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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
帝都・改革編

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第90話 崩れゆく均衡

 新たな協力の枠組みが、正式に発足してから、三ヶ月が過ぎていた。


「情報共有の仕組み、順調に機能しています」


 局での定例報告に、レオンは、確かな手応えを感じていた。両国の穏健派による、定期的な意見交換——それは、これまでの対話の中でも、最も、実りある成果の一つだった。


「ガルベイン将軍側からも、前向きな反応が、続いているんだな」アレクシスが、確認するように言った。


「ああ」レオンは頷いた。「国内の、過激派の動きについても、以前より、詳細な情報が、共有されるようになってきている」


 この穏やかな進展に、レオンは、わずかながらも、確かな希望を抱き始めていた。士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での改革、そして、この、東方との困難な対話——それらすべての経験が、ようやく、本当の意味で、実を結び始めているように思えた。


 だが、その希望は、ある日、再び、大きく揺らぐことになった。


「緊急事態です」


 局に駆け込んできた伝令の表情は、以前の、あの夜の報告を、否応なく思い起こさせるものだった。


「今度は、何が」レオンは、強い緊張と共に、尋ねた。


「ガルベイン将軍が、暗殺されました」


 その報告に、レオンは、言葉を失った。


「……暗殺?」


「詳細は、まだ、確認中です。ただ、国内の、過激派による犯行の可能性が、高いとの情報です」


 レオンは、すぐに、アレクシスのもとへ向かった。


「聞いたか」


「ああ」アレクシスの表情にも、これまでにない、深刻な緊張が浮かんでいた。「将軍が、暗殺されたとなれば——」


「これまでの、対話の相手そのものが、失われた、ということだ」レオンは、重い声で言った。


 数日後、リュネス帝国の新たな指導者が、明らかになった。それは、以前から、強硬派の中核を担っていた、より過激な人物だった。


「新指導者、即座に、全面的な軍備増強を、宣言しています」


 報告を受けたレオンは、これまでの、長い努力が、根底から、覆されようとしている現実に、深い絶望に近い感情を覚えた。


「これまでの、共同監視体制は——」


「新指導者は、その枠組み自体を、否定しています」アレクシスは、険しい表情で言った。「これまでの対話は、すべて、『軟弱な融和政策』として、切り捨てられた」


 レオンは、これまでの、すべての努力——皇帝からの問い、使節団としての交渉、非公式な対話の積み重ね、共同調査、そして、新たな協力の枠組み——それらが、一人の人物の暗殺という、自分たちにはどうにもできない出来事によって、崩れ去ろうとしている現実に、深い無力感を覚えていた。


「俺たちの、これまでの努力は、無駄だったのか」


 レオンは、思わず、そんな言葉を漏らした。


「そうは、思わない」アレクシスは、はっきりと言った。「これまでの対話が、積み重ねてきたもの——それは、簡単には、消えない。だが——」


「だが?」


「今は、現実を、直視する必要がある」アレクシスは、重い声で言った。「新指導者が、本当に、全面的な戦争を、望んでいるなら、我々は、それに、備えなければならない」


 レオンは、その言葉に、重く頷いた。これまで、必死に避けようとしてきた、最悪の事態——それが、今、現実のものとして、目の前に迫ろうとしていた。


 数週間後、国境付近で、これまでとは、明らかに規模の違う、リュネス帝国軍の大規模な展開が、確認された。


「これは……」


 報告書を前に、レオンは、これまでの、すべての分析と経験を、改めて総動員しようとしていた。だが、今回の事態は、これまでの、どの局面とも、異なるものだった。


「軍務省から、正式な、緊急会議の招集です」


 その知らせに、レオンとアレクシスは、重い足取りで、会議室へと向かった。


「状況は、お前たちも、把握している通りだ」軍務大臣は、これまでにない、厳しい表情で、会議を切り出した。「リュネス帝国、新指導者の下、明確な、軍事的な圧力を、強めている」


「開戦の可能性は——」誰かが、そう尋ねた。


「もはや、可能性ではない」軍務大臣は、重く言った。「皇帝陛下は、すでに、全軍への、動員準備の指示を、出されている」


 その言葉に、会議室に、重い沈黙が落ちた。


 レオンは、これまでの、長い戦い——士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での改革、そして、東方との対話——それらすべての経験の先に、ついに、避けられない、最大の試練が、待ち構えていることを、確かに、悟っていた。


 (軍を強くすることと、戦争を減らすこと——その両立を、目指してきた。だが——)


 今、その均衡が、崩れ去ろうとしていた。


 帝都の空に、これまでとは比較にならない、重く、暗い影が、確かに、広がり始めていた。


 最後の戦争——その足音が、ついに、帝国全土に、響き渡ろうとしていた。

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