第76話 静かな反応
会談から数日、帝都には、これまでとは違う、落ち着いた空気が流れ始めていた。
「リュネス帝国側、国境付近の演習規模を、縮小したとの報告です」
アレクシスからもたらされた知らせに、レオンは、確かな安堵を覚えた。
「本当に、効果があったのか」
「断定はできない」アレクシスは、慎重に言った。「だが、少なくとも、あの会談の後、具体的な動きがあったことは、事実だ」
レオンは、この進展に、これまでの努力が、無駄ではなかったという、静かな手応えを感じていた。だが同時に、これが、本当の意味での解決に繋がるのか、まだ、確信は持てずにいた。
「次の段階は?」レオンは尋ねた。
「正式な、外交使節団の派遣が、検討されているそうだ」アレクシスは言った。「今回のような、非公式な接触ではなく、両国の正式な関係として、対話の枠組みを、構築しようという動きだ」
「大きな一歩だな」
「ああ」アレクシスは頷いた。「だが、同時に、慎重に進める必要もある。急ぎすぎれば、国内の、強硬派からの反発も、予想される」
レオンは、その指摘に、改めて、この問題の複雑さを、実感していた。軍事的な緊張を緩和することは、単に、外交的な対話だけで解決するものではない。国内の、様々な立場の人間の思惑も、絡み合っていた。
その日の夕方、レオンは、ヴェルニエ局長から、思いがけない話を聞くことになった。
「軍務省内で、お前の処遇について、新たな話が出ている」
「処遇、というのは?」
「軍備と外交の両立、という視点を、今後も、継続的に、軍務省の政策に反映させるため、専門の部署を新設する構想があるそうだ」ヴェルニエは言った。「そして、お前に、その部署の中心的な役割を、担ってほしいという話が、上がっている」
レオンは、その話に、驚きを隠せなかった。
「局の改革は、まだ、途中です」
「心配するな。この局での仕事は、新たな人材に、引き継ぐ準備を進めている」ヴェルニエは言った。「お前には、より大きな役割が、期待されている、ということだ」
レオンは、この新たな展開に、複雑な感情を抱いていた。これまで積み重ねてきた、局での改革——それを離れることへの、わずかな未練と、同時に、より大きな場で、自分の経験を活かせるかもしれないという、確かな期待。
その夜、レオンは、アレクシスに、この話を伝えた。
「軍備と外交を、両立させるための、専門部署、か」アレクシスは、興味深そうに言った。「お前にとって、ふさわしい役割かもしれないな」
「お前は、どう思う」
「賛成だ」アレクシスは、迷いなく言った。「お前のこれまでの経験——南方戦線での実戦、局での改革、そして、今回の会談での分析——それらすべてが、この新しい役割に、活かせるはずだ」
「お前は、どうするつもりだ」
「私は、引き続き、政務局で、貴族社会との調整を担う」アレクシスは言った。「だが、お前の新しい部署とは、密接に、連携していくことになるだろう」
レオンは、この新たな展開に、確かな決意を固め始めていた。
数日後、正式な辞令が下った。
「軍備・外交調整局、新設。局長には、ヴェルニエ前軍需輸送管理局長が就任し、お前には、局次長として、実務を取り仕切ってもらう」
この異例の人事に、局内でも、様々な反応が巻き起こった。
「若くして、局次長とはな」
「しかし、南方戦線や、あの改革の実績を考えれば、納得できる話だ」
様々な声が飛び交う中、レオンは、改めて、この新たな使命の重さを、実感していた。
「局次長、ですか」
新しい局の初日、レオンは、改めて、ミハイルとコレットにも、この異動を伝えた。
「おめでとうございます」ミハイルは、心から祝福するように言った。
「寂しくなりますが」コレットも、温かい笑顔を見せた。「ヴァイス殿なら、きっと、新しい場所でも、うまくやっていけると思います」
「お前たちとの仕事も、これまでで、一番、やりがいのあるものだった」レオンは、素直な気持ちを伝えた。「本当に、ありがとう」
新しい局での仕事は、これまで以上に、広範で、複雑なものになることが、容易に予想された。軍事的な分析、外交的な視点、そして、これまでの経験すべてを総動員する必要がある、重責だった。
(軍を強くすることと、戦争を減らすこと——この二つを、本当に、両立させられるのか)
皇帝から投げかけられた、あの重い問いが、改めて、レオンの中で、新たな意味を持ち始めていた。この新しい局での仕事こそが、その問いへの、具体的な答えを、見出すための、確かな一歩になるのかもしれなかった。
帝都の空の下、レオンの新たな戦いが、静かに、しかし確実に、始まろうとしていた。




