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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

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第37話 旅立ちの準備

 アレクシスの調整により、レオンには数日間の「補給状況視察」という名目での外出許可が下りた。バロンは、駐屯地から馬で二日ほどの距離にある、比較的大きな交易都市だった。


「本当に、これで大丈夫なのか」


 出発前、レオンは念のため確認した。


「表向きは、南方戦域全体の輸送状況を視察する任務だ」アレクシスは言った。「バロンも、主要な交易拠点の一つだから、不自然ではない」


「お前は、来ないのか」


「私も同行したいところだが、援軍部隊の指揮を、完全に離れるわけにはいかない」アレクシスは、少し悔しそうに言った。「その代わり、私の名で、バロンの守備隊に、便宜を図るよう連絡を入れておく」


「助かる」


 レオンは、最低限の護衛と共に、バロンへ向けて出発することになった。護衛には、以前の輸送隊襲撃作戦で共に行動した、ハーケンが志願した。


「なんでお前が来るんだ」


「暇だからだ」ハーケンは、ぶっきらぼうに答えた。「それに、兵站屋一人を、危険な旅に送り出すわけにはいかんだろう」


 その素っ気ない態度の裏に、レオンは何か別の配慮を感じ取った。


 出発前夜、レオンは久しぶりに、これまでのことを振り返る時間を持った。士官学校での日々、南方戦線での実戦、そして今、母の死の真相に繋がるかもしれない手がかり——すべてが、この旅の先に、収束しようとしていた。


 (母さんのこと、本当に分かるのか)


 幼い頃の記憶は、断片的にしか残っていない。優しかった母の顔。そして、その死を境に、急に変わってしまった家の空気。父が、母のことについて、多くを語らなくなったこと。


 (親父は、ずっと何かを隠してたのか)


 その疑問に、レオンはこれまで、深く踏み込むことを避けてきた。だが今、目の前の調査が、否応なくその過去と向き合わせようとしていた。


 翌朝、レオンとハーケン、そして数名の護衛兵は、バロンへ向けて出発した。


「道中、気をつけろよ」見送りに来たアレクシスが言った。「サルディア側の遊撃隊が、まだ完全に排除されたわけじゃない」


「分かってる」


「それと」アレクシスは、少し声を落とした。「ケイレブという商人に会ったら、まず、お前の父上からの紹介である旨を、明確に伝えろ。相手も、慎重に情報を扱っているはずだ」


「忠告、ありがとう」


「無事に戻ってこい」


 その言葉を背に、レオンは馬を進め始めた。


 道中、レオンはハーケンと、これまであまり話す機会のなかった雑談を交わしていた。


「士官殿は、なんでそこまで、この件にこだわるんだ」


 ハーケンが、率直に尋ねてきた。


「輸送の不正は、兵站を預かる立場として、見過ごせない」


「それだけじゃないだろう。顔に書いてある」


 レオンは、少し驚いて、ハーケンを見た。


「……母のことが、関わっているかもしれない」


「母上、亡くなってるんだったな」


「知ってたのか」


「駐屯地じゃ、噂は自然と耳に入る」ハーケンは言った。「貴族が絡んでる、とか何とか」


 レオンは、それ以上多くを語らなかった。だが、ハーケンも、それ以上詮索することはなかった。


「まあ、何にせよ」ハーケンは言った。「危険な場所に行くなら、俺たちがついてる。安心しろ」


 その言葉に、レオンは小さく頷いた。士官学校時代、トーマやユリウスとの間に築いた信頼関係——それと似たものを、今、この実戦の場でも、少しずつ育んでいることに、レオンは気づいていた。


 二日間の道中は、比較的平穏に過ぎた。時折、サルディア側の小規模な部隊の気配を感じることもあったが、直接の遭遇はなかった。


 バロンに到着したのは、日が傾き始めた頃だった。


 交易都市らしく、様々な国の商人や旅人が行き交い、活気に満ちた雰囲気があった。帝国とサルディア連合の戦争の最中にありながら、この都市は、どこか独自の中立性を保っているように見えた。


「ここなら、確かに情報が集まりそうだな」


 レオンは、都市の様子を見渡しながら呟いた。


「ケイレブって商人、どこにいるんだ」


「父の手紙には、市場の東側に店を構えている、とだけ書いてあった」


 二人は、宿を確保した後、早速、市場へと向かった。


 東側の一角に、比較的落ち着いた佇まいの商店が並んでいた。その中の一軒、控えめな看板に「ケイレブ商店」と書かれた店を、レオンは見つけた。


「……ここか」


 レオンは、深く息を吸い込んだ。この店の先に、これまで知らなかった真実が待っているかもしれない——その予感に、緊張と期待が入り混じった感情を抱えながら、レオンは店の扉に手をかけた。

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