↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/116

第40話 父の言葉

 父グランへの連絡は、慎重に行う必要があった。手紙では、これ以上踏み込んだ内容を書くことは危険だと、レオンは判断していた。


「直接会うしかない」


 レオンは、アレクシスに相談した。


「今の任務を離れて、実家に戻るのは、簡単じゃないぞ」アレクシスは言った。


「分かってる。だが、これは避けて通れない」


「一つ、提案がある」アレクシスは言った。「南方戦域の状況は、今、大きな転機を迎えようとしている。近いうちに、正式な撤退命令が下る可能性が高い。もしそうなれば、部隊の再編に伴い、一時的な休暇が取りやすくなるはずだ」


「撤退命令が下るのか」


「司令部内でも、これ以上の攻勢継続は不可能だという声が強まっている」アレクシスは言った。「私たちの『戦術的再配置』の一件も、その判断材料の一つになったはずだ」


 レオンは、その情報に、複雑な感情を抱いた。多くの犠牲を経て、ようやく現実的な判断に近づきつつある帝国軍の姿——それは、これまでレオンが繰り返し感じてきた、帝国という組織の限界を、改めて突きつけるものだった。


 それから数日後、レオンが予想していた通りの知らせが届いた。


「南方軍、正式に撤退命令が発令された」


 カルディオへの進軍は、最終的に断念されることになった。奪還した都市の一部は放棄され、部隊は、より防衛しやすい後方拠点への撤退を開始した。


「勝てなかった、ということですね」


 レオンが率直に言うと、中隊長は、疲れた表情で頷いた。


「戦術的には、いくつかの局地戦で勝利した。だが、戦争全体としては……そう言わざるを得ないだろうな」


 撤退作戦は、レオンとアレクシスがこれまで培ってきた経験を、最大限に活かす場となった。レオンは物資の再分配と輸送計画を、アレクシスは部隊の秩序ある後退と士気の維持を、それぞれ担当した。


「レオン、こちらの部隊、予定より早く後退できそうだ」


「補給物資も、優先順位をつけて再配分した。負傷者を優先している」


 二人の連携は、士官学校時代の共同指揮演習、そして先の「戦術的再配置」の経験を経て、これまでで最も洗練されたものになっていた。


 撤退作戦は、大きな混乱もなく、比較的秩序立って進められた。もちろん、犠牲がまったくなかったわけではない。だが、レオンが当初懸念していたような、壊滅的な事態は避けられた。


 撤退完了後、部隊にはようやく、一時的な休息期間が与えられることになった。


「今のうちに、実家に戻れ」アレクシスは言った。「この機会を逃せば、次はいつになるか分からない」


「お前は?」


「私は、部隊の再編を見届ける必要がある。だが、証拠集めについては、引き続き、こちらでも動いておく」


「頼む」


 レオンは、短い休暇を得て、久しぶりに実家への帰路についた。


 実家に到着したのは、それから数日後のことだった。故郷の町並みは、レオンが士官学校に入学する前と、大きくは変わっていなかった。だが、レオン自身は、あの頃とは、まるで違う人間になっていた。


「……レオン、か」


 商会の店先で出迎えた父グランは、レオンの姿を見て、一瞬、言葉を失ったようだった。


「久しぶりです、父上」


「大きくなったな……いや、それより、随分と、雰囲気が変わった」


 グランは、息子の顔を、しげしげと見つめた。士官学校での日々、そして南方戦線での実戦——その経験が、レオンの表情に、確かな変化をもたらしていた。


 店の奥にある居間に通されると、レオンは、しばらく世間話を交わした後、意を決して本題を切り出した。


「父上、ケイレブさんに、お会いしました」


 その名前を聞いた瞬間、グランの表情が、明確に強張った。


「……そうか」


「フェルナン家とメルツ商会のこと、そして——母さんのことについても、伺いました」


 グランは、長い沈黙の後、深く息を吐いた。


「……いつかは、こうなると思っていた」


「なぜ、教えてくれなかったんですか」


「お前を、この件から遠ざけたかった」グランは、静かに言った。「あの一件で、私は、多くのものを失った。お前にまで、同じ思いをさせたくなかった」


「でも、俺はもう、この件に踏み込んでしまいました」レオンは、はっきりと言った。「南方戦線での輸送不正も、フェルナン家とメルツ商会が関わっています。今も、多くの兵士が、その不正のせいで苦しんでいます」


 グランは、レオンの言葉を、じっと聞いていた。


「お前は、これを、どうするつもりだ」


「正式な証拠を集めて、然るべき場所に提出します」レオンは言った。「父上が、当時できなかったことを」


 その言葉に、グランは、複雑な表情を浮かべた。怒りとも、悲しみとも、そして——どこか誇らしさとも取れる、様々な感情が入り混じっているようだった。


「……危険な道だぞ」


「分かっています」


「一度、私は、この道で、大切なものを失った」グランの声には、これまで聞いたことのない、深い重みがあった。「お前にまで、同じことが起きたら——」


「父上」レオンは、父の言葉を遮った。「俺は、母さんの死を、無駄にしたくないんです」


 グランは、しばらく無言で、息子の顔を見つめていた。そしてやがて、静かに立ち上がると、部屋の奥にある、古い木箱を取り出した。


「……これを、渡しておく」


「これは?」


「当時、私が集めていた証拠だ」グランは、木箱をレオンに差し出した。「全部ではないが、フェルナン家とメルツ商会の関係を示す、契約書の写しや、記録が入っている」


 レオンは、震える手で、その木箱を受け取った。


「捨てずに、持っていたんですね」


「捨てられなかった」グランは、目を伏せた。「いつか、こういう日が来ることを、心のどこかで、恐れながらも、待っていたのかもしれない」


 その言葉に、レオンは、父の長年の苦悩の深さを、改めて感じ取った。


「ありがとうございます、父上」


「礼を言うのは、まだ早い」グランは、厳しい表情に戻って言った。「これを使うなら、覚悟を決めろ。相手は、簡単には屈しない」


「覚悟は、できています」


 グランは、息子の目を、まっすぐに見つめた。そこには、かつての自分と同じ、しかしより強い意志を持った目があった。


「……お前になら、託せるかもしれないな」


 その言葉には、長年の後悔と、そして——確かな期待が込められていた。


 窓の外、夕暮れの光が、静かに部屋を照らしていた。レオンの手の中にある木箱には、母の死の真相、そして帝国の不正を暴く、重要な鍵が眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。