第89話 新たな枠組み
共同調査の結果を携え、帝都に戻ったレオンとアレクシスは、すぐに、軍務省への報告を行った。
「過激な勢力への、共同監視体制——この提案、興味深い」軍務大臣は、報告書に目を通しながら、慎重に言った。「だが、実現には、多くの課題がある」
「承知しております」レオンは答えた。「ですが、今回の襲撃事件が示したように、両国の対立という構図だけでは、説明できない脅威が、確かに存在します」
「ガルベイン将軍側も、同様の懸念を、抱えているということだな」
「はい」レオンは頷いた。「将軍自身、国内の統制に、苦慮しているようです」
軍務大臣は、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「この提案、皇帝陛下にも、お伝えする必要があるだろう」
数日後、レオンとアレクシスは、再び、皇帝への謁見の機会を得た。
「共同監視体制、という、新たな提案だな」皇帝は、報告を聞いた後、静かに言った。
「はい、陛下」レオンは、緊張しながら答えた。「国家間の対立という視点だけでなく、双方の、穏健な勢力が協力することで、過激な動きを、未然に抑え込める可能性があると考えております」
皇帝は、しばらく、レオンを見つめていた。
「以前、お前に、投げかけた問いを、覚えているか」
「はい。軍を強くすることと、戦争を減らすこと——どちらが、帝国を守るのか、という問いです」
「お前の、今回の提案——それは、その問いへの、一つの答えになっているように、思えるな」皇帝は言った。
「まだ、完成された答えとは、言えません」レオンは、正直に答えた。「ですが、力だけでも、対話だけでも、この複雑な現実には、対応しきれないのではないかと」
「両方を、状況に応じて、柔軟に組み合わせる、ということか」
「はい」
皇帝は、小さく頷いた。
「この提案、正式に、検討を進めよ」皇帝は、はっきりと言った。「ただし——」
「ただし?」
「油断はするな」皇帝は、厳しい表情で続けた。「今回の一件は、辛うじて、乗り越えられた。だが、この均衡は、極めて、脆いものだ。次に、同じような事態が起きた時、必ずしも、同じように、収められるとは限らない」
「肝に銘じます」
謁見を終えたレオンは、これまでの、長い戦いの、確かな前進を感じながらも、皇帝の警告の重みを、改めて噛み締めていた。
その後、両国の間で、過激な勢力への、共同監視体制の構築に向けた、具体的な協議が、慎重に進められていくことになった。
「これまでの、哨戒部隊間の連絡体制に加えて、より広範な、情報共有の枠組みが、必要になるな」
局での作業を進めながら、レオンは、アレクシスに、そう話した。
「国内の、強硬派の説得も、引き続き、必要になる」アレクシスは言った。「今回の提案、理解を示す貴族も、増えてきてはいるが」
「一筋縄ではいかない、ということだな」
「ああ」
数ヶ月をかけて、レオンたちは、この新たな枠組みの、具体的な制度設計を、進めていった。情報共有の手続き、緊急時の対応プロトコル、そして——両国の、穏健派の軍人や外交官同士が、定期的に、意見交換を行う場の設置。
「少しずつだが、形になってきているな」
ある日、これまでの成果をまとめながら、レオンは、確かな手応えを感じていた。
「この枠組みが、本当に、機能するかどうか——それは、これからの、試練次第だろうな」アレクシスは、慎重に言った。
レオンは、その言葉に、頷いた。これまでの、長い道のり——南方戦線、帝都での改革、そして、東方との、この困難な対話——それらすべての経験が、今、この、新たな枠組みへと、結実しようとしていた。
だが、レオンの中には、まだ、漠然とした不安も、残っていた。皇帝の警告——「この均衡は、極めて脆い」——その言葉が、何度も、レオンの頭をよぎっていた。
(次に、何か起きた時、本当に、乗り越えられるんだろうか)
帝都の空の下、新たな協力の枠組みが、着実に、形になりつつあった。だが、その先に、本当に、平和な未来が待っているのか——その答えは、まだ、誰にも、分からなかった。
レオンの戦いは、これまでとは違う、新たな、そして、まだ見ぬ試練へと、静かに、しかし確実に、近づいていた。




