第8話 荷を運ぶ者たち
数日後、兵站学の授業で新たな課題が発表された。
「前回の計画書を基に、今度は実地演習を行う」教官が告げた。「各自の計画を、実際に荷車を動かして検証する。荷車引き役は、下級生の中から志願者を募った」
演習場に集められたのは、二十台の荷車と、それを引く下級生たち。護衛役として上級生も何名か配置されている。天候や道の状態も、実際の行軍に近い条件で設定されていた。
レオンの計画書は、教官から高い評価を受けていたこともあり、実地演習でも彼の計画が採用されることになった。
「では、ヴァイスの計画に従って進めてみよう」
レオンは荷車引き役の下級生たちの前に立った。緊張した面持ちの少年少女たちが、こちらを見ている。
(前回の失敗を繰り返すわけにはいかない)
レオンは、計画書の説明を始める前に、まず一つ質問をした。
「お前たち、この演習で何が一番不安だ?」
唐突な質問に、下級生たちは戸惑った様子だった。だが、一人がおずおずと手を挙げた。
「……荷車が壊れたらどうなるのか、気になります。修理の道具、持って行っていいんですか?」
「いい質問だ」レオンは頷いた。「修理道具は各荷車に積んである。壊れたら、その場で直せ。無理に進もうとするな。壊れた荷車を引きずって進むより、直してから進んだ方が結局早い」
別の下級生が続けて尋ねた。
「途中で疲れたら、休んでいいんですか?」
「聞くまでもない。無理して倒れられたら、こっちが困る。定時休憩は計画に組み込んである。それ以外でも、限界を感じたら遠慮なく言え」
レオンはさらに続けた。
「今回の行軍で、一番危ない区間は、演習場の東側にある狭い山道だ。護衛の数を厚くしてある。何かあったら、すぐに声を上げろ。誰も、お前らを置き去りにはしない」
下級生たちの表情が、わずかに和らいだのが分かった。
(数字の計画を説明する前に、まず不安を取り除く。これは……親父のやり方だ)
実際に行軍が始まると、レオンは自分の立てた計画通りに、部隊を進めていった。休憩のタイミング、荷車の点検、護衛の配置——すべてが計算通りに機能していた。
途中、山道に差し掛かったところで、一台の荷車の車輪が石に乗り上げ、軋んだ音を立てた。
「止まれ! 車輪を確認しろ!」
レオンの指示に、荷車引きの少年が慌てて車輪を確認する。
「ひ、ひびが入ってます……!」
「修理道具はあるな。護衛、周囲を警戒しろ。他の荷車は先に進んでいい」
混乱が起きるかと思われたが、下級生たちは驚くほど落ち着いて対処していた。事前に「壊れたらどうするか」を共有していたため、誰もパニックにならずに済んだのだ。
修理が終わり、行軍は再開された。予定より多少の遅れは出たが、大きな混乱もなく、部隊は目的地に到着した。
「……到着しました」
荷車引きの少年が、疲れた様子ながらも、達成感のある表情で報告した。
演習を見守っていた教官とガレスが、静かに近づいてきた。
「……見事だ」教官が言った。「予定との誤差は許容範囲内。何より、途中のトラブルへの対応が、実に落ち着いていた」
ガレスがレオンに視線を向けた。
「今回は、前と違うな」
「……はい」レオンは正直に答えた。「事前に、彼らの不安を聞きました。壊れたらどうするか、疲れたらどうするか、危険な区間はどこか——それを先に共有しておいたら、実際に何かあっても、パニックにならずに済みました」
「なぜ、それに気づいた?」
「教官に言われたことを、考えました。数字の裏には、必ず人がいるって」
ガレスは、珍しく小さく笑みを浮かべた。
「……悪くない成長だ」
演習後、荷車引きを務めた下級生の一人が、レオンのところに礼を言いに来た。
「あの、ありがとうございました。最初は緊張してたんですけど、レオン先輩が色々説明してくれたおかげで、安心して進めました」
「別に、特別なことはしてない」
「そうですか? でも、他の班の先輩たちは、計画の数字を説明するだけで、こっちの不安には答えてくれなかったって、同期が言ってました」
その言葉に、レオンは小さな手応えを感じた。
(作戦の正しさだけじゃない。それを実行する人間に、安心を与えることも、指揮官の仕事の一部なんだな)
夕方、寮への帰り道。トーマが並んで歩きながら言った。
「聞いたぞ、今回の演習、評判いいらしいな」
「まあ、それなりに」
「模擬戦での負けを、ちゃんと次に活かしてるじゃないか」
「……たまたまだ」
「そういうところ、素直じゃないよな、お前」トーマは笑った。
レオンは苦笑しながらも、心の中では確かな変化を感じていた。数字だけを追い求めていた頃とは、少し違う視点が芽生え始めていた。
だがこの時のレオンには、まだ分かっていなかった。
「計画通りに人を動かす」ことと、「予想もしない状況で人を動かす」ことは、また別の壁だということを。
その壁は、思いのほか早く、レオンの前に立ちはだかることになる。




