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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
帝都・改革編

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第85話 細い糸

 非公式な接触の試みは、慎重に、しかし、着実に進められていった。


 ケイレブの伝手を通じて、国境を越えて活動する複数の商人たちが、レオンとガルベイン将軍側との、間接的な橋渡し役を、担うことになった。


「相手側からの、最初の反応です」


 数週間後、ケイレブを通じて、最初の返答が届いた。レオンは、緊張しながら、その内容を確認した。


 『ガルベイン将軍側、非公式な対話に、一定の関心を示している。ただし、条件がある。表向きの、軍備増強の方針は、当面、変えられない。それでも良ければ、民間レベルでの、情報交換から、始めたいとのことだ』


「……表の姿勢と、裏の意図を、使い分けているわけか」アレクシスは、この返答を見て、そう分析した。


「国内の、強硬派を抑えるためには、それが、必要なんだろう」レオンは言った。「俺たちも、同じような状況にある」


「お互いに、国内事情を抱えながら、対話を模索する、ということか」


「まずは、小さな一歩からだ」レオンは言った。「民間レベルでの、情報交換——それが、信頼を取り戻す、最初の手がかりになるかもしれない」


 この提案を受け、レオンたちは、慎重に、非公式な情報交換の枠組みを、構築し始めた。表向きは、商業的な取引に関する情報交換という体裁を取りながら、実際には、双方の、軍事的な意図や、懸念事項を、間接的に、伝え合う仕組みだった。


「こちら側からは、どのような情報を、提供すればいい?」アレクシスが尋ねた。


「機密性の高い、具体的な軍事情報は、避けるべきだ」レオンは、慎重に言った。「だが、こちらが、積極的な侵攻を、意図していないという、基本的な姿勢は、明確に伝える必要がある」


 数ヶ月にわたり、この非公式な情報交換は、少しずつ、積み重ねられていった。


「向こう側からの情報、少しずつだが、有益なものが、増えてきている」


 ある日、レオンは、これまで集めた情報を、整理しながら、そう報告した。


「ガルベイン将軍自身の、立場についても、見えてきたか」アレクシスが尋ねた。


「ああ」レオンは言った。「どうやら、将軍自身は、全面的な戦争を、望んでいるわけではないようだ。だが、国内の、より過激な勢力——特に、以前の政変で、権力を失った、穏健派への反発が強い、旧体制派の一部——彼らを、抑えるために、強硬な姿勢を、取らざるを得ない状況にあるらしい」


「複雑な、国内政治の事情があるわけだな」


「ああ。この国の皇帝陛下も、似たような立場にあるのかもしれない」レオンは、ふと、そんな考えを口にした。「本音では、戦争を避けたいと思っていても、国内の様々な圧力の中で、強い姿勢を、示さざるを得ない」


 その言葉に、アレクシスは、しばらく考え込んだ。


「お前の、その視点——敵も、味方も、単純な善悪では、割り切れない、という考え方——それが、ここでも、活きているな」


「南方戦線で、学んだことだ」レオンは言った。「サルディア連合も、単純な悪役じゃなかった」


 この地道な情報交換を通じて、レオンたちは、少しずつ、ガルベイン将軍側との、間接的な信頼関係を、築き始めていった。


 だが、その努力は、決して、平坦な道のりではなかった。


「ヴァイス殿、国境付近での、新たな動きが、報告されています」


 ある日、緊迫した報告が、レオンのもとに届いた。


「どのような動きだ」


「リュネス帝国側、国境付近での、部隊の再配置が、確認されました」


 レオンは、地図を広げ、その配置の意味を、慎重に分析した。


「これは……攻勢の準備、というより、防衛線の再構築のように見える」レオンは、慎重に判断した。「ただ、額面通りに、受け取っていいものか」


「どちらとも、断定できない、ということか」


「ああ」レオンは、険しい表情で言った。「この動きの意図を、正確に、見極める必要がある」


 レオンは、この新たな展開を、すぐに、ケイレブを通じて、ガルベイン将軍側へ、問い合わせることにした。数日後、返答が届いた。


 『部隊の再配置、国内の、過激派の動きを抑えるための、防衛的措置である。これ以上の、積極的な行動は、意図していない』


 この返答に、レオンは、わずかな安堵を覚えた。だが、同時に、この言葉を、そのまま鵜呑みにすることの危険性も、十分に理解していた。


「信じるべきか、どうか——」


「慎重に、だが、対話の可能性を、諦めるべきじゃない」アレクシスは言った。「これまでの、お前の分析と、積み重ねてきた信頼——それを、簡単に、手放すべきじゃない」


 レオンは、その言葉に、改めて、決意を固めた。


 戦争を避けるための、この細い糸のような対話——それを、どこまで、保ち続けられるか。レオンとアレクシス、そして、帝国全体の運命が、この、危うい均衡の上に、揺れ動いていた。


 帝都の夜空の下、レオンは、まだ見ぬ、戦争という、最も大きな試練への、静かな、しかし確かな覚悟を、新たにしていた。

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