第47話 道なき証拠
道路整備の実態を確認するため、レオンは監査部の許可を得た上で、慎重に調査を進めることにした。
「今回は、監査院の正式な随行という形を取る」アレクシスは言った。「これなら、以前のような、独断の調査とは違う」
「安全面でも、多少はましになるな」
監査部から派遣された文官と共に、レオンとアレクシスは、フェルナン家の領地内にある、問題の街道区間へと向かった。
「表向きは、道路整備の実態調査、ということで進める」文官が、道中で説明した。「フェルナン家側にも、正式な調査であることは、事前に通達してある」
「向こうも、準備をしてくるでしょうね」レオンは言った。
「その可能性は高い」文官は頷いた。「だが、実際に道が整備されているかどうかは、誰の目にも明らかな事実として残る」
街道に到着すると、レオンは、その道の状態を、注意深く観察した。
「……これは」
目の前の道は、確かにある程度整備されているように見えた。だが、レオンの目には、いくつかの不自然な点が映っていた。
「この舗装、そこまで古いものには見えません」レオンは、道の表面を指さしながら言った。「もし、数年前から継続的に整備されていたなら、もっと風化した跡があるはずです」
「つまり?」
「最近になって、急いで整備された可能性があります」
レオンは、地元の集落にも、慎重に聞き込みを行った。
「この道の整備、いつ頃から始まりましたか」
監査部の同行があることで、住民たちも、以前より率直に話してくれるようになっていた。
「……そう言われれば、最近だな」一人の老人が答えた。「半年ほど前から、急に人が入って、道を直し始めた」
「それ以前は?」
「ずっと、このままだった。何年も、放置されていたよ」
レオンは、その証言に、確信を深めた。
「価格上昇が始まったのは、フェルナン家の当主継承直後——約二年前です」レオンは、文官に説明した。「しかし、実際の道路整備は、半年前から。つまり——」
「一年半以上、架空の名目で、費用が計上されていた、ということか」文官は、険しい表情で頷いた。
「そして、今回の告発を受けて、慌てて、体裁を整えようとした可能性が高いです」アレクシスが付け加えた。
この発見は、監査部にとって、非常に重要な証拠となった。証言と、実際の道路の状態、そして時系列の矛盾——これらを組み合わせることで、フェルナン家の主張の矛盾を、明確に示すことができた。
「これは、決定的な証拠になるだろう」文官は、資料をまとめながら言った。「フェルナン家も、この矛盾には、簡単には反論できないはずだ」
調査を終え、駐屯地への帰路につく中、レオンは、これまでの長い戦いが、ようやく大きな転機を迎えつつあることを、確かに感じていた。
「これで、フェルナン家も、言い逃れができなくなるな」レオンは言った。
「まだ、油断はできない」アレクシスは、慎重な姿勢を崩さなかった。「相手は、これまでも、様々な手段で抵抗してきた。この局面でも、何か仕掛けてくる可能性はある」
その懸念は、間もなく現実のものとなった。
駐屯地に戻ったレオンのもとに、思いがけない知らせが届いた。
「アレクシス様、至急の連絡です」
伝令が、アレクシスに、一通の手紙を届けた。差出人は、レーヴェン伯爵家——アレクシスの父からのものだった。
アレクシスは、その場で手紙を開き、内容に目を通した。次第に、その表情が、険しくなっていった。
「……どうした」レオンは、その様子に、不安を覚えた。
「フェルナン家が、レーヴェン家に対して、正式な抗議を申し立てたそうだ」アレクシスは、低い声で言った。「私が、この調査に関わっていることを、家同士の対立に利用しようとしている、と」
「政治的な圧力、ということか」
「そうだ」アレクシスは頷いた。「父は、この件について、私に、直接話し合いたいと言っている」
「お前は、どうするつもりだ」
アレクシスは、しばらく沈黙した後、静かに、しかし確かな決意を持って答えた。
「父に会いに行く」アレクシスは言った。「これは、避けて通れない話し合いだ」
「一人で、大丈夫なのか」
「私自身の家の問題だ」アレクシスは言った。「これは、私が、自分の言葉で、決着をつけなければならない」
レオンは、アレクシスの決意を、静かに受け止めた。士官学校時代から続いてきた、二人の対立と協力の関係——その中で、それぞれが、自分自身の問題に、自分の意志で向き合おうとしていた。
「……無事に、戻ってこいよ」
「もちろんだ」
アレクシスは、小さく笑うと、帰郷の準備を始めた。フェルナン家との戦いは、いよいよ、アレクシス自身の家族との対話という、新たな局面へと進もうとしていた。
南方の空に、これまでとは違う種類の緊張が、静かに広がり始めていた。




