第70話 皇帝からの召喚
局の改革がさらに広がりを見せ始めていたある日、レオンのもとに、これまでにない、重大な知らせが届いた。
「ヴァイス殿、至急、局長室へ」
慌ただしく呼び出されたレオンは、何事かと、急いでヴェルニエのもとへ向かった。
「何かあったんですか」
「……皇帝陛下から、直々に、お前を召喚するようにとの、ご下命があった」
その言葉に、レオンは、一瞬、理解が追いつかなかった。
「皇帝陛下が、俺を?」
「詳しい理由は、私にも分からない」ヴェルニエは、緊張した面持ちで言った。「ただ、お前のこれまでの働き——南方戦線での功績、そして、この局での改革——それらが、宮廷にも伝わっているのは、確かだろう」
レオンは、この思いがけない展開に、動揺を隠せなかった。
「いつ、参上すればよろしいのですか」
「明日だ」ヴェルニエは言った。「正式な作法については、政務局のアレクシス殿に、相談するといい」
その日の夕方、レオンはすぐに、アレクシスのもとを訪ねた。
「皇帝陛下への召喚、本当なのか」アレクシスは、レオンの話を聞いて、驚いた様子を見せた。
「ああ。明日、参上することになった」
「これは、大きな意味を持つことだぞ」アレクシスは、真剣な表情で言った。「皇帝陛下が、一士官を、直接召喚することは、極めて異例だ」
「何か、理由に心当たりはあるか」
アレクシスは、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「おそらく、お前のこれまでの働きが、単なる局内の改革を超えて、帝国全体の、より大きな問題に、関わり得ると、判断されたんじゃないか」
「大きな問題、というのは?」
「東方情勢だ」アレクシスは、静かに言った。「軍の兵站、物資管理——お前の専門分野は、まさに、これから本格化するであろう、軍備増強において、重要な意味を持つ」
レオンは、その推測に、重い緊張を覚えた。
「皇帝陛下の前で、どう振る舞えばいいんだ」
「まず、礼儀は、きちんと守れ」アレクシスは、具体的な助言を始めた。「そして——お前らしく、率直に、自分の考えを述べればいい。皇帝陛下は、無能な人物ではない。むしろ、本質を見抜く力を、お持ちだと言われている」
「お前は、会ったことがあるのか」
「一度、父に連れられて、遠目に拝謝したことがある程度だ」アレクシスは言った。「だが、評判は、よく聞いている。厳格だが、公正な判断をされる方だ、と」
その夜、レオンは、ほとんど眠れないまま、翌日の謁見に備えた。これまでの戦い——士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での局の改革——それらすべてが、この瞬間のために、積み重ねられてきたのかもしれないという、確かな予感があった。
翌日、レオンは、これまでにないほど緊張しながら、宮廷へと向かった。
壮麗な宮殿の中、レオンは、幾重もの確認と、作法の指導を受けながら、謁見の間へと案内されていった。
「ヴァイス卿、入られよ」
その呼びかけに、レオンは、深く息を吸い込み、謁見の間へと足を踏み入れた。
玉座には、威厳に満ちた、初老の男——ヴァルディア帝国皇帝、その人が、座っていた。これまで、肖像や噂でしか知らなかった人物が、今、目の前に、確かに存在していた。
「面を上げよ」
皇帝の声は、思ったよりも、落ち着いていた。レオンは、緊張しながら、顔を上げた。
「お前が、レオン・ヴァイスか」皇帝は、レオンを、じっと見つめながら言った。
「はい、陛下」
「南方戦線での働き、そして、この帝都での、軍需輸送管理局の改革——すべて、報告は受けている」皇帝は言った。「お前は、軍を変えようとしているそうだな」
「……変えなければ、また同じことが、繰り返されると、考えております」
レオンは、緊張しながらも、はっきりと答えた。その言葉に、皇帝は、わずかに、口元を緩めた。
「率直な男だな。気に入った」
その言葉に、レオンは、少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。だが、次の瞬間、皇帝の表情が、改めて厳しさを帯びた。
「では、聞こう」皇帝は、レオンを、まっすぐに見据えながら言った。「軍を強くすることと、戦争を減らすこと——お前は、どちらが、この帝国を守ると思う?」
レオンは、その問いに、言葉を詰まらせた。これまでの経験——士官学校での学び、南方戦線での実戦、局での改革——それらすべてを総動員しても、すぐには、明確な答えを出すことができなかった。
謁見の間に、重い沈黙が流れた。
皇帝は、レオンのその沈黙を、咎めることなく、静かに見つめていた。
「……今すぐに、答えなくてもいい」皇帝は、やがて、そう言った。「だが、その問いを、忘れるな。お前には、その答えを、見つけてもらう必要がある」
「……はい、陛下」
謁見は、それで終わった。レオンは、皇帝の、底知れない存在感と、投げかけられた問いの重さを、改めて噛み締めながら、宮殿を後にした。
(軍を強くすることと、戦争を減らすこと……)
その問いは、これまでレオンが向き合ってきた、どの問題よりも、根源的で、そして、答えのない問いのように思えた。
帝都の空の下、レオンは、新たな、そして、これまでで最も重い課題を、胸に抱えながら、歩き始めていた。




