第58話 静かな圧力
フォーグラーとの面会から数日後、局内の空気は、これまでとは明らかに変わっていた。
「ヴァイス殿、これ、確認していただけますか」
同僚から手渡される書類の量が、以前より明らかに増えていた。表向きは通常の業務だったが、レオンには、それが意図的な嫌がらせであることが、すぐに分かった。
「……仕事を増やして、調査する時間を奪うつもりか」
レオンは、山積みになった書類を前に、苦笑した。だが、こうした間接的な圧力に、屈するつもりはなかった。
一方、ミハイルとコレットにも、同様の変化が及んでいた。
「最近、上司の目が、以前より厳しくなった気がします」
ある日、ミハイルが、不安げにレオンに打ち明けた。
「具体的には?」
「些細なミスを、いちいち指摘されるようになりました」ミハイルは言った。「まるで、辞めさせたがっているような」
「デュボワさんの方は?」
「私も、似たような状況です」コレットも、硬い表情で言った。「経理の担当替えを、示唆されました」
レオンは、この状況に、強い懸念を覚えた。ドノヴァンの拉致ほど直接的ではないが、じわじわと、協力者たちの立場を追い詰めていくやり方は、ある意味で、より陰湿だった。
「無理はしないでくれ」レオンは、二人に言った。「これ以上、危険な立場に、お前たちを置くわけにはいかない」
「ですが——」ミハイルが、何か言いかけた。
「証拠集めは、俺とアレクシスが、表立って進める」レオンは、はっきりと言った。「お前たちは、これまでの情報提供だけでも、十分な貢献をしてくれた」
その日の夜、レオンはアレクシスに、局内での状況を報告した。
「静かな圧力、というやつだな」アレクシスは、険しい表情で言った。「直接的な脅しではない分、対処が難しい」
「デルモン家についての調査、進展はあるか」
「少しずつだが」アレクシスは言った。「デルモン家が、グラーツ商会に、資金を提供しているという情報を、掴みかけている」
「証拠は?」
「まだ、断片的なものだ」アレクシスは、慎重に言った。「だが、いくつかの取引記録から、デルモン家の名義で、グラーツ商会に、定期的な送金が行われていることが分かってきた」
「その送金の名目は?」
「表向きは、『事業投資』という形になっている」アレクシスは言った。「これ自体は、違法ではない。だが、その資金が、不正な契約の元手になっているとすれば、話は別だ」
レオンは、この情報に、確かな手応えを感じた。だが同時に、これまでの南方戦線での経験から、証拠を固めるまでの道のりが、決して平坦ではないことも、理解していた。
「もう一つ、気になることがある」アレクシスは、続けて言った。
「何だ」
「デルモン家の当主、以前、フェルナン家とも、取引関係があったという記録が見つかった」
その言葉に、レオンは、はっとした。
「フェルナン家と?」
「直接の親戚関係ではない。だが、商売上の付き合いは、以前からあったようだ」アレクシスは言った。「もしかすると、こうした不正の仕組み自体が、一部の貴族や商会の間で、共有されている可能性がある」
レオンは、その可能性に、これまでの戦いの規模が、想像以上に大きいことを、改めて実感した。
「一つの家を、正しただけじゃ、終わらないってことか」
「そうかもしれない」アレクシスは、静かに頷いた。「だが、だからこそ、一つずつ、確実に潰していくしかない」
その夜、レオンは、これまでの調査の進捗を、改めて整理していた。局内での圧力、デルモン家との繋がり、そして——この帝国に、まだ多くの歪みが、複雑に絡み合いながら存在しているという事実。
(南方戦線での戦いは、始まりに過ぎなかったのかもしれないな)
レオンは、これまでの道のりを振り返りながら、改めて、この帝都での戦いが、これまで以上に長く、困難なものになることを、覚悟し始めていた。
だが、その覚悟は、決して後ろ向きなものではなかった。士官学校での学び、南方戦線での実戦、そして、多くの人々との出会い——それらすべてが、レオンを、この新たな戦いへと、確かに導いていた。
窓の外、帝都の夜景が、これまでとは違う、複雑な陰影を伴って、レオンの目に映っていた。




