第52話 南方の終わり、そして帝都へ
フェルナン家への処分決定から、南方戦線には、これまでとは違う、落ち着いた空気が流れ始めていた。
「これで、しばらくは静かになりそうだな」
レオンは、駐屯地の兵站部で、山積みだった記録を整理しながら、そう呟いた。
「静かすぎるのも、少し不気味だがな」
部下の一人が、冗談交じりに言った。だが、その言葉には、これまでの緊張の日々から解放された、確かな安堵が滲んでいた。
撤退戦、輸送不正の告発、ドノヴァンの救出——南方戦線での数ヶ月は、レオンにとって、これまでの人生で最も密度の濃い時間だった。
ある日、レオンは、久しぶりにユリウスと顔を合わせる機会を得た。第九師団の再編に伴い、ユリウスが第七師団の駐屯地を訪れたのだった。
「レオン」
「ユリウス、無事だったんだな」
二人は、しばらくの間、互いの労をねぎらい合った。ユリウスは、以前とは比べ物にならないほど、逞しくなった表情を見せていた。
「聞いたぞ、フェルナン家の一件」ユリウスは言った。「まさか、あそこまでやり遂げるとはな」
「まだ、完全に終わったわけじゃない」レオンは言った。「母のことも、完全には分からなかった」
「それでも、大きな一歩だっただろう」ユリウスは、真剣な表情で言った。「僕も、南西戦線での一件、正直、あの時は、お前を恨んだこともあった」
その率直な言葉に、レオンは、少し驚いた。
「……そうだったのか」
「でも、今は分かる」ユリウスは続けた。「あの経験が、お前を、ここまで動かしたんだろうって」
レオンは、その言葉に、静かに頷いた。
その日の夕方、レオンとアレクシスは、駐屯地の高台から、南方の景色を見渡していた。
「思えば、長い戦いだった」レオンは、感慨深げに言った。
「まだ、終わりじゃない」アレクシスは、いつものように、冷静に言った。「フェルナン家の一件は、あくまで、一つの不正を正しただけだ」
「分かってる」レオンは、苦笑した。「お前、いつまでもそう言い続けるつもりか」
「事実だからな」
二人は、しばらく無言で、夕日に染まる南方の大地を眺めていた。
「なあ」レオンが、ふと口を開いた。「俺たち、このまま南方に残ることになるのか」
「いや」アレクシスは、首を振った。「私のところに、内示が届いている」
「内示?」
「帝都への異動だ」アレクシスは言った。「北方から南方への派遣、そして今回の一件——私の実績が評価されたらしい」
「お前だけか」
「いや」アレクシスは、レオンを見た。「お前の名前も、共に挙がっている」
その言葉に、レオンは驚いた。
「俺が、帝都に?」
「南方戦線での兵站の手腕、そして今回の不正告発——お前の存在は、もう無視できないものになっている」アレクシスは言った。「もっとも、歓迎されての異動とは限らないがな」
「どういう意味だ」
「命令に従わず撤退を独断で判断した士官、というのは、中央から見れば、扱いにくい存在でもある」アレクシスは、率直に言った。「栄転か、それとも、目の届く場所に置いておきたいだけか——それは、行ってみなければ分からない」
レオンは、その言葉に、複雑な感情を抱いた。だが同時に、これまでの経験を、より大きな場所で活かせるかもしれないという、確かな期待も感じていた。
「帝都、か」
レオンは、これまでの道のりを、改めて振り返った。士官学校での学び、南方戦線での実戦、そして——父の過去と、母の死の真相に触れた、この長い戦い。
すべてが、次の場所へと、レオンを導こうとしていた。
「行くなら、一緒だな」レオンは言った。
「そうなるだろうな」アレクシスは、小さく頷いた。
その夜、レオンは、久しぶりに、心穏やかな気持ちで、これからのことを考えていた。
(帝都には、もっと大きな問題が待ってるんだろうな)
南方戦線で見てきた、輸送の不正、貴族の利権、そして帝国の構造的な歪み——それらは、決して、この南方だけの問題ではないはずだった。
(それでも、一つずつ、正していくしかない)
窓の外、南方の夜空には、これまでと変わらない星々が輝いていた。だが、レオンの心の中には、これまでとは違う、新たな決意が芽生えていた。
士官学校で学んだ「正しい作戦を考える力」。
南方戦線で学んだ「兵士を生かす判断力」。
そして、これから帝都で学ぶことになるのは——おそらく、「組織そのものを変える力」だった。
数日後、正式な異動命令が届いた。レオンとアレクシス、二人の帝都への赴任が、確定した瞬間だった。
南方戦線編、ここに完結。
レオンの戦いの舞台は、いよいよ、帝国の中枢——帝都へと移ろうとしていた。




