第46話 揺さぶり
フェルナン家側の反論書は、想像以上に緻密に組み立てられていた。
「証言の出所が、匿名の荷車引きでは信頼性に欠ける、か」
レオンは、反論書の一節を読み上げながら、苦々しい表情を浮かべた。荷車引きの若者が話してくれた「紋章」の証言は、名前を伏せる形で提出していたが、それが逆に弱点として突かれていた。
「証人として、名前を出させろ、ということか」アレクシスが言った。
「本人を危険に晒すことになる。ドノヴァン殿の件を見ただろう」
「分かっている。だが、匿名のままでは、証拠としての力が弱まる」
二人は、この難しい選択を前に、頭を悩ませることになった。
その日の午後、監査部から、追加の説明を求める連絡が入った。レオンとアレクシスは、再び司令部へと足を運んだ。
「反論書について、意見を聞かせてほしい」
対応した文官は、以前と変わらず、冷静な態度を崩さなかった。
「証言者の匿名性について、疑問視されているようですが」レオンは切り出した。「証人の安全を考慮すれば、名前を明かすことは避けたいのが本音です」
「その懸念は理解する」文官は頷いた。「監査院として、証人の保護は保証できる。だが、フェルナン家側が、それを『信頼性の欠如』として利用してくるのも事実だ」
「では、どうすればいいと」
「別の角度から、証拠を補強する必要がある」文官は言った。「例えば、帳簿の分析結果を、より専門的な形で示すことができれば、証言に頼らずとも、不正の存在を立証できるかもしれない」
レオンは、この助言に、一つの可能性を見出した。
「帳簿の分析なら、自分にもできます」
「期待している」文官は、小さく頷いた。
その日から、レオンは、父から受け取った帳簿と契約書を、改めて徹底的に分析する作業に取りかかった。輸送量、価格、支払いのタイミング——それらのデータを、可能な限り緻密に照合し、不正の実態を、数字だけで証明できる形にまとめていった。
「これを見てくれ」
数日後、レオンは、完成させた分析資料を、アレクシスに見せた。
「輸送コストの推移を、時系列でグラフ化した。この区間だけ、他の区間と比較して、明らかに異常な価格上昇が見られる」
アレクシスは、その資料を、じっくりと確認した。
「……説得力がある。これなら、証言に頼らずとも、不正の存在を示せる」
「もう一つ、重要な発見がある」レオンは続けた。「この価格上昇のタイミング、フェルナン家の現当主が、爵位を継承した時期と、ほぼ一致している」
「継承直後から、この不正が始まった、ということか」
「その可能性が高い」
この新たな分析結果は、監査部にも提出され、大きな反響を呼んだ。
「数字による立証、これは、フェルナン家側も、簡単には反論できないだろう」文官は、資料を確認しながら、満足げに言った。
だが、事態は、レオンたちが期待したほど、単純には進まなかった。
「フェルナン家が、新たな主張をしてきました」
数日後、届いた知らせは、レオンたちを驚かせるものだった。
「新たな主張、というのは?」
「価格上昇の理由について、『道路整備や治安維持のための追加費用』だと、説明してきたそうです」
レオンは、その言い訳に、思わず苦笑した。
「都合のいい理屈だな」
「反証は?」アレクシスが尋ねた。
「まだ、確認中とのことです」
レオンは、この新たな主張に対抗するため、さらなる調査を進めることにした。もし、本当に道路整備が行われていたなら、その記録が、どこかに残っているはずだった。
「地元の集落に、聞き込みをする必要があるな」レオンは言った。
「危険が伴うぞ」アレクシスが、慎重に言った。「ドノヴァン殿の件を、繰り返すわけにはいかない」
「分かってる。だが、慎重に進めれば、可能なはずだ」
二人は、監査部とも連携しながら、より安全な形で、追加調査を進める方法を模索することにした。
その夜、レオンは、これまでの戦いの長さを、改めて実感していた。証拠を提出すれば終わり、というほど、この問題は単純ではなかった。フェルナン家は、あらゆる手段を使って、抵抗を続けている。
「終わりが見えないな」レオンは、思わず呟いた。
「これが、権力を持つ者との戦いだ」アレクシスは、静かに言った。「一度や二度の証拠提出で、簡単に崩れるようなら、これほど長く、不正が続くこともなかっただろう」
その言葉には、士官学校時代から、アレクシスが繰り返し語ってきた、帝国の構造的な問題への、深い理解が滲んでいた。
「それでも、続けるしかない」レオンは、改めて自分に言い聞かせるように言った。
「そうだ」アレクシスは頷いた。「一歩ずつでも、前に進むしかない」
南方の夜空の下、二人の戦いは、まだ、終わりの見えない道のりを、着実に歩み続けていた。




