第88話 現地にて
共同調査団の派遣が正式に決定されたのは、それから数日後のことだった。
「調査団には、お前にも、同行してもらいたい」
軍務大臣からの要請に、レオンは、改めて、その重責を噛み締めた。
「光栄です」
「今回は、これまで以上に、慎重な対応が求められる」軍務大臣は言った。「この調査の結果次第で、開戦か、それとも、対話の継続か——帝国の、今後の方針が、大きく左右される」
調査団は、帝国側の軍事専門家、外交官、そして、レオンを含む、少数精鋭の一団で構成された。リュネス帝国側も、同様の調査団を派遣し、両国合同での、現地調査が行われることになった。
「国境の、襲撃現場へ向かうのは、これで、何度目だろうな」
現地へ向かう道中、レオンは、ふと、そんな感慨を漏らした。
「南方戦線、そして、今回——お前の役割は、常に、現地の実態を、正確に見極めることだったな」アレクシスは、今回も、政務局の立場から、調査団に同行していた。
「数字と、現場の実態——その両方を、正確に把握しなければ、正しい判断はできない」レオンは言った。「士官学校時代から、変わらない信念だ」
襲撃現場に到着した一行は、まず、現地の状況を、詳細に調査し始めた。
「襲撃部隊の規模、装備、そして、残された痕跡——これらを、丁寧に検証していきます」
帝国側の軍事専門家が、調査の方針を説明した。リュネス帝国側の調査団も、同様に、現地の検証を進めていった。
数日間の調査の結果、レオンたちは、いくつかの重要な事実に、辿り着いた。
「襲撃部隊の装備、リュネス帝国の正規軍のものとは、明らかに異なります」軍事専門家が、報告した。「むしろ、旧式の、かつての軍備に近いものです」
「ガルベイン将軍の説明と、一致するな」レオンは言った。「旧体制派の、独自の行動という説明は、この装備の違いからも、裏付けられる」
リュネス帝国側の調査団も、同様の結論に、達していた。
「我々の調査でも、同じ結果が出ている」リュネス側の責任者が、認めた。「実行者たちは、すでに、将軍の命令により、拘束されている」
この共同調査の結果は、両国にとって、重要な意味を持つものだった。
「少なくとも、この一件については、組織的な攻撃ではなかった、ということが、確認できたな」レオンは、安堵の息をついた。
「だが、まだ、完全な信頼回復には、程遠い」アレクシスは、慎重に言った。「国内の、過激な勢力が、依然として、存在しているという事実——それ自体が、新たな不安材料でもある」
レオンは、その指摘に、頷いた。
「ガルベイン将軍の、統制力そのものが、問われている、ということだな」
調査団の帰路、レオンは、現地で得た情報を、改めて整理していた。
「この調査結果を、どう、今後の方針に、繋げるべきだろうか」
「まず、両国間で、過激な勢力への、共同での監視体制を、構築することを、提案すべきだと思う」レオンは、アレクシスに、自分の考えを伝えた。「将軍の統制が及ばない勢力の存在——それは、双方にとって、共通の脅威だ」
「共通の敵を、見出す、ということか」
「そうだ」レオンは、頷いた。「国家同士の対立という、構図だけでなく、双方の、穏健な勢力が、協力して、過激な動きを、抑え込む——そういう枠組みが、必要なんじゃないか」
アレクシスは、この提案に、しばらく考え込んだ後、頷いた。
「悪くない視点だ。帝都に戻ったら、正式に、提言しよう」
帝都への帰路、レオンは、これまでの、長い戦いの、新たな局面を、改めて、実感していた。戦争か、対話か——その二者択一ではなく、双方の国内の、穏健な勢力同士が、手を取り合うという、新たな可能性。
(これも、一つの、答えの形なのかもしれないな)
皇帝から投げかけられた、あの重い問い——「軍を強くすることと、戦争を減らすこと」——その答えは、単純な、どちらか一方の選択ではなく、より複雑で、より繊細な、バランスの中にあるのかもしれない。
帝都の空に、これまでとは違う、新たな希望の光が、わずかに、差し込み始めていた。だが、その光が、本当に、戦争という、最悪の結末を、避けることに繋がるのか——その答えは、まだ、完全には、見えていなかった。
レオンの戦いは、これまでとは違う、新たな局面へと、着実に進み続けていた。




