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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

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第39話 帰路の決意

 ケイレブの店を出た後、レオンはしばらく、バロンの夜の街を、当てもなく歩いていた。


「大丈夫か」


 少し離れたところで見守っていたハーケンが、静かに声をかけてきた。


「……分からない」レオンは、正直に答えた。「知りたかったはずなのに、知ってしまうと、どう受け止めればいいのか」


「無理に整理しようとしなくていい」ハーケンは言った。「今夜は、宿で休め。考えるのは、明日でいい」


 その言葉に、レオンは素直に従うことにした。だが、宿の部屋に戻っても、眠りは容易に訪れなかった。


 (母さんは、事故なんかじゃなかったのか)


 これまで、漠然とした怒りと不信感の対象でしかなかった「貴族」という存在が、今、フェルナン家という具体的な名前を持って、レオンの前に立ちはだかっていた。


 同時に、父グランへの思いも、複雑に揺れ動いていた。厳格で、多くを語らなかった父。その沈黙の裏に、これほどの過去と苦悩が隠されていたことを、レオンはこれまで、想像すらしていなかった。


 (親父は、ずっと一人で、この重荷を背負ってきたのか)


 翌朝、レオンは、これからの行動について、ハーケンと話し合った。


「駐屯地に戻ったら、まず、アレクシスに今回の件を報告する」


「あの伯爵家の坊ちゃんに、どこまで話すつもりだ」


「全部だ」レオンは、迷いなく言った。「隠す理由がない。それに、あいつも、フェルナン家との関係を明らかにしたいと言っていた」


「危険な話だぞ、これは」


「分かってる。だが、ここまで来て、引き返すつもりはない」


 ハーケンは、レオンの表情を見て、小さく頷いた。


「……その覚悟なら、俺も付き合おう」


 バロンを発つ前、レオンはもう一度、ケイレブの店を訪れた。


「昨日は、ありがとうございました」


「……礼を言われることじゃない」ケイレブは、複雑な表情を浮かべた。「本当のところ、話すべきかどうか、最後まで迷っていた」


「なぜ、話してくれたんですか」


「グランの息子だから、というのもある」ケイレブは言った。「だが、それ以上に——お前の目を見て、決めた」


「俺の目、ですか」


「あいつと同じ目をしていた。若い頃、この不正を知って、正そうとしていた頃のグランと、同じ目だ」


 その言葉に、レオンは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「一つ、お願いがあります」レオンは言った。「もし、この件で何か動きがあれば、連絡を取らせていただけますか」


「……いいだろう」ケイレブは頷いた。「だが、くれぐれも、慎重にな。フェルナン家は、お前が思っている以上に、力を持っている」


「分かっています」


 ケイレブの店を出たレオンは、駐屯地への帰路についた。道中、レオンの頭の中では、これまでの情報が、少しずつ整理されていった。


 フェルナン家とメルツ商会による輸送不正。それを告発しようとした父。そして、その直後に起きた、母の「事故死」。


 (証拠を集めて、それを、ちゃんとした形で明るみに出す)


 それが、今のレオンにできる、唯一の道だった。感情に任せて突っ走ることは、これまでの士官学校での経験、そして南方戦線での実戦を通じて、レオン自身が学んできたことに反していた。


「レオン殿」


 道中、ハーケンが、ふと声をかけてきた。


「なんだ」


「もし、本当にフェルナン家が、あんたの母上の死に関わってるとしたら……どうするつもりだ」


 レオンは、しばらく考えた後、静かに答えた。


「復讐したいわけじゃない」


「そうなのか」


「復讐しても、母さんは戻ってこない」レオンは言った。「それに、今回の調査で分かったのは、これが、母さん一人の問題じゃないってことだ」


「輸送不正が、南方戦線の補給にも影響してる、ってことか」


「そうだ」レオンは頷いた。「今この瞬間も、この不正のせいで、兵士たちが苦しんでる。それを正すことが、俺にできる、一番意味のあることだと思う」


 その言葉には、これまでのレオンの成長——個人的な感情と、より広い視野での判断を、両立させようとする姿勢が、明確に表れていた。


 駐屯地に到着したのは、それから二日後のことだった。到着してすぐ、レオンはアレクシスのもとへ向かった。


「戻ったか」アレクシスは、レオンの表情を見て、何かを察したようだった。「……何か、分かったんだな」


「ああ」レオンは、静かに頷いた。「全部話す。長くなるが、聞いてくれ」


 二人は、仮設本部の一角で、これまでの経緯を、じっくりと共有することにした。フェルナン家とメルツ商会の不正。父グランの過去。そして、母の死にまつわる、新たな疑惑。


 アレクシスは、すべてを聞き終えた後、しばらく沈黙していた。


「……重い話だな」


「ああ」


「フェルナン家が、本当にお前の母上の死に関わっているなら、これは、単なる利権の問題では済まない」


「分かってる」


「これから、どう動くつもりだ」


 レオンは、はっきりと答えた。


「父に、直接会って、当時集めていた証拠について聞く。それが、次の一歩だ」


 アレクシスは、レオンの決意を、静かに受け止めた。


「私も、できる限りの協力をする」


「頼む」


 窓の外には、南方の乾いた大地が、どこまでも広がっていた。母の死の真相、そして帝国に根深く巣食う不正——レオンの戦いは、これまでとは違う、新たな局面へと突入しようとしていた。

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