姦しいとはよく言ったもので、性格は違えど私たちは日々都会の凄さだとか、噂話に花を咲かせた。



自分の対人スキルも捨てたもんじゃない、と学園生活を満喫していたときだ。



私たち、というかこの施設全体に興奮が駆け巡った。



隣が空室で寂しいな、と思っていたとき新しい入居者が来るって話を聞いたから結構わくわくしていた。


お隣さんが来る前日、メヌエットが目を爛々とさせて私の部屋のドアを叩いた。


「パーシー!ビッグニュースがあるの!」

「あんたがそんなこと言うとか絶対ろくなもんじゃないでしょ」

「新しく引っ越してくる人が!かなりのイケメンだって!!!」

「えぇー……」


あんたその情報どこで手に入れたのさ、と呟くも興奮するメヌエットの耳は機能を失ったようだった。


「良い?明日玄関の横のとこでスタンバるわよ。ジーナは引きずってくるからあたしに任せて!」



言うことだけ言ってメヌエットはダッシュで去っていった。


ま、私も気になってるからいいんだけどね。





待ちに待った翌日。私たちは応接室で本を読むふりをしながら玄関のほうをちらちら眺めていた。

同じように新居者が気になる人は多いようで、いつも閑散としている応接室には倍以上の人がいた。


ジーナは面倒くさそうな顔をしていた。何でも「あとでがっかりするのが嫌だからじゃがいもが来ると思って待ってる」そうだ。

結局あんたもイケメン待ちなんかい。


メヌエットはページを捲る手が全く動いていないから本当は読んでないことがバレバレだ。

あ、ジーナの本逆さじゃん。





不意に、外から複数人の声が聞こえた。


来たか。


メヌエットは外面を繕うのも忘れたようで、本を机の上に放ってぎらぎらと扉を見つめている。




ガチャリ




皆がうっそりと見つめる中、ゆっくりと扉が開いた。





初めに見えたのは金の長い…髪。


女の人?




その後に続き彼女の手を取って長身の男性も入ってきた。


あ、カップルなのね。メヌエット、残念!と思って2人の顔に視線を合わせた瞬間………




ほえぇ……………





間抜けな音が口から漏れそうになった。



私たちの視線を浴び、女の人が目を見開いて困ったような顔で男の人を見上げる。

男の人は女の人の腰を抱き寄せて真っ直ぐにこちらを見つめた。



寄り添う2人の図はその…なんだか…絵になりすぎているというか…

めっちゃ綺麗。うん。語彙力失った。



「…よろしく頼む」



飾り気のない言葉で言い放ち、慌てて「本日からよろしくお願いします」と礼をした女の人の手を取り、男の人は彼らの部屋へ上って行った。

低くて色気のある声が腰にくる。

オーバーキルで私の精神状態は瀕死。



メヌエットは別の色の輝きを灯した目で私を見ていた。

「会議よ!作戦会議!」と囁きながら叫ぶという器用なことをしている。

あんた元気だね…



それでも私たちの気持ちは同じだった。

一転してキリッとしたジーナが真面目くさった顔で自分の部屋の方向を顎でしゃくる。

3人で目を合わせて頷く。



ざわざわと揺れ動く応接室を出て、私たちはジーナの部屋に集結した。





「第1回!2人の秘密を探れ!!」

「いえーい」


いい感じのタイトルが思いつかなかったらしいメヌエットに、ジーナが合いの手を入れる。



「ちょっと!そんな叫んだら聞こえるって!」


この時ばかりは壁が薄いことを恨みたい。しーっと指を口に当てた。



「見た見た?見たわよね?何あの2人!!!」

「ほほう、つまり…これが都会というやつか」

「違うわよ!」


メヌエットがジーナの頭をはたいた。


「あんな人達が何人もいたら目が潰れるって…。」

「ねえ、2人とも。……あの人たち何者だと思う?」


メヌエットが腕を組んでじいっーとあたしとジーナを見る。


「何って…え?今日初めて会ったけど?」

「美男美女」

「そうじゃなくて!」


やれやれとでも言いたげにメヌエットはところどころ金に染めた茶髪を払った。



「あの人たちの所作から考えて、絶対一般人じゃないでしょ。あの人たちが田舎にいるの想像してみなさいよ」


うちの農村みたいなとこに彼らがて、土でも耕してたら…か。

いや、別に、ガーデニングしましょーみたいな感じで相変わらず絵になる気がする。


ジーナも微妙な顔をしていた。



「全く…あんた達には想像力が乏しいわね。田舎って言っても…いい?あの男の人が鼻の下伸ばして女の子たちの入浴を覗き見して、あの女の人がそれに気づいて殴りつける、みたいなことあると思う?」

