第84話 最後の説得
東方からの政変の報せは、帝都の政治状況を、急速に変え始めていた。
「軍備増強を求める声が、日に日に、強まっています」
アレクシスの報告に、レオンは、重い気持ちで頷いた。
「強硬派の貴族たち、今回の政変を、『対話路線の失敗の証拠』として、利用しているわけだな」
「その通りだ」アレクシスは言った。「これまで、私たちが積み重ねてきた成果を、根底から、否定しようとする動きもある」
レオンは、この状況に、強い危機感を覚えていた。だが、ここで、対話の努力を諦めるわけにはいかなかった。
「哨戒部隊間の連絡体制、まだ、機能しているんだな」レオンは、改めて確認した。
「かろうじて、な」アレクシスは言った。「だが、リュネス側の新体制が、いつ、この体制を、破棄するか分からない」
レオンは、この危うい均衡を、少しでも長く保つため、改めて、精力的に動き始めた。
「新体制の実権を握った人物について、分かっていることは?」
「ガルベイン将軍、という人物だ」アレクシスは言った。「元々、軍の強硬派を率いていた人物で、以前の穏健派の政策に、強く反発していたらしい」
「接触する方法は、あるか」
「正式な外交ルートでは、今は、ほとんど機能していない」アレクシスは、厳しい表情で言った。「向こうが、対話そのものを、拒絶している状況だ」
レオンは、この状況に、改めて、これまでの経験を振り返った。南方戦線での、様々な困難、帝都での、デルモン子爵との知恵比べ——それらを通じて、レオンは、正面からの道が閉ざされた時、別の角度から、物事を動かす方法を、学んできた。
「商人のネットワークは、どうだろうか」レオンは、ふと、思いついたように言った。
「商人の?」
「正式な外交が機能しなくても、商業的な繋がりは、まだ、残っているはずだ」レオンは言った。「ケイレブさんのような、国境を越えて活動する商人たちなら、何か、非公式な接触の糸口を、見つけられるかもしれない」
アレクシスは、しばらく考えた後、頷いた。
「試す価値はあるな」
レオンは、すぐに、ケイレブへの手紙をしたためた。これまでの、南方戦線での繋がりを、改めて頼る形だった。
数週間後、ケイレブから、思いがけない返信が届いた。
『レオン殿
ガルベイン将軍について、いくつか情報を得た。彼は、強硬な姿勢を取ってはいるが、完全に、対話を拒絶しているわけではないようだ。むしろ、国内の、より過激な勢力を抑えるために、あえて、強硬な姿勢を、表向きに示している可能性がある。
商人を通じた、非公式な接触であれば、応じる余地があるかもしれない。詳細は、同封の書状を参照してほしい』
レオンは、この情報に、わずかな希望を見出した。
「ガルベイン将軍、必ずしも、対話を拒絶しているわけではない、ということか」
「だとすれば、まだ、可能性は残っているな」アレクシスは、慎重に言った。
この情報を基に、レオンとアレクシスは、ヴェルニエ局長、そして、軍務大臣に、改めて、非公式な接触の可能性を、提言することにした。
「商人を介した、非公式な対話か」軍務大臣は、提案を聞いて、しばらく考え込んだ。「リスクは、あるが……今の状況では、正式なルートが、機能していない以上、試す価値はあるかもしれない」
この提言は、慎重な検討の末、正式に承認されることになった。
「ただし」軍務大臣は、釘を刺すように言った。「これは、あくまで、非公式な、情報収集の範囲に留める。正式な交渉の再開には、さらに、慎重な手順が必要だ」
「承知しました」
レオンは、この新たな任務に、改めて、気を引き締めた。これまでの、様々な困難を乗り越えてきた経験——南方戦線での不正告発、帝都でのデルモン子爵との戦い、そして、東方での交渉——それらすべてを、この、最も重要な局面で、活かさなければならなかった。
「必ず、対話の糸口を、見つけ出す」
その夜、レオンは、アレクシスと共に、改めて、決意を新たにしていた。
「軍備を増強する動きと、対話の可能性を探る動き——同時に、両方を進めることになるな」アレクシスは言った。
「それこそが、俺たちが、ずっと目指してきたことだ」レオンは言った。「力と、対話——その両方を、諦めない」
帝都の夜空の下、レオンとアレクシスの、新たな、そして、これまでで最も困難な戦いが、静かに、始まろうとしていた。
戦争を避けるための、最後の努力——それが、果たして、実を結ぶのか。その答えは、まだ、誰にも、分からなかった。




