第91話 動員
皇帝による、全軍への動員指示——その知らせは、瞬く間に、帝国全土へと広がっていった。
「軍備・外交調整局も、全面的な、戦時体制への移行を、求められています」
ヴェルニエ局長からの指示に、レオンは、これまでとは違う、重い緊張を感じていた。
「これまでの、対話路線は——」
「完全に、放棄されたわけじゃない」ヴェルニエは、慎重に言った。「だが、今は、何よりも、軍の態勢を、整えることが、最優先とされている」
レオンは、この急速な方針転換に、複雑な感情を抱きながらも、与えられた役割に、向き合わざるを得なかった。
「お前には、東方戦線への、兵站計画の立案を、担当してもらいたい」ヴェルニエは言った。「南方戦線での経験、そして、これまでの、東方情勢についての分析——それらすべてを、活かしてほしい」
「承知しました」
レオンは、すぐに、これまで蓄積してきた、東方の地理的情報、そして、リュネス帝国側の、軍事・財政分析を、改めて見直し始めた。
「東方の地形は、南方とは、また違う特性がある」レオンは、地図を広げながら、改めて、分析を進めていった。「山岳地帯が多く、補給線の構築には、南方とは異なる課題がある」
その日の夜、レオンはアレクシスと、改めて、これからの戦いについて、話し合った。
「お前の配属先は、決まったのか」レオンは尋ねた。
「ああ」アレクシスは、静かに言った。「北方での経験、そして、政務局での働きを買われ、東方戦線の、部隊指揮の一翼を、担うことになった」
「俺たちは、また、同じ戦場に立つことになるんだな」
「そうなるだろうな」アレクシスは、頷いた。「士官学校を卒業した時とは、また違う形で——だが、きっと、同じように」
レオンは、その言葉に、これまでの、長い道のりを、改めて噛み締めていた。士官学校での対立から始まった、この相棒との関係は、今、確かな絆へと、育っていた。
数日後、レオンは、改めて、ミハイルとコレットにも、この状況を伝える機会を得た。
「本当に、戦争に、なってしまうんですね」ミハイルは、沈痛な表情で言った。
「ああ」レオンは、重く頷いた。「これまでの、対話の努力——それが、無駄だったとは、思いたくない。だが、今は、この現実に、向き合わなければならない」
「私たちに、できることは?」コレットが、尋ねた。
「局に残って、これまでの改革を、しっかりと、維持し続けてほしい」レオンは言った。「戦争の最中だからこそ、無駄のない、効率的な物資管理が、何よりも、重要になる」
「分かりました」
二人の、真剣な頷きに、レオンは、確かな信頼を感じていた。
その後、レオンは、東方戦線への、兵站計画の立案に、本格的に取り組み始めた。南方戦線での、様々な経験——補給線の構築、輸送の効率化、そして、予想外の事態への備え——それらすべてを、この、新たな戦線に向けて、改めて、組み立て直していった。
「山岳地帯での、輸送には、馬だけでなく、人力での運搬も、組み合わせる必要があるな」
レオンは、これまでの知識を総動員しながら、緻密な計画を、練り上げていった。
ある日、レオンは、久しぶりに、父グランへの手紙を書いた。
『父上
ついに、東方との戦争が、避けられない状況になりました。これまでの、対話の努力が、実を結ばなかったことが、悔しくてなりません。
ですが、今は、目の前の戦いに、全力を尽くすしかありません。父上から教わった、兵站の思想——それを胸に、この戦いに、臨みます』
数日後、父からの返信が届いた。
『レオンへ
戦争が始まることは、確かに、無念だ。だが、お前が、これまで積み重ねてきた、対話への努力——それは、決して、無駄ではなかったはずだ。
戦争の中でも、お前の、兵站の思想——戦場だけでなく、それを支える、すべての人々を見る視点——それを、忘れずにいてくれ。
そして、一つだけ、覚えておけ。どれだけ厳しい戦いになっても、最後まで、兵士たちを、生かすことを、第一に考えるんだ』
レオンは、その手紙を、何度も読み返した。父の言葉には、長年の経験に裏打ちされた、確かな重みがあった。
(兵士たちを、生かす——それが、俺の、変わらない役割だ)
その決意を、改めて胸に刻みながら、レオンは、来るべき、最後の戦争への準備を、着実に進めていった。
帝都の空に、これまでとは違う、重く、しかし、確かな決意に満ちた、新たな日々が、始まろうとしていた。
レオンの、これまでのすべての経験が試される、最大の戦いが、いよいよ、幕を開けようとしていた。