「それはあんたの実体験でしょ」


やけに具体的な図を想像してみる。

男の人が覗き………覗き?覗くくらいなら自分で女の子を落としに行く方が手っ取り早いと思う。

で、それに気づいた女の人が罵りながら彼を殴りつける、と。…ないな。寧ろ自分に向けられた下心とか一切気づかなそう。



「……違和感しか仕事しない」

「でしょ?やっと分かった?」


ふふん、と得意気にメヌエットは話し始めた。


「で、何者かって話しね。男の人の方は大体予想つくのよ。彼女に一目惚れして剣を捧げた騎士ってとこね。で、護衛兼恋人みたいな感じで彼女と行動してる、っていうこと。」


はいはい、そうですか。

メヌエットの中でそれは決定事項になってるんだ。

そう言われればそんな風にも見えるけど。


「でも問題は女の人よ」

「ならその推理で女の人はお姫様、でいいじゃん」


お姫様と騎士。言われてみれば結構ぴったりじゃない?


でもさー、とジーナが口を開いた。


「お姫様ならわざわざここに住みに来る意味ないよ」

「そうそれっっ!!」


ぴしぃっ!とメヌエットはジーナに人差し指をつきつけた。


「こんな狭いところに来る意味ないわよね、お金出せばいくらでも高い旅館取れるし、お金が無いなら一部屋の大きさは同じくらいでも壁がもっと厚いとこあるじゃない。」

「そりゃ、そうかもしれないけど、こういうとこ来てみたかっただけじゃないの?」

「だからこそ、この会議を開いたのよ!」


メヌエットは立ち上がって、再び腕を組んだ。


「第1回!ロマンス・ミステリー調査隊!!!」

「改名したんだ」

「割とダサい」


あんたたちうるさいわよ!とメヌエットは怒鳴った。



「いい?それを調べるためにあの子と仲良くなるの。ってことでパーシー。あんた誘ってきて」

「えぇ!?理不尽!メヌエットこそあの男の人に近づきたいなら行ってきなよ!」

「はぁ!?あんた何言ってんの?あの2人は既に運命なの!私が邪魔するなんて畏れ多いこと出来るわけないでしょ!?」


あのイケメンは遠くで見るに限る!と息巻くメヌエットは変なスイッチが入ったみたいだ。



「えージーナは?」

「バカなこと言わないでよ。この子が説得なんて失敗するに決まってるわよ!」

「確かに」

「自分で納得するな!」


ぺしん、とジーナの頭をメヌエットがはたく。

デジャヴだ。



あんたが1番部屋近いんだから!と押し切られてしまった。しかし誘う糸口を見つけられず、たじたじしている間に彼らがいなくなると言うので勢いで声をかけた。




かなり取っ付きにくそうな男の人だけでなく、女の人に話しかけるのは思ってた以上に難しかった。


だって纏う空気感から違うし。あたしが声をかけていいのか不安になるし。





2人に了解してもらえたこととその気持ちを話したら、メヌエットは「本当に良くやったわよ…」と涙ぐんでいた。





・・・・・・・・・・・・



それにしても料理の手際が良い。ローズさんのお姫様説がまた1歩遠くなった。



実際に彼女と話してみると、お姫様然とした振る舞いと、意外な庶民的感性のギャップに圧倒された。

不思議な人だ。


同い年だったのはかなり衝撃だった。嘘じゃないかと半分くらい思ってる。


昼までぼちぼちと私の話をしながらローズさんたちの荷造りだとか片付けを手伝った。

昼ごはんの準備をする前に2人が起きてきたことに驚いた。よっぽどローズさんと話せるのを楽しみにしていたらしい。



その後、4人で昼食を作ることになった。調理場でこちらを気にしている人たちが何人かいた。

へへ、良いでしょー


今まで彼女が料理の準備をしているのを見かけたことは何度かあったが、記憶にあるのよりさらに上手くなっている気がする。



「ローズちゃん、料理上手ね!」


生地を入れた小鉢と格闘しながらメヌエットが話しかけた。


「ありがとうございます。私も数ヶ月で随分上手くなったと自負していますわ」


彼女が嬉しそうにはにかんだ。


「ローズちゃん固いね〜」


もっと砕けて、とジーナがすかさず言うとローズさんは「ど、努力します…!」とぐっと両手を握った。


「でも…最近お料理始めたってことはちょっと前まで全然してなかったってことよね?」

「ええと、まあそうですね…」


ローズさんは眉を下げて言い淀んだ。

