第56話 局内の同志
ミハイルとの協力関係が始まってから、レオンは、これまで以上に慎重に、局内での調査を進めることにした。
「まずは、グラーツ商会との契約が、いつから始まったのか、時系列を整理しよう」
レオンの提案に、ミハイルは頷いた。二人は、業務の合間を縫って、少しずつ、過去の記録を洗い出していった。
「……三年前から、急激に契約量が増えています」
数日かけて整理した資料を前に、ミハイルが報告した。
「三年前、というと」レオンは、頭の中で照合した。「フォーグラー局長が、就任した時期と一致するか?」
「調べてみます」
ミハイルが確認したところ、その推測は的中していた。フォーグラー局長の就任と、グラーツ商会との契約拡大の時期は、ほぼ重なっていた。
「これは、偶然とは考えにくいな」レオンは言った。
「ですが、これだけでは、まだ証拠としては弱いです」ミハイルは、慎重に言った。「局長就任と、契約拡大が、たまたま同時期だった、と言われれば、反論しきれません」
レオンは、その指摘に頷いた。南方戦線での経験から、状況証拠だけでは、相手の言い逃れを許してしまうことを、レオンはよく理解していた。
「もっと直接的な繋がりを示す証拠が、必要だな」
「会食の記録とか、金の流れとか……ですが、そういった記録は、局長の権限で、簡単に握りつぶせてしまいます」
「局内だけで調べるのは、限界があるかもしれないな」
レオンは、これまでの南方戦線での経験を思い返した。フェルナン家の一件でも、内部の人間だけでなく、外部の視点——荷車引きたちの証言や、ケイレブという商人の協力が、大きな力になった。
「グラーツ商会と、取引のある他の商人を探してみよう」レオンは提案した。「商人同士のネットワークなら、何か情報が得られるかもしれない」
「心当たりは?」
「ある」レオンは、少し考えてから言った。「父の伝手を、また頼ってみる」
その夜、レオンは、父グランに再び手紙を書いた。帝都で新たに見つけた不正の疑い、そして、グラーツ商会という名前について、詳細を伝える内容だった。
数日後、局内で、レオンは新たな協力者候補と出会うことになった。
「ヴァイス殿、少しお話が」
声をかけてきたのは、局内で経理を担当している、中年の女性文官だった。
「何でしょうか」
「ミハイルから、少し話を聞きました」女性は、慎重な様子で言った。「私は、コレット・デュボワと申します」
「デュボワさん」
「実は、私も、以前から、この局の経理処理に、疑問を持っていました」コレットは言った。「ですが、一人では、どうすることもできず……」
レオンは、この新たな協力者の存在に、確かな手応えを感じた。ミハイル一人だけでなく、局内には、同じような疑問を抱えている人間が、他にもいるのかもしれない。
「デュボワさんは、何か具体的な証拠を?」
「経理の立場から、少し違う角度の記録があります」コレットは言った。「支払いの実行記録と、承認記録の日付に、不自然なずれが見られることがあります」
「ずれ、というのは?」
「本来、承認が下りてから、支払いが実行されるはずなのですが、いくつかの取引で、支払いの方が、承認より先に行われている記録があります」
レオンは、その情報に、目を見開いた。
「それは……」
「承認を、後から取り繕っている可能性があります」コレットは、はっきりと言った。
この発見は、これまでの状況証拠とは違う、より直接的な不正の証拠になり得るものだった。
「この記録、正式にまとめてもらえますか」レオンは言った。
「もちろんです」コレットは頷いた。「ですが、慎重に進めてください。もし、この動きが局長に知られれば——」
「危険が及ぶ、ということですね」
「私だけでなく、ミハイルにも」
レオンは、その懸念を、重く受け止めた。南方戦線での、ドノヴァン拉致の一件を、改めて思い出さずにはいられなかった。
「安全には、最大限配慮する」レオンは、はっきりと約束した。「証拠集めは、俺とアレクシスが、表立って動く。お前たちは、できる限り、表に出ないようにしてほしい」
「アレクシス様も、この件をご存知なんですか」コレットが、少し驚いた様子で尋ねた。
「ああ。政務局の立場から、協力してもらっている」
その日の夜、レオンは、ミハイルとコレット、二人の協力者を得たことを、アレクシスに報告した。
「局内に、同志が増えたか」アレクシスは、感心したように言った。
「まだ、確証には至っていない。だが、着実に、証拠は集まりつつある」
「焦らず、慎重に進めよう」アレクシスは言った。「南方戦線での教訓を、忘れるな」
「分かってる」
レオンは、これまでの経験を活かしながら、この帝都での新たな戦いを、着実に進めていく決意を、改めて固めていた。
局内の小さな協力の輪が、少しずつ、大きな真実へと近づいていく——その予感を胸に、レオンの帝都での日々は、新たな局面を迎えようとしていた。




