第87話 三日間の答え
一日目は、ただ、重苦しい沈黙の中で過ぎていった。
「まだ、何の返答もないのか」
局で、レオンは、焦燥を抑えきれずにいた。
「ケイレブ殿からの連絡網、最大限、急がせています」アレクシスは、努めて冷静に言った。「だが、国境を越えての情報伝達には、どうしても、時間がかかる」
二日目、帝都の空気は、さらに緊迫を増していた。
「強硬派の貴族たち、すでに、動員の準備を、水面下で進めているとの情報です」
アレクシスからの報告に、レオンは、強い焦りを感じた。
「まだ、期限は、来ていないはずだ」
「正式な決定は、まだだ」アレクシスは言った。「だが、万が一に備えて、準備を進めるのは、軍としては、自然な動きでもある」
レオンは、この状況に、これまでにない、重い緊張を感じていた。これまでの、士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での改革——それらすべての経験が、今、この、三日間という、極めて限られた時間の中で、試されようとしていた。
そして、三日目の朝——
「返答が、届きました!」
局に駆け込んできた、伝令の声に、レオンは、飛びつくようにして、その書状を受け取った。
震える手で、封を開ける。中身を読み進めるレオンの表情が、次第に、変化していった。
「……これは」
「どうだった」アレクシスが、緊張しながら尋ねた。
「襲撃は、ガルベイン将軍の、意図したものではなかった」レオンは、書状を読み上げた。「実行したのは、将軍の統制を離れた、旧体制派の、一部の軍人たちによるものだと」
「将軍は、どう対応すると?」
「実行者たちを、速やかに拘束し、処罰する、と明言している」レオンは、続けた。「そして——共同での、事実確認調査を、受け入れる、との回答だ」
その言葉に、局内に、わずかな安堵の空気が広がった。
「本当に、信じていいのか」アレクシスは、慎重な姿勢を崩さなかった。
「断定はできない」レオンは、正直に言った。「だが、これまでの、非公式な対話の積み重ね——それが、この、迅速な対応に、繋がった可能性は、十分にある」
レオンは、すぐに、この返答を携え、軍務省での、緊急会議へと向かった。
「ガルベイン将軍側からの、正式な回答です」レオンは、書状を提示しながら、説明した。「襲撃は、将軍の統制を離れた、独断行動であり、実行者の処罰と、共同調査の受け入れを、表明しています」
この報告に、会議の場は、改めて、意見が分かれた。
「言葉だけでは、信用できん」強硬派の一人が、鋭く言った。「実際に、処罰が行われるまで、信じるわけにはいかない」
「おっしゃる通りです」レオンは、冷静に応じた。「ですから、共同調査を、受け入れていただきたいのです。実際の処罰の過程を、こちらの目で、確認できます」
「もし、それが、時間稼ぎのための、口先だけの約束だったら?」
「その可能性も、確かにあります」レオンは、正直に認めた。「ですが、だからこそ、拙速に、報復へと踏み切るのではなく、まず、相手の言葉が、本当かどうか——それを、見極める機会を、持つべきだと思います」
軍務大臣は、しばらくの間、沈黙していた。
「……ヴァイス卿の提案、一理ある」軍務大臣は、ようやく、そう言った。「共同調査団の派遣を、正式に、検討しよう」
この決定に、強硬派の貴族たちからは、不満の声も上がった。だが、少なくとも、即座の開戦という、最悪の事態は、辛うじて、回避されることになった。
会議を終えたレオンは、深い疲労と共に、確かな安堵を感じていた。
「綱渡りだったな」アレクシスが、小さく息を吐きながら言った。
「ああ」レオンは、頷いた。「だが、まだ、終わったわけじゃない」
「共同調査の結果次第、ということか」
「そうだ」レオンは、気を引き締めるように言った。「もし、この調査で、ガルベイン将軍側の説明が、裏付けられなければ——」
「今度こそ、戦争は、避けられないかもしれない」
二人は、その重い現実を、改めて、噛み締めていた。
帝都の空に、これまでとは違う、張り詰めた静けさが、広がっていた。三日間の危機は、辛うじて、乗り越えられた。だが、その先に待つ、共同調査という、新たな試練——その結果が、帝国の運命を、大きく左右することになる。
レオンの、戦争回避への戦いは、まだ、終わっていなかった。