今のままでは出自とか話してくれなさそう。


作戦変更!とメヌエットの声が聞こえた気がする。


「ふんふん、そうなのね。じゃあローズちゃんはイーサンさんのためにお食事作る練習することにしたんでしょ!」

「…彼のためにと言われれば……そうだわ」


こくり、と頷いて不意をつかれたようで彼女の頬が赤く染まる。



「…かわいい」

「激しく同意」


ジーナが千切れそうなほど頭を振っていた。


「彼氏さんにお昼ご飯作ってあげてるんだよね」


この中では意外にも料理担当のジーナが私見た、と言う。


「本当に彼氏さんのこと好きなんだねえ…」

「ええ、少しでも喜んで欲しくて…」


イーサンは私を大切にしてくれているし、とローズさんが呟く。


「あの人毎日ローズさんのために食べ終わった後のバスケット綺麗にしてたよ」

「そうなの!?」


ばっ、とローズさんが勢いよくジーナの方を見る。

あんた色々目ざといな。


「気づけなかったのが悔しいわ…」


しょんぼりと肩を落としたローズさんの頭を猛烈に撫でたくなった。




・・・・・・・・・・・・・



私の向かいにパジャマを来たローズさんが座っている。

そこら辺に売ってるようなパジャマなのに高めのナイトガウンに見える不思議。


「お泊まり会の夜にすることは決まってるわよね??」

「せーの」

「恋バナよ!!!」

「いえーい」


ジーナが枕に体重を預けてふんぞり返ったまま囃し立てる。


「ローズさんごめんねー。この子たちいっつもこんな感じなの」

「いえいえ…こいばな?」

「ちょっと!そこ!雑談しない!」


ここは私の部屋だ。元々1人用だからゆったりはしないけど、4人でベッドの周りに集まった。

夕食も終わり、夜も更けた。

ローズさんとは結構仲良くなれた気がする。

主にローズさんとジーナが作った夕食は最高の味だった。


メヌエット的にはここからが本番なんだろうなあ…

ミッション名はローズさんの過去の秘密を探れ!とかそういう。


「ちょっとパーシー!あんた聞いてる?恋バナ1つくらいはあるでしょ。好きな男性のタイプーとかそういうのでいいから!」


詳しくね!とメヌエットが念を押す。

1番先に尋ねられたジーナは「優しい人」と答えて模範解答言ってやったぞ偉いだろという顔をしていた。

メヌエットはジーナに期待することをやめたようである。


「えーっと、勉強教えてくれるような人とか?」

「パクリだパクリだ」


つまり優しい人でしょ、とジーナがむくれる。

あんたはせめてイケメンって答えときなよ。


「良いじゃないパーシー!つまり彼のために勉強も頑張って支え合えるような関係になりたいってことね!」

「あ、ああ、うん。そうかも」


ロマンチストということにされた。


「素敵!ねえ、そう思わない?ローズ!」

「ええ…!頼りっぱなしではいけないものね…」


あれ?予想外の食い付きだぞ?

でもローズさんが楽しそうならま、いっか。


「はい次!ローズはどんな人が好き?」

「私は…一緒にいて幸せだと思える方、かしら」

「お金持ちの王子様とか?」

「いいえ、それより筋肉がしっかりついていて、少しぶっきらぼうでもいざってときに守ってくれるようなひと…」


お、これは来たのでは?

真剣な顔でジーナが畳みかける。


「それって思いっきり彼氏さんのことだよね、おふたりさんの出会いってどんな感じ?」

「そ、それは…」


くっ…ジーナ撃沈!


ローズさんのガードを解く術はないのか…




「私の話も聞いて!」

「ちょ、メヌエット?」


おーい、2人のこと知りたがってたのあんたじゃん。



「私もね、好きな人がいるのよ…」



違った。作戦の一環だった。



「私は今じゃこんな性格だけど本当は人見知りが激しくて、学園に来たばっかりのときは緊張しっぱなしで上手く笑えなかったの…」

「まあ、気が抜けなかったのね…」


見えないでしょ?とメヌエットがあからさまに目を伏せる。


…詐欺師だ。ここに詐欺師がいる。



「そんなあたしの態度が気に障ったんだと思うけど、嫌がらせされちゃったわ…。私はただ必死だっただけなのに……。でもそのとき、校舎の裏で泣いていたら肩にパサリ…と上着が掛けられた。驚いて顔をあげるあたし。目の前にいた彼が微笑む『礼はいらないさ』と………」


