第50話 当主の証言
新たな証拠の提出から一週間後、事態は、これまでにない速さで動いた。
「フェルナン家当主、正式に監査院への出頭を命じられました」
その知らせに、駐屯地内は、これまでで最も大きなざわめきに包まれた。
「本当に、当主本人が、出てくるのか」
「これは、かなり大事になってきたな」
レオンとアレクシスも、この展開を、固唾を呑んで見守っていた。
「出頭を拒否する可能性は?」レオンは、文官に尋ねた。
「有力な貴族といえど、書簡による直接的な証拠がある以上、拒否すれば、それ自体が不利な材料になる」文官は言った。「フェルナン家も、それは理解しているはずだ」
案の定、数日後、フェルナン家当主が、正式に監査院の聴取に応じることになった。レオンとアレクシスは、証拠提出者として、その場への同席を許可された。
聴取の場に現れたフェルナン伯爵は、これまでレオンが想像していたよりも、はるかに落ち着いた様子だった。
「今回の件について、ご説明いただきたい」
監査院の代表を務める高官が、フェルナン伯爵に問いかけた。
「……何を、説明しろと」伯爵は、静かに、しかし挑むような口調で答えた。「私の領地の管理者が、不適切な処理をしていたことは、すでに認めている」
「では、こちらの書簡について、ご説明を」
高官は、レオンたちが提出した書簡を、伯爵の前に示した。「当主様のご承認をいただいた」という一文が、明確に記されていた。
フェルナン伯爵は、その書簡を、しばらく無言で見つめていた。
「……これは、当時の担当者が、私の名を勝手に使った可能性がある」
「勝手に使った、という証拠はありますか」
「証拠は、ない」伯爵は、静かに認めた。「だが、私自身、輸送費の細かな承認まで、逐一確認していたわけではない」
「それは、管理責任の放棄とも取れますが」
「……否定はしない」
伯爵の返答は、慎重に選ばれた言葉ではあったが、明確な言い逃れとは言い切れないものだった。レオンは、その様子を、注意深く観察していた。
(何かを、隠している)
レオンの中で、そんな直感が働いていた。
聴取が一段落した後、レオンは、思い切って発言の許可を求めた。
「一つ、伺いたいことがあります」
「発言を許可する」高官が頷いた。
レオンは、フェルナン伯爵を、まっすぐに見据えた。
「およそ十数年前、南方戦域で、軍需商人が、同様の輸送不正を告発しようとしたことがあります。その直後、告発者の妻が、事故で亡くなりました」
その言葉に、フェルナン伯爵の表情が、明確に変わった。
「……何が、言いたい」
「その件について、ご存知のことがあれば、教えていただきたいのです」
伯爵は、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「……それは、私の代になる、前のことだ」
「では、当時の当主——あなたの父上について、何かご存知ですか」
高官が、この発言の唐突さに、わずかに眉をひそめたが、レオンの発言を止めはしなかった。
「私は、その件について、詳しくは知らない」伯爵は、慎重に言葉を選びながら答えた。「だが……父の代から、この不正の仕組みが続いていたことは、事実だ」
その答えは、明確な証言ではなかった。だが、レオンにとって、これまで断片的にしか掴めなかった真実に、一歩近づく言葉だった。
「先代当主が、当時、何らかの形で、事故に関与した可能性は」
「それ以上は、私にも分からない」伯爵は、はっきりと言った。「父は、すでに亡くなっている。真相は、墓の中だ」
その言葉に、レオンは、深い落胆と、同時に、ある種の納得を覚えた。母の死の完全な真相は、あるいは、永遠に明らかにならないかもしれない。だが、少なくとも、フェルナン家がこの不正の仕組みを、代々にわたって続けてきたという事実は、今、確かに明らかになりつつあった。
「聴取は、以上とする」高官が、場を締めくくった。「今後、正式な処分について、審議を行う」
聴取が終わり、司令部を出たレオンは、しばらく無言で、夕暮れの空を見上げていた。
「……完全な真相には、届かなかったな」アレクシスが、静かに声をかけてきた。
「ああ」レオンは、静かに頷いた。「だが、少なくとも、この不正が、代々続いてきたものだってことは、はっきりした」
「それだけでも、大きな意味がある」
レオンは、母の死の真相を、完全に知ることはできなかった。だが、その死の背景にあった、この国の根深い歪み——それを、明るみに出すことはできた。
(母さん、これで、少しは報われたかな)
南方の空に、静かな夕日が沈んでいく。レオンの長い戦いは、まだ完全には終わっていなかった。だが、確かな一つの区切りが、今、そこに訪れようとしていた。




