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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
帝都・改革編

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第67話 変化の代償

 局の改革案は、ヴェルニエ新局長の後押しを受け、着実に形になりつつあった。


「承認プロセスの見直し案、上に提出する準備が整いました」


 レオンは、数ヶ月かけてまとめた改革案を、ヴェルニエに報告した。


「素晴らしい」ヴェルニエは、資料に目を通しながら、満足げに頷いた。「これなら、二度と、今回のような不正は起きにくくなるはずだ」


 だが、この改革案が、局内外に広まるにつれて、レオンは、思いがけない反発にも直面することになった。


「ヴァイス殿、少し、お話よろしいでしょうか」


 ある日、レオンのもとを訪れたのは、これまであまり接点のなかった、年配の商人だった。


「どちら様でしょうか」


「私は、長年、この局と取引をさせていただいている、馬具商人です」商人は、丁寧に、しかし、どこか切実な様子で言った。「今回の改革案について、少し、お話を伺いたくて」


「何か、問題がありますか」


「価格の定期検証制度、これは、確かに不正を防ぐためには、必要なことだと理解しています」商人は言った。「ですが、我々のような、小規模な商人にとっては、頻繁な価格交渉や、審査の手続きが、大きな負担になります」


 レオンは、その言葉に、これまで考えていなかった視点を、突きつけられた思いがした。


「……負担、というのは、具体的には?」


「大きな商会であれば、専門の事務方を雇って、こうした手続きに対応できます」商人は、続けた。「しかし、私のような、家族だけでやっている小さな商いでは、そうした余裕がありません。結果として、大きな商会ばかりが、契約を取りやすくなる——そんな懸念があります」


 レオンは、この指摘に、強い衝撃を受けた。不正を防ぐための改革が、意図せず、別の形の不公平を生み出す可能性がある——それは、レオンがこれまで、十分に考えていなかった側面だった。


 その日の夜、レオンは、この件について、アレクシスに相談した。


「改革が、新たな問題を生む可能性がある、というのは、よくあることだ」アレクシスは、冷静に言った。「制度を変えるというのは、常に、何らかのトレードオフを伴う」


「このまま進めれば、小規模な商人たちを、不利な立場に追い込むことになる」レオンは、悩ましげに言った。「それは、俺が望んでいたことじゃない」


「では、どう改善する?」


 レオンは、しばらく考え込んだ。士官学校時代から、そして南方戦線での経験から、レオンは、常に、数字や仕組みの裏にいる「人間」を、考慮する姿勢を学んできた。


「規模に応じた、簡易な審査の仕組みを、別途設けるべきかもしれない」レオンは言った。「大規模な契約には、厳格な検証を。小規模な契約には、より簡便な手続きを」


「それなら、不正の抜け道にならないか」


「小規模な契約だけを悪用しようとすれば、それだけ、多くの取引を分散させる必要がある」レオンは言った。「その分、不自然な取引パターンとして、見つけやすくなるはずだ」


 アレクシスは、しばらく考えた後、頷いた。


「悪くない案だ。ヴェルニエ局長に、提案してみる価値はある」


 翌日、レオンは、改めてヴェルニエ局長に、この修正案を提案した。


「なるほど……確かに、規模による負担の違いは、考慮すべきだったな」ヴェルニエは、真剣な表情で、レオンの提案を聞いていた。「早速、この点を、改革案に反映させよう」


 この経験は、レオンにとって、これまでとは違う、新たな学びをもたらした。


「不正を正すことと、すべての人にとって、公平な仕組みを作ることは、簡単には両立しないんだな」


 その夜、レオンは、アレクシスに、そう漏らした。


「それこそが、組織を変えることの難しさだ」アレクシスは言った。「正しいと思うことを、一方的に押し付けるだけでは、新たな歪みを生む。常に、様々な立場の人間の声に、耳を傾ける必要がある」


「お前が、士官学校時代から、ずっと言ってきたことだな」


「そうだ」アレクシスは、小さく笑った。「少しは、理解してもらえたようで、何よりだ」


 レオンは、この経験を通じて、改めて、父グランの教えを思い出していた。「戦争は、剣を持った者だけでやるものじゃない」——それは、改革もまた、同じだった。制度を変えることは、そこに関わる、すべての人々の生活に、影響を及ぼす。


 数週間後、修正された改革案が、正式に局内で採用されることになった。小規模な商人たちからも、以前よりは、前向きな反応が寄せられるようになった。


「ヴァイス殿のおかげで、何とか、やっていけそうです」


 先日訪れた馬具商人が、改めて、レオンに礼を伝えに来た。


「お前の指摘のおかげだ」レオンは、正直に答えた。「気づかせてもらえて、助かった」


 この一件を通じて、レオンは、改革という仕事の、新たな側面——単に不正を暴き、正すだけでなく、変化がもたらす影響を、丁寧に見極め、調整していく難しさと、重要性を、身をもって学んでいた。


 帝都での日々は、レオンにとって、これまでとは違う、より複雑で、より深い成長の時間となっていた。

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