騙されるな。そんな奴がいたらモテ男になってみたかった厨二病だ。



その話出典どこさ、と突っ込もうとした声を気力で抑え込んだ。


ジーナが吹き出しそうになっている。

後ろ手でメヌエットがジーナの脇腹をつねるのを見てしまって、色々と台無しだ。



「…そんなわけで、その人の言葉で立ち直ったあたしは明るくなって友達もたくさんできたわ!ところが、彼にありがとうって言おうと思って探したんだけど、彼は隣のクラスの人で、目立つのを嫌ってて、皆に地味だってバカにされてるような人だったの」


あ、分かった。身分違いの恋をメヌエット的に表現したのか。


「それから彼と話したことはないのよ。でも、好きになっちゃったの!せめて会ってお礼出来たらいいんだけど、迷惑かなって思っちゃって……」


ローズさんは真剣な顔で話を聞いている。


「あたし、どうしたら良いか分かんなくて…。アドバイス貰えたら嬉しいんだけど…。ねえ、どう思う?ローズ」

「やはり……話してみなければ分からないのではない?その方が目立つことを気になさるのなら人気のないときに1度お礼をするくらい良いと思うわ」

「うう〜ん」


大袈裟に首をひねってメヌエットはローズさんの方にずい、と顔を近づけた。


「やっぱりー、嫌われたらどうしようって言うか、初めに話しかける勇気がないわ!分かってくれない?ローズだってイーサンさんに話しかけるの絶対最初怖かったでしょ!」

「緊張はしたけれど、怖いなんて思ったことはなかったわ…」


この場は既にメヌエットの制圧下だ。

ワンマンライブ状態で舞台は進む。


「嘘!あの人すごく怖そうだわ!初めに会ったとき睨まれて震えちゃったわ!あたし、ローズがいじめられてないか心配してるの!」


よく言うよ。イケメンイケメン言ってたあんたに死角はないでしょ。



そのとき、ローズさんが焦ったように口を開いた。



「誤解よ、彼は本当に私を気遣ってくれるわ!初めて会ったとき、暴漢に襲われていた私を助けてくれたのよ!彼の口数が少ないからそんなふうに思ってしまったのかしら…」


ぼ…暴漢。

びっくりな言葉が出てきた。

襲われてたとこ助けられたらそりゃ好きになるか…。


ただ、ローズさんが襲われたことには納得しかない。



「うえぇ…ローズちゃん、よくあいつらに襲われて無事だったね。あいつらって集団戦法上手いから中々追い払えないんだって」



ジーナの情報のソースは私の精神衛生上聞かないことにしよう。



「それは…素敵ね!でもそんな危険なところに行くのは良くないわよ。イーサンさんに会ったのは本当に良かったけど、どうしてそんなことになったのか話してくれない?…あたしの参考になるかもしれないし」



メヌエットは目を光らせた。

本職(プロ)の詐欺師は獲物を捕らえた。




ローズさんの目が数刻宙をさまよう。

再び私たちの方を向いた彼女は、覚悟を決めたようだった。



「私は……家を抜け出したかったの。思いつきで誰にも言わずに此方に降りてきたところで、物盗りに見つかってしまった。」


不用心だったもの、格好の標的だわ、とローズさんが自嘲気味に笑った。




自由に外に出ることが“抜け出す”となること。

家を抜け出してわざわざ危険なところに行く行動。此方に“降りる”という表現。

そして、彼女は盗人の良いカモだった。





「ローズさん、まさかその言い方って……」



「…ええそうよ。私は…貴族だったの。元、ね」




ヒュッと息を飲む。


貴族。

貴族ってあの貴族か。

正直、関わりが無さすぎて全くイメージが湧かない。



「イーサンとはそのときに会ってから、定期的に下町で私を案内してくれたの。少しずつ打ち解けていって、最終的には私の逃亡に力を貸してくれたわ。この国へ、2人で逃げることを決めて、ね。」


「ああ、私が爵位を持っていたのはこの国ではないわ」とローズさんは言葉を添えた




ただ、ローズさんが私たちと違うということに関しては納得するところではある。

彼女は庶民に馴染みながらも隠しきれないオーラがあったから。


この時ばかりはメヌエットも何も言わず、神妙な顔をしていた。



「…2人で頑張って生きてきたんだね」

「私の行動は頑張った、なんて綺麗なものではないわ。でも…そうね。彼はいつでも優柔不断な私を、せめて信念だけは通せるように手を差し伸べてくれた。だから、決してこの選択に後悔なんてしないわ」



凛とした声でローズさんは前を見つめる。

菫青石に似た彼女の瞳はどこまでも透明で澄み切っている。



「イーサンの出自は言えないけれど、彼はとっても強いのよ。今はこの国の騎士団で働いているわ。私も偶に遊びに行くの」

「騎士!?異国出身の騎士なんてなかなか聞かないわよ!凄いのね!」

「そうでしょう?イーサンは格好いいんだから!」



ローズさんは頬を染めてうっとりした顔をする。


こんなに可愛いんだし彼氏さんは他の人に取られないか不安で堪らないんじゃない?

だってあの人見るからに独占欲強そうだしね。

でも、「彼の名前を耳にしたら思い出してね」と言いながら「第3騎士団に遊びにに来てね」と言わないローズさんも案外同類でお似合いなのかもしれない。





うんうん、と緩く頷きながらジーナが何気なく零す。


「ほんとにラブラブだよね。毎日出かける前にちゅーしてるし」




「にゃっ………!?」



「え」




今何か聞こえてはいけないものが聞こえた気がする。

一気に空気が弛緩した。



「な、な、どうしてそれを………!」

「あ、当たってた?」



実は1回ドアの隙間から見た、とジーナがピースサインをした。

……朝弱い設定どうしたのさ。



「あんたってほんと情報通なのか疎いのか分かんないわ…」


メヌエットと久しぶりに意見が合った。



「は、恥ずかしい………」


ローズさんが両手で顔を覆って俯いた。耳まで真っ赤になっているのが分かる。

もはや可愛いを通り越してあざとい。



「それで、イーサンさんとはどこまでいったのよ」

「え!?」


メヌエットがさらに追い討ちをかけた。


手をわきわきと動かしてローズさんに迫る。




「キスまで?それとも………」



…むにゅ。



「………ゃん!」



メヌエットが後ろから抱きついて、ローズさんの2つの果実を掴んだ。

たっぷりとボリュームを兼ね備えたそれがメヌエットの手の中で変形する。



ローズさんはおろおろしながら私とジーナに助けを求めていた。

眉を下げ、上目遣いでこちらを忙しなく見つめている。


彼女の姿は……うん。




「……えっちい」



こら!ジーナ!そんなにはっきり言わないの!



メヌエットがようやく手を離した。



「どうしたらそんなに育つんだ……」


ジーナは自分を見下ろしてどんよりとため息を吐いた。


「……え、ええと?」


ローズさんは困惑している


「あ、身長!身長のことだよ!この子背低いの気にしてるから、どうやったらそんなスラッとなれるのかな、って!」

「そうね…私のお母様も背が高かったし…」

「それはどうにもならないわねえ…」



……



4人の女子会は空が白むまで続いたのだった。





◇◆◇




「昨日は楽しかったわ!素敵なお誘いをありがとう」



翌朝、ローズさんは荷物を纏めた鞄を肩にかけて私たちの方を見る。



「行くぞ、エル」


お別れをしていると、彼氏さんが迎えに来た。


「ほら、今よ!」とメヌエットがローズさんの耳元で囁いた。

私とジーナも彼女の背中をつつく。



躊躇いがちに頷き、ローズさんは彼氏さんの方に向き直って…



「…お帰りなさい、イーサン」



ちゅっ、と唇にキスをした。


彼氏さんが固まる。



これでいい?とでも言うように彼女が私たちの方を振り返った。

頬はピンク色に染まり、目は潤んでいる。手はしっかり彼氏さんのシャツを握りしめていた。

隣でジーナがサムズアップする。





「…おいエル、そりゃねえぜ」


その瞬間、彼氏さんはローズさんの顎を掴んで自分の方に向かせ、


唇を重ねた。



「…ん、むぅっ……ん!」



ローズさんの顔がぼぼぼっと赤くなる。

彼女が腕を叩いても、しばらく彼氏さんはローズさんを離す気は無いようだった。






「世話になったな」


ようやくローズさんを解放した彼氏さんは良くやったとでも言いたげに私たちを見てニヤっと笑った。



…そんな顔もするんだ。

どことなく野性的で大人の色気を感じる。


メヌエットの方を見ると目がハートになっていた。

運命の2人を引き裂くなとか言ってなかった?と茶化したら「バカ、イケメンは理屈なくイケメンなのよ」と言われた



ローズさんは「また会いに行くわ!」と言って幸せそうな笑顔で彼氏さんに手を引かれ、去っていった。

「遊びに来てね」と言わないのはやっぱりローズさんなりの彼氏さんに対する独占欲なんだと思う。





「…楽しかったわね!」

「うん!」

「うんうん」



でも恋人ができてもローズさんに紹介するのは止めておこう、というと2人とも是非もなしに同意したのだった。

モブ視点が大好きです

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