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憎しみの果て

 トーコは、ぎゅっとこぶしを握り、膝の上に置いて座っていた。火の気のない寒いお堂。対面にはご神体である像が立っていた。像の頭は龍。村人が信仰する龍王だ。頭部だけが龍であり、首から下は上半身裸の男。トーコはじっとその像を睨み付けていた。

(憎らしい)

 トーコはそんな思いで像を睨む。不作や不猟のときには、生贄を望み、病魔や災害からは守ってもくれないものをトーコは心底憎んでいた。トーコの脳裏に焼き付く母の面影は、病で弱っていく姿。当時、五つのトーコが百度も母の治癒を願ったが、叶うことはなかった。母が死んでからは、父は荒れて畑にでることも猟をすることもなくなった。トーコには兄がいたが、彼は突然村を出て行った。トーコは一人懸命に畑を耕し、その日の食べ物にも困るほどの貧乏を強いられた。それでも、村をでなかったのは、幼い妹がいたからだった。しかし、その子も去年の冬に流行り病で亡くなった。

 トーコは憎む。どんなに願ってもなんの助けも奇跡もおこしてくれない龍王を。荒れるばかりの父を。そして助けを求めても知らん顔をした村人たちを。そんなトーコに追い打ちをかけるように、今年は不作、不猟だった。そして、それは龍王が生贄を望んでいるのだと神官である村長が言った。生贄になるのは、本来なら数えで十五の子供だ。十七のトーコは、その範疇にない。なのに、気が付けば家の屋根に白羽の矢が立っていた。大晦日の晩に村長と数人の男がトーコを捕まえに来た。父は知らん顔をした。トーコは憎しみで体が張り裂けそうだったが、抵抗せずに白装束をまとった。

(この恨みを抱いたまま死んでやろう。この村の人間が滅びるまで呪ってやろう)

 トーコはぎゅっとさらに拳をにぎった。


 もうすぐ、真夜中になる。年が明ける前に、生贄の娘は棺にいれられて村を出るのがしきたりだった。トーコはその時が刻々と近づくのを感じていた。突然、堂の扉が開かれ、面をかぶった男たちが入ってきた。いよいよ棺にいれられるのだとトーコは思った。だが、男たちは中に入ると堂の扉を固く閉ざした。

「馬子にも衣装だなぁ」

「ああ、たしかになぁ」

 トーコの背中がぞわりと泡立つ。仮面の奥で男たちはくつくつと笑う。どこからか酒臭さが漂っていた。

「まずは俺からだ」

 そう言って一人の男がトーコを引き倒した。腹這いになったトーコは、背中から押さえつけられた。そして、着物の裾をまくりあげられた。

「いいしりだなぁ」

 男がトーコの尻を撫で上げる。トーコはいやっと声をあげ、暴れ始めたがすぐに抑え込まれる。このままでは村の男の慰み者だ。それだけはいやだった。トーコは必至であがく。

「あばれんじゃねぇ!」

 誰かがトーコの頭を殴りつけた。その時だった。固く閉じたはずの扉が開く。そしてそこには見たこともない男がいた。男はこれだから人間はと冷ややかにつぶやく。蒼い髪に白い肌。とても人とは思えなかった。

「な、なにもんだ!」

 誰かが声をあげると、男たちは我に返って臨戦態勢になる。だが、男は何も答えず、指先をすっと横にはしらせただけだった。たったそれだけで、トーコを襲おうとしていた男たちの動きがピタリと止まった。

「この娘はもらっていくよ」

 そう言って、男はトーコをひきずりおこすと、小脇に抱えてとんっと飛び上がった。すると堂はみるみる小さくなっていく。トーコは男とともに虚空へと舞い上がったのだった。

「ど、どこへ」

 男は虚空を歩くが、トーコの問いには答えなかった。気が付けば、村の裏山にある岩の上に舞い降りていた。

「さて、お前で百人目。これでようやく我妻は自由になる」

「どういうこと……」

 トーコは震える声で必死に問う。

「理由はあとだ。さあ、お前の手でこの忌まわしいしめ縄をといてくれ」

 男はそういうと岩にかかった細いしめ縄を指さした。

「こんなもの、素手じゃ無理よ」

「心配ない。触れるだけでいい。さあ」

 男はトーコの手を握るとぐいっとしめ縄に押し当てた。しめ縄は一瞬にして燃え上がり、灰になって飛んで行った。トーコはあっけにとられて岩の上にしゃがみ込む。するとどこからかゴーゴーと地鳴りが響いた。男はふいっと中に舞い上がる。するとトーコを乗せたまま岩がずるりと滑り始めた。トーコは、転がるように岩から落ちてそれを見た。岩の外れた場所に大きな穴があり、白装束の少女が座っていた。少女は白い髪に赤い目をして虚空の男を見上げる。

「お前様」

 小さな、しかししっかりした声で男を呼んだ。男は素早く虚空から舞い降り、少女を抱きしめた。

「遅くなってすまぬ。さあ、帰るとしよう」

 そう言って男は少女を抱き上げると今にも空へ舞い上がろうとする。トーコはまってと叫んだ。

「あなたたちは何?あたしはどうなるの?」

 男は冷ややかな目でトーコを見た。

「我らはあやかしだ。その昔、お前の村の人間が我妻をとらえて封じた。封じをとくには百人の女の恨みが必要だったのだ。お前のおかげで妻は我が手に戻ったというわけさ」

 男は冷たい笑みを浮かべるととんっと虚空へ舞い上がり、あっという間に姿を消した。そして、山鳴りがおこった。トーコのいた場所に小石が落ちてくる。

 トーコはようやく理解した。神様などいないのだと。

 村もトーコも新年を迎えぬまま、山崩れに巻き込まれて死んでいった。

 



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