第45話 動き出す監査
ドノヴァン拉致の一件は、正式な報告書としてまとめられ、監査部へと提出された。
「証拠としては、これ以上ないほど明確だ」アレクシスは、報告書を提出した後、そう言った。「フェルナン家が、証人に対して直接的な圧力をかけた——これは、告発内容の信憑性を、裏付けるものになる」
「監査部は、今度こそ動くだろうか」
「動かざるを得ないはずだ」アレクシスは言った。「これを黙殺すれば、監査部自体の存在意義が問われる」
その予測は、思いのほか早く現実のものとなった。
報告から数日後、レオンとアレクシスは、再び監査部から呼び出しを受けた。今回は、以前とは異なり、より上位の役職にある人物が、直接対応に当たった。
「両名とも、これまでの調査、ご苦労だった」
対応したのは、監査院から派遣されたという、初老の文官だった。物腰は柔らかいが、その目には、鋭い観察力が感じられた。
「今回提出された証拠、そしてドノヴァン氏の拉致事件——これらを踏まえ、監査院として、フェルナン家とメルツ商会に対する、正式な調査を開始することを決定した」
その言葉に、レオンとアレクシスは、思わず顔を見合わせた。
「本当に、調査が始まるのですか」レオンは、念を押すように尋ねた。
「ああ」文官は頷いた。「これまで、噂レベルでは把握していたが、動かぬ証拠がなかった。今回、両名が集めた資料は、それを補って余りある」
「フェルナン家側は、これにどう反応すると思われますか」
「当然、抵抗するだろう」文官は、冷静に答えた。「だが、拉致事件という、明確な犯罪行為が絡んでいる以上、単純な握りつぶしは、以前より困難になっているはずだ」
レオンは、これまでの苦労が、ようやく実を結び始めていることに、確かな手応えを感じた。だが同時に、油断はできないという緊張感も、消えてはいなかった。
「今後、私たちは、どう協力すればよろしいでしょうか」アレクシスが尋ねた。
「引き続き、証言や証拠の提供に、協力してもらいたい」文官は言った。「ただし、これ以上の独自調査は、控えてほしい。今後は、正式な監査院の権限の下で、進めることになる」
「分かりました」
二人は、その指示に従うことを約束し、監査部を後にした。
「……ようやく、動き出したな」レオンは、駐屯地への帰路、安堵の息を漏らした。
「まだ、終わったわけじゃない」アレクシスは、慎重に言った。「調査が正式に始まったからといって、フェルナン家が簡単に罪を認めるとは思えない」
「それでも、大きな一歩だ」
「そうだな」
その日の夜、レオンは、これまでの経緯を、父グランへ手紙で報告することにした。
『父上
調査が、ようやく正式なものとして動き出しました。父上が当時集めた証拠が、大きな力になりました。
これから先、どうなるかは分かりません。ですが、少なくとも、この件が、うやむやにされることはないはずです。
ありがとうございました』
筆を置いた後、レオンは、これまでの旅路を、改めて振り返っていた。士官学校での日々、南方戦線での実戦、そして今、母の死の真相と繋がる、この長い調査——それらすべてが、一つの大きな流れとして、レオンの中で、確かな形を成しつつあった。
数日後、駐屯地に、新たな知らせが届いた。
「フェルナン家の代理人が、南方軍司令部に出頭を求められたそうです」
その報告に、駐屯地内は、様々な憶測で持ちきりになった。
「本当に、あの家が、処分されるのか」
「まさか、そんな大事になるとは」
様々な声が飛び交う中、レオンとアレクシスは、静かにその動向を見守っていた。
「これから、大きく状況が動くだろうな」アレクシスは言った。
「ああ」レオンは頷いた。「だが、フェルナン家も、黙って崩れるとは思えない」
その予感は、正しかった。
数日後、思いがけない知らせが、レオンのもとに届いた。
「レオン殿、フェルナン家側から、正式な反論書が提出されたそうです」
その内容は、レオンたちが提出した証拠の信憑性を、真っ向から否定するものだった。証言の出所が不確かであること、書類が改竄されている可能性があること——様々な理由を挙げ、告発そのものを、根拠のないものとして退けようとしていた。
「予想はしていたが……」レオンは、その反論書の内容に、目を通しながら、苦い表情を浮かべた。
「これは、長期戦になるな」アレクシスは、険しい顔で言った。「フェルナン家も、簡単には引き下がらない」
告発から一転、事態は、証拠と反証がぶつかり合う、複雑な様相を呈し始めていた。
南方戦線での戦いは、すでに終わりを迎えていた。だが、レオンとアレクシスにとって、もう一つの、より根深い戦い——帝国の歪みそのものとの戦いは、まだ、始まったばかりだった。




