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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
帝都・改革編

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第65話 聴取の日

 正式な聴取の日、レオンとアレクシスは、証拠提供者として、監査院の一室に同席していた。


 部屋の中央には、フォーグラー局長と、デルモン子爵が、並んで座っていた。これまでの余裕のある態度とは違い、二人の表情には、わずかながら、緊張の色が滲んでいた。


「本日は、グラーツ商会との契約に関する、一連の疑惑について、改めて説明を求める」


 監査院の代表を務める高官が、厳かに切り出した。


「品質検証の結果、価格差を正当化する根拠は、見出せなかった」高官は、淡々と続けた。「また、輸送の優先供給体制についても、実態との矛盾が指摘されている」


 デルモン子爵は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


「……その指摘については、認めざるを得ない」デルモン子爵は、これまでとは違う、慎重な口調で言った。「だが、私自身が、直接的な不正を働いたという証拠には、まだ、至っていないはずだ」


「あなたの署名がある、支払い記録については、どうお考えですか」高官が問いかけた。


「局長の代理として、事務的な処理を行っただけだ」デルモン子爵は、以前と同じ主張を繰り返した。


 レオンは、この場で、改めて発言の機会を求めた。


「一つ、確認させていただきたいことがあります」


「発言を許可する」


 レオンは、デルモン子爵を、まっすぐに見据えた。


「南方戦線で、兵站が最も逼迫していた時期、グラーツ商会の製品は、ほとんど供給されていませんでした。もし、本当に『緊急時の優先供給体制』が存在していたなら、なぜ、最も必要とされていた戦線に、優先的に届けられなかったのでしょうか」


 デルモン子爵は、その質問に、明確に言葉を詰まらせた。


「……それは、輸送路の問題もあり——」


「輸送路の問題であれば、他の商会の製品は、どのようにして届けられていたのでしょうか」


 デルモン子爵は、しばらく沈黙した。その沈黙こそが、これまでの巧妙な言い逃れとは違う、明確な綻びだった。


「……正直に、言おう」


 フォーグラーが、意を決したように、口を開いた。デルモン子爵が、驚いた様子で、フォーグラーを見た。


「フォーグラー殿——」


「もう、これ以上は、隠しきれない」フォーグラーは、疲れたような表情で言った。「デルモン子爵からの資金提供と引き換えに、グラーツ商会との契約を、優遇していたのは、事実だ」


 その告白に、部屋の空気が、一変した。


「フォーグラー、何を——」デルモン子爵が、動揺した様子で言った。


「もう、十分だ」フォーグラーは、静かに、しかし、はっきりと言った。「私自身、この件について、重い責任を負うべきだと、分かっている。だが、これ以上、虚偽の主張を重ねることに、意味はないと思う」


 レオンは、この予想外の展開に、驚きを隠せなかった。だが同時に、これまでの、局内での静かな圧力の裏に、フォーグラー自身も、何らかの迷いや葛藤を抱えていたのかもしれないと、感じ取った。


「フォーグラー殿の証言を受けて、改めて確認する」高官が、冷静に進行を続けた。「デルモン子爵、あなたの資金提供と、契約の優遇との間に、明確な取り決めがあったということで、よろしいか」


 デルモン子爵は、しばらくの沈黙の後、深いため息をついた。


「……否定しない」


 その言葉により、これまで慎重に積み上げてきた証拠が、ついに、当事者本人の口から、裏付けられることになった。


 聴取が終わり、司令部を出たレオンは、しばらく、放心したように立ち尽くしていた。


「……終わったのか」


「正式な処分の決定は、これからだ」アレクシスは、冷静に言った。「だが、今日の証言は、決定的だった」


「フォーグラー局長が、あそこで、自分から認めるとは思わなかった」


「人は、追い詰められれば、様々な決断をする」アレクシスは言った。「彼なりに、何かを、感じていたのかもしれない」


 レオンは、その言葉に、これまでの長い戦いを、改めて振り返っていた。士官学校での学び、南方戦線での実戦、そして、帝都での、この新たな戦い——それぞれが、異なる形の不正と、異なる形の決着を迎えていた。


 その夜、レオンは、ミハイルとコレットに、この結果を報告した。


「本当に、終わったんですね」ミハイルは、安堵の表情を浮かべた。


「デュボワさんの立場も、これで、明確に守られるはずだ」レオンは言った。「内部告発者としての、正当な行動だったことが、証明された」


 コレットは、静かに、しかし深く、頭を下げた。


「ありがとうございました、ヴァイス殿」


「礼を言うのは、俺の方だ」レオンは、はっきりと言った。「お前たちの勇気がなければ、この結果には、辿り着けなかった」


 帝都の夜空の下、レオンは、これまでの戦いの、一つの区切りを、確かに感じていた。だが、この帝国には、まだ、多くの歪みが、残っているはずだった。


 (一つずつ、正していくしかない)


 その決意を、改めて胸に刻みながら、レオンは、次なる課題へと、視線を向け始めていた。

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