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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

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第42話 反撃の兆し

 告発の書類を送ってから、一週間が過ぎた。


 目立った動きはないまま、駐屯地には、これまでと変わらない日常が流れていた。だが、レオンは、その静けさに、かえって不穏なものを感じていた。


「静かすぎる」


「私も、同じことを感じている」アレクシスも、警戒を緩めていなかった。「フェルナン家ほどの家が、これほど大きな告発を受けて、何の反応も示さないとは考えにくい」


 その予感は、間もなく現実のものとなった。


「レオン殿、少しよろしいでしょうか」


 ある日の午後、レオンのもとに、見知らぬ士官が訪ねてきた。物腰は丁寧だが、その目には、どこか探るような色があった。


「何でしょうか」


「南方軍監査部の者です。先日提出された告発書類について、いくつか確認したいことがあります」


 レオンは、内心で緊張しながらも、平静を装った。


「協力します」


 監査部の士官は、レオンに対して、様々な質問を投げかけてきた。証拠の入手経路、情報源の信頼性、そして——なぜ、正式なルートではなく、このような形で告発したのか。


「正式なルートでは、以前、握りつぶされた経緯があります」レオンは、慎重に答えた。「そのため、複数のルートを通じて、確実に情報が届くようにしました」


「握りつぶされた、というのは、士官学校時代の一件のことですか」


 レオンは、この質問に、わずかな違和感を覚えた。相手が、その過去の一件まで把握していることは、少し不自然に思えた。


「……ご存知でしたか」


「調査の過程で、把握しました」士官は、表情を変えずに答えた。「一つ、お伝えしておきます。今回の告発、慎重に扱う必要があると、上層部も認識しています」


「それは、良い方向に進んでいる、ということですか」


「まだ、何とも言えません」士官は、曖昧に答えると、それ以上の会話を切り上げるように、席を立った。「また、何かあれば、ご連絡します」


 その訪問の後、レオンは、すぐにアレクシスにこの件を報告した。


「監査部が、直接動き始めたか」アレクシスは、複雑な表情を浮かべた。「良い兆候とも、悪い兆候とも取れるな」


「どういう意味だ」


「本気で調査するつもりなら、良い兆候だ」アレクシスは言った。「だが、もし、フェルナン家側の意向で、告発の内容を『処理』しようとしているなら——」


「握りつぶすための、下準備、ということか」


「その可能性も、否定できない」


 二人は、これまで以上に警戒を強めながら、状況の推移を見守ることにした。


 数日後、レオンのもとに、思いがけない知らせが届いた。


「ドノヴァン殿が、行方不明になっているそうです」


 その報告に、レオンは驚きを隠せなかった。ドノヴァンは、以前レオンに、監視の存在を教えてくれた、あの倉庫の老兵だった。


「行方不明とは、どういうことだ」


「昨夜から、姿が見えないと」部下が説明した。「持ち場を離れる際の記録もなく、突然、いなくなったようです」


 レオンは、嫌な予感を覚えた。


「アレクシス、これは——」


「偶然とは、考えにくいな」アレクシスも、険しい表情を浮かべた。「彼は、以前、お前に情報を与えたことがあったな」


「ああ。監視されているという警告をくれた」


「それが、フェルナン家側に知られていたとしたら」


 レオンは、その可能性に、強い危機感を覚えた。


「ドノヴァン殿を、捜索する必要がある」


「軍として、正式な捜索を要請しよう」アレクシスは言った。「だが、あまり大きく騒げば、逆に相手を刺激することになるかもしれない」


「かといって、放っておくわけにはいかない」


 二人は、慎重に、しかし迅速に、ドノヴァンの行方を追う手立てを講じることにした。だが、探索は難航した。目撃情報はほとんどなく、まるで、最初から存在しなかったかのように、その痕跡は消えていた。


「……嫌な予感がする」レオンは、捜索が進まない状況に、苛立ちを隠せなかった。


「落ち着け」アレクシスが言った。「感情的になれば、判断を誤る」


「分かってる。だが——」


 その時、ラドフォードが、二人のもとに姿を見せた。以前とは違い、その表情には、明らかな緊張が滲んでいた。


「レオン殿、少し、話がある」


「今更、何の用ですか」


「ドノヴァンのことだ」ラドフォードは、周囲を気にしながら、声を落とした。「……あんたたちの調査、もう、深入りしない方がいい」


「なぜ、それを言うんです」


「俺も、詳しいことは知らん」ラドフォードは、明らかに動揺していた。「だが、上の方で、何か動きがあるらしい。ドノヴァンの件も、そのせいかもしれん」


「それは、警告のつもりですか、それとも脅しですか」


 ラドフォードは、しばらく沈黙した後、静かに言った。


「……忠告だ。これ以上は、危険すぎる」


 その言葉を最後に、ラドフォードは足早に立ち去った。


 レオンとアレクシスは、その後ろ姿を、無言で見送った。


「本気の反撃、始まったな」アレクシスが、静かに言った。


「ドノヴァン殿が、無事だといいが」


「今できることは、これまで通り、慎重かつ着実に、調査を進めることだけだ」


 南方の空に、これまでとは明らかに違う、緊迫した空気が立ち込め始めていた。フェルナン家の反撃が、いよいよ本格化しようとしていることを、二人は、確かに感じ取っていた。

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