第92話 東方への進軍
出発の朝、帝都の正門には、これまでにない規模の軍勢が、整然と並んでいた。
「壮観だな」
レオンは、集結した部隊を見渡しながら、思わず、そう呟いた。南方戦線へ向かった、あの日とは、比較にならない規模の動員だった。
「これだけの軍を、維持し続けるのは、並大抵のことじゃない」アレクシスが、隣で、同じ光景を見ながら言った。
「だからこそ、俺たちの役割が、重要になる」レオンは、気を引き締めるように言った。
レオンは、東方戦線の兵站担当として、先遣隊の一員に加わることになった。アレクシスは、部隊指揮官として、別の編成に配属されていたが、二人の部隊は、当面、同じ戦線で、行動を共にすることになっていた。
「久しぶりの、実戦の空気だな」
行軍を始めながら、レオンは、改めて、緊張を覚えていた。帝都での、長い日々——局の改革、東方との対話——それらとは、また違う種類の、張り詰めた空気が、そこにはあった。
東方への道のりは、これまでの、南方への道とは、まったく異なる景色が広がっていた。
「山岳地帯、想像していた以上に、険しいな」
レオンは、地図と、実際の地形を、照らし合わせながら、改めて、兵站計画の見直しを進めていった。
「この地形では、荷馬車の通行が、限られる区間が、いくつもある」レオンは、同行する輸送担当の部下に、指示を出した。「馬が通れない区間は、人力での運搬部隊を、編成する必要がある」
「南方戦線とは、まったく違う対応が、必要になりますね」
「ああ。だが、基本的な考え方は、変わらない」レオンは言った。「現地の実情を、正確に把握し、それに応じて、柔軟に計画を調整する——それが、兵站の基本だ」
数日間の行軍を経て、一行は、東方国境付近の、前線拠点に到着した。
「ここが、最前線か」
レオンは、これまで目にしてきた、どの戦場とも違う、張り詰めた空気を、肌で感じていた。山々に囲まれた、険しい地形。その向こうに、リュネス帝国の軍勢が、展開しているはずだった。
「ヴァイス殿、兵站状況の報告を」
前線の指揮官からの要請に、レオンは、これまでの分析結果を、簡潔に説明した。
「現状の輸送能力では、長期戦には、不安が残ります」レオンは、率直に言った。「山岳地帯特有の、輸送の制約——これを、早急に、改善する必要があります」
「具体的な対策は?」
「複数の、小規模な前線倉庫を、分散して設置します」レオンは言った。「一箇所に、物資を集中させるのではなく、分散配置することで、輸送の負担を、軽減できます」
この提案は、すぐに、実行に移されることになった。レオンは、これまでの、南方戦線や、帝都での経験——分散配置の発想、そして、現地の人々との協力関係の構築——それらを、この新たな戦線でも、着実に、活かしていった。
数日後、アレクシスの部隊も、前線に到着した。
「久しぶりだな、こんな形で、顔を合わせるのは」
「士官学校の、最初の模擬戦を、思い出すな」レオンは、小さく笑いながら言った。
「あの頃とは、比較にならない、規模の戦いになる」アレクシスは、真剣な表情で言った。「だが、お前の兵站と、私の指揮——その組み合わせが、必要になることに、変わりはない」
「ああ」レオンは、頷いた。「今度こそ、これまでの経験すべてを、活かす」
その夜、前線の仮設本部で、レオンとアレクシスは、改めて、これからの戦いについて、話し合った。
「敵の、本格的な動きは、まだ、確認されていないんだな」レオンが、確認するように尋ねた。
「ああ。だが、いつ、本格的な攻勢が、始まってもおかしくない」アレクシスは、険しい表情で言った。
「俺たちの役割は、変わらない」レオンは、改めて、決意を込めて言った。「どんな状況になっても、兵士たちを、できる限り、生かす——そのために、できることを、尽くす」
アレクシスは、その言葉に、静かに頷いた。
山々に囲まれた、東方の前線——そこに、これまでの、長い戦いの、集大成とも言える、最大の試練が、静かに、しかし確実に、迫っていた。
レオンとアレクシス、そして、これまで積み重ねてきた、すべての経験と絆——それらが、今、この、帝国の運命を左右する、最後の戦いの中で、試されようとしていた。




