第48話 伯爵家の対話
アレクシスが実家へ向かうと聞いた時、レオンは、彼に同行することを申し出た。だが、アレクシスは、静かに首を振った。
「これは、私一人で、片をつけるべき話だ」
「一人で大丈夫なのか」
「大丈夫かどうかではなく、そうしなければならない」アレクシスは言った。「私の家の問題に、お前を巻き込みすぎるのも、違う気がする」
レオンは、その言葉に、アレクシスなりの覚悟を感じ取り、それ以上は引き止めなかった。
「駐屯地のことは、任せておけ」
「頼む」
アレクシスは、数名の護衛と共に、レーヴェン伯爵家の領地へと向かった。
伯爵邸に到着すると、そこには、これまでの穏やかな記憶とは違う、張り詰めた空気が漂っていた。
「アレクシス、よく来た」
出迎えたのは、アレクシスの父——レーヴェン伯爵だった。威厳のある佇まいは、アレクシスの姿に、確かに重なるものがあった。
「父上、お話とは」
「単刀直入に言おう」伯爵は、書斎に案内しながら言った。「フェルナン家から、正式な抗議が来ている。お前が、南方戦線での告発に、深く関わっていると」
「事実です」アレクシスは、迷いなく答えた。「不正の証拠を集め、監査院に提出しました」
「フェルナン家は、これを、我が家との、旧来の対立を利用した、政治的な攻撃だと主張している」
「政治的な意図は、ありません」アレクシスは、はっきりと言った。「これは、単純な不正の告発です。証拠は、明確に存在します」
伯爵は、しばらく息子の顔を、じっと見つめていた。
「……お前の言うことは、信じよう」伯爵は、静かに言った。「だが、問題は、事実がどうであれ、これが、家同士の政治的な争いとして、受け取られてしまうことだ」
「それでも、不正は正されるべきです」
「理想論だな」伯爵は、少し厳しい口調で言った。「フェルナン家は、宮廷内に、複数の支持者を持っている。お前が関わっていることで、この告発全体が、単なる派閥争いとして片付けられる危険がある」
アレクシスは、その指摘に、一瞬言葉を詰まらせた。
「では、私は、どうすればいいのですか」
「今からでも、この件から、手を引くべきだ」伯爵は言った。「証拠の提出は、すでに済んでいる。あとは、監査院に任せれば良い」
「それでは、レオンを、一人にすることになります」
「あの平民の友人のことか」伯爵は、少し意外そうな顔をした。「お前が、そこまで、彼に義理立てする理由が、私には分からんな」
「彼は、士官学校時代からの、私にとって、重要な相手です」アレクシスは、はっきりと言った。「敵対することもありましたが、互いに、認め合ってきました」
「……ふむ」
「それに、これは、単に彼のためだけではありません」アレクシスは続けた。「不正を見過ごせば、この国は、いつまでも変わらない。私自身が、そう信じているからこそ、関わっているのです」
伯爵は、しばらく無言で、息子の顔を見つめていた。その表情には、複雑な感情——懸念と、そして、どこか誇らしさのようなものが、入り混じっていた。
「……お前は、私より、頑固なようだな」
「父上譲りかもしれません」
その言葉に、伯爵は、珍しく小さく笑みを浮かべた。
「一つ、聞かせてくれ」伯爵は、改めて尋ねた。「お前は、この件が、我が家に、どのような影響を及ぼすか、理解しているか」
「理解しています」アレクシスは、真剣な表情で答えた。「フェルナン家との対立が、より激化する可能性があります。父上や、家全体に、負担をかけることになるかもしれません」
「それでも、続けるつもりか」
「はい」アレクシスは、迷いなく答えた。「これは、私が、この国を変えるために、選んだ道の一つです」
伯爵は、長い沈黙の後、静かに口を開いた。
「……分かった」
「父上」
「お前の意志は、理解した」伯爵は言った。「だが、私からも、一つ条件がある」
「何でしょうか」
「今後の動き、必ず私にも、事前に報告しろ」伯爵は言った。「レーヴェン家として、フェルナン家との対立に、正面から向き合う以上、家としての立場を、明確にしておく必要がある」
「……つまり、父上は」
「レーヴェン家として、お前を、支持する」伯爵は、はっきりと言った。「フェルナン家の不正、宮廷内でも、以前から問題視する声はあった。この機会に、決着をつけるべきかもしれない」
その言葉に、アレクシスは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、父上」
「礼はいらん」伯爵は、少し厳しい表情に戻って言った。「これは、レーヴェン家全体の戦いになる。覚悟を、改めて持て」
「はい」
書斎を出たアレクシスは、これまでの緊張が、少しずつ解けていくのを感じていた。父との対話は、決して簡単なものではなかった。だが、その結果、レーヴェン家全体の支持という、大きな後ろ盾を得ることができた。
その夜、アレクシスは、南方戦線のレオンへ、簡潔な手紙をしたためた。
『父と話した。レーヴェン家として、我々の調査を、正式に支持することになった。フェルナン家との対立、これで、より本格的なものになるだろう。だが、心強い味方を得た。すぐに、そちらへ戻る』
筆を置いたアレクシスは、窓の外に広がる、伯爵家の領地を、静かに見渡した。
(この選択が、正しかったかどうかは、まだ分からない。だが——)
少なくとも今、アレクシスは、自分自身の信念に従って、確かな一歩を踏み出していた。
南方戦線での戦い、そして、貴族社会の中での、より大きな政治的対立——レオンとアレクシス、二人の戦いは、いよいよ、帝国全体を巻き込む、大きなうねりへと発展しようとしていた。




