第63話 証人を守る戦い
証拠の入手経路を巡る異議は、監査院内でも、思いがけず大きな波紋を広げていた。
「デルモン子爵側は、証拠を無効化する方向で、本気で攻めてきているな」
アレクシスは、監査部から届いた報告書を読みながら、険しい表情を浮かべた。
「コレットさんの処分についての話は、出ているのか」レオンは、焦燥を隠せずに尋ねた。
「まだ、正式な決定はない」アレクシスは言った。「だが、局内の懲罰委員会にかけられる可能性がある、という話は聞いている」
レオンは、この状況に、強い責任を感じていた。自分の調査に協力してくれたコレットが、その協力のために、処罰される危険に晒されている——それは、南方戦線でのドノヴァンの一件と、本質的には同じ構図だった。
「監査院に、改めて掛け合おう」レオンは言った。「証拠提供者の保護を、明確な形で、約束させる必要がある」
「すでに動いている」アレクシスは言った。「だが、相手も、一筋縄ではいかない」
その日の午後、レオンは、監査部の文官と、改めて面会する機会を得た。
「デュボワ殿の処分について、何らかの措置が検討されていると聞きました」レオンは、率直に切り出した。
「……正直に言おう」文官は、苦い表情で言った。「局内の規則上、無断での記録閲覧は、処罰の対象になり得る」
「ですが、彼女の協力がなければ、この不正そのものが、明るみに出なかったはずです」
「その点は、理解している」文官は言った。「だからこそ、監査院としても、慎重に対応を検討している」
「何か、具体的な方策は?」
「内部告発者としての、特別な保護規定を、適用できないか検討している」文官は言った。「前例は少ないが、不可能ではない」
レオンは、その言葉に、わずかな希望を見出した。
「どうすれば、その適用を、確実なものにできますか」
「彼女の行動が、個人的な利益のためではなく、公益のためであったことを、明確に示す必要がある」文官は説明した。「そして——これが重要だが、今回の告発全体が、最終的に、正当なものだったと証明されることだ」
レオンは、その言葉の重みを、改めて噛み締めた。コレットを守るためにも、この不正告発そのものを、確実に成功させなければならない。
「では、我々は、何としても、この不正を立証しなければなりませんね」
「そういうことになる」
その夜、レオンはコレットを、人目のつかない場所に呼び出し、現状を伝えた。
「……そんなことに、なっているんですね」コレットは、不安げな表情を見せた。
「すまない」レオンは、頭を下げた。「お前を、こんな立場に追い込んでしまった」
「謝らないでください」コレットは、首を振った。「私は、自分の意志で、協力しました。後悔はしていません」
その言葉に、レオンは、これまで出会ってきた、多くの協力者たちの顔を思い出していた。士官学校時代のユリウス、南方戦線でのドノヴァン、そして今、コレットとミハイル——正しいことをしようとする人々が、常に、こうした危険に晒されてきた。
「必ず、お前を守る」レオンは、はっきりと約束した。「そのためにも、この不正を、確実に立証する」
「……信じています」
レオンは、改めて、この戦いの重さを実感していた。これは、単に不正を正すだけの戦いではない。それに協力してくれた、一人一人の人間の人生を、守るための戦いでもあった。
その後、レオンとアレクシスは、これまで以上に、慎重かつ着実に、証拠を積み重ねていった。技師による品質検証の正式な依頼、グラーツ商会の経営実態のさらなる調査、そして——デルモン子爵の過去の取引記録の、徹底的な洗い出し。
「少しずつだが、相手の主張の矛盾が、見えてきている」
数週間後、アレクシスが、そう報告した。
「品質検証の結果は?」
「正式な報告書が、間もなく出る」アレクシスは言った。「これまでの予備調査と、同様の結果になるだろう」
レオンは、この着実な進展に、確かな手応えを感じていた。だが同時に、デルモン子爵という、これまでにない狡猾な相手との戦いが、まだ、終わりを迎えていないことも、はっきりと理解していた。
帝都の夜、レオンは、コレットとの約束を、改めて胸に刻みながら、次なる一手を、慎重に練り続けていた。
この戦いの行方は、まだ、誰にも分からない。だが、レオンの中には、これまでの経験から培われた、確かな決意があった。
(必ず、正す。今度こそ、守り抜く)
その決意を胸に、帝都での長い戦いは、いよいよ、重要な局面を迎えようとしていた。




