第75話 会談の間にて
会談の日は、曇り空の下、静かに訪れた。
帝都の宮殿内、普段は使われることのない、外交用の一室に、レオンは、アレクシスと共に、案内されることになった。
「緊張しているか」
控えの間で、アレクシスが、小声で尋ねてきた。
「正直、かなり」レオンは、正直に答えた。「士官学校時代の模擬戦より、よっぽど緊張する」
「それだけ、重要な場だということだ」アレクシスは言った。「だが、お前がやるべきことは、これまでと変わらない。事実と数字を、正確に、冷静に示すことだ」
レオンは、その言葉に、小さく頷いた。これまでの戦い——南方戦線での不正告発、局での改革——それらと、本質的には、変わらない。ただ、この場の重みが、これまでとは、桁違いに大きいだけだった。
やがて、会談の時間が訪れた。
部屋の中央には、長い机を挟んで、両国の代表が、向かい合って座る形が整えられていた。帝国側は、軍務大臣を筆頭に、外交を担当する高官たち、そして、末席に、レオンとアレクシスが控えていた。
リュネス帝国側の使者が、部屋に入ってきた。
先頭に立つのは、初老の、落ち着いた佇まいの外交官だった。その後ろに、数名の随行員が続く。
「ヴァルディア帝国の皆様、此度は、このような機会を、設けていただき、感謝申し上げる」
使者は、流暢な共通語で、丁寧に挨拶を述べた。
「こちらこそ、歓迎する」軍務大臣が、形式的な挨拶を返した。
儀礼的なやり取りの後、会談は、徐々に、本題へと移っていった。
「単刀直入に、申し上げよう」使者は、落ち着いた口調で切り出した。「両国の国境付近における、昨今の軍備増強、これは、双方にとって、望ましい状況とは、言えないのではないか」
「それは、どちらが、先に始めたことか、という話にもなるが」軍務大臣は、慎重に応じた。
「過去の経緯を、今ここで、議論するつもりはない」使者は言った。「重要なのは、これから、どうするか、ということだ」
レオンは、この応酬を、緊張しながら見守っていた。これまでの分析——リュネス帝国側も、財政的な負担を抱えているという推測——それが、どのように、この交渉に影響するのか、固唾を呑んで見極めようとしていた。
会談が進む中、使者の一人が、ふと、こちらの陣営に目を向けた。
「失礼だが」その使者は言った。「末席におられる、お若い方々は、どのような、お立場で?」
軍務大臣が、レオンとアレクシスを、簡単に紹介した。
「南方戦線での、兵站管理の実績、そして、帝都での軍需改革——両名とも、若くして、確かな功績を上げている人材だ」
その紹介に、使者の一人が、興味深そうな視線を、レオンに向けた。
「兵站管理、というのは、興味深い分野だ」その使者は言った。「我が国でも、同様の課題を、抱えている」
レオンは、その言葉に、わずかな手応えを感じた。これまでの分析が、間違っていなかったという、確かな兆候だった。
「差し支えなければ」レオンは、慎重に、しかし、はっきりと発言の機会を求めた。「一つ、お伺いしたいことがあります」
軍務大臣が、レオンに、小さく頷いて、発言を許可した。
「貴国においても、長年の軍備増強による、財政的な負担——特に、兵站維持にかかる費用の増大が、課題になっているのではないでしょうか」
その問いに、リュネス帝国側の空気が、わずかに変わった。使者たちが、互いに、視線を交わした。
「……率直な問いだな」初老の使者が、静かに言った。「否定はしない。我が国もまた、長年の緊張状態によって、少なからぬ負担を、強いられている」
「もし、そうであれば」レオンは、慎重に、言葉を続けた。「双方にとって、これ以上の軍拡競争を続けることは、必ずしも、利益に適うとは言えないのではないでしょうか」
部屋に、しばしの沈黙が流れた。
「……興味深い視点だ」使者は、ゆっくりと言った。「お若い方の意見とは思えぬ、鋭い指摘だ」
軍務大臣が、この流れを引き取るように、話を続けた。
「我が国としても、無闇な軍拡を、望んでいるわけではない」軍務大臣は言った。「双方が、互いの意図を、正確に理解し合える仕組みを、構築できないだろうか」
この提案に、リュネス帝国側の使者たちは、しばらく、互いに相談する様子を見せた。
「……本国に、持ち帰って、検討させていただきたい」初老の使者は、慎重に言った。「だが、今回の対話、決して、無駄ではなかったと思う」
この日の会談は、具体的な合意には至らなかった。だが、これまでの、一方的な緊張の高まりとは違う、対話の糸口が、確かに、見出された瞬間だった。
会談を終え、宮殿を出たレオンは、深く息を吐いた。
「……終わったな」
「ああ」アレクシスも、緊張を解くように言った。「お前の分析が、確かに、この場で、意味を持った」
軍務大臣が、二人のもとに、歩み寄ってきた。
「よくやった」軍務大臣は言った。「今日の対話、小さな一歩だが、確かな前進だ」
「本当に、戦争を、避けられるでしょうか」レオンは、率直に尋ねた。
「それは、まだ、誰にも分からない」軍務大臣は、正直に答えた。「だが、対話の可能性が、今、確かに、開かれた。これを、どう活かすかは、これからの、我々次第だ」
帝都の空の下、レオンは、これまでの長い戦いの、新たな意味を、改めて噛み締めていた。士官学校での学び、南方戦線での実戦、局での改革——それらすべてが、今、この、国家間の対話という、最も大きな局面において、確かな力となっていた。
だが、この対話が、本当に、戦争を避けることに繋がるのか——その答えは、まだ、誰にも分からなかった。
レオンの戦いは、これまでとは違う、新たな局面へと、確かに、踏み出し始めていた。




