第57話 局長の影
父グランからの返信は、思ったより早く届いた。
『レオンへ
グラーツ商会について、心当たりがある。あの商会は、以前から、複数の地方の軍需契約に、静かに食い込んでいる。ただし、フェルナン家の時とは、少し性質が違うようだ。
私の知る限り、グラーツ商会自体は、それほど大きな組織ではない。おそらく、誰か有力な後ろ盾がいるはずだ。局長だけの力で、これほどの規模の不正を続けられるとは思えない。
慎重に進めろ。今度は、相手の全貌が見えていない分、より危険かもしれない』
レオンは、その手紙を、何度も読み返した。
「後ろ盾、か」
レオンは、これまで集めた証拠を、改めて見直した。グラーツ商会という、それほど大きくない商会が、これほど巧妙に、不正な契約を続けられている背景には、確かに、もっと大きな力が働いている可能性があった。
その情報を、レオンはすぐにアレクシスと共有した。
「局長個人の力だけではない、ということか」アレクシスは、険しい表情で言った。
「父も、同じ懸念を持っている」
「政務局側でも、少し調べてみよう」アレクシスは言った。「フォーグラー局長の、貴族社会での繋がりを」
数日後、アレクシスから、新たな情報がもたらされた。
「フォーグラー局長、直接的な貴族の後ろ盾は、これといって見当たらない」アレクシスは報告した。「だが、彼の妻の実家が、少し気になる」
「妻の実家?」
「デルモン家という、子爵家だ」アレクシスは言った。「規模は大きくないが、軍需関連の投資に、以前から積極的だという噂がある」
「デルモン家が、グラーツ商会の後ろ盾、ということか」
「まだ確証はない。だが、調べる価値はある」
レオンとアレクシスは、この新たな手がかりを基に、さらに調査を進めることにした。一方、局内では、レオンとミハイル、コレットの動きが、少しずつ、周囲の目に留まり始めていた。
「最近、ヴァイス殿が、ミハイルやデュボワと、頻繁に話しているようだが」
そんな噂が、局内で囁かれ始めていることを、レオンも、次第に感じ取るようになっていた。
「気づかれ始めているな」
ある日、局の廊下で、ミハイルが小声で言った。
「予想はしていた」レオンは言った。「だが、証拠が固まる前に、動きを止められるわけにはいかない」
その懸念は、間もなく現実のものとなった。
「ヴァイス殿、局長がお呼びです」
ある日の午後、レオンは、局長であるフォーグラーから、直接の呼び出しを受けた。
「……来たか」
レオンは、緊張しながらも、平静を装い、局長室へと向かった。
局長室には、恰幅の良い、貴族然とした雰囲気の男が、悠然と座っていた。
「ヴァイス殿、と言ったな」フォーグラーは、レオンを、値踏みするような目で見た。「南方戦線での活躍、噂には聞いている」
「恐れ入ります」
「最近、局内の記録を、随分と熱心に調べているそうだな」フォーグラーは、探るような口調で言った。
「新任として、業務内容を把握するため、記録の整理をしております」
「なるほど、業務の一環、か」フォーグラーは、意味ありげな笑みを浮かべた。「だが、噂では、単なる整理以上のことをしているとも聞くが」
レオンは、内心で警戒を強めながらも、表面上は冷静さを保った。
「何を、お疑いでしょうか」
「疑ってなどいない」フォーグラーは言った。「ただ、忠告しておく。この局には、長年培われてきた、独自のやり方がある。新任が、それを軽々しく掻き回すのは、感心しない」
「業務に支障をきたすようなことは、しておりません」
「そうか、ならばいい」フォーグラーは、それ以上は追及せず、話を切り上げた。「今後も、職務に励んでくれ」
局長室を出たレオンは、これまでにない緊張を、体の奥に感じていた。
「……牽制、というやつか」
直接的な脅しではなかった。だが、フォーグラーの言葉には、明確な警告の意図が込められていた。
その夜、レオンはアレクシスに、この一件を報告した。
「向こうも、気づき始めたか」アレクシスは、険しい表情で言った。
「デルモン家についての調査、急いだ方がいいかもしれない」
「そうだな」アレクシスは頷いた。「証拠が固まる前に、圧力をかけられる危険がある」
レオンは、南方戦線での経験——ドノヴァンが拉致された、あの緊迫した日々を、改めて思い出していた。この帝都でも、同じような危険が、ミハイルやコレットに及ぶ可能性があった。
「ミハイルとデュボワの安全を、最優先に考えよう」レオンは言った。
「同感だ」
帝都の夜に、これまでとは違う、より深い緊張が、静かに広がり始めていた。フォーグラー局長、そしてその背後にいるかもしれないデルモン家——レオンとアレクシスの戦いは、新たな、より複雑な局面へと突入しようとしていた。